第117話 悠久のメモリアル①

緑の大海原を、風が優しく波を立てる


そんな草原の真ん中に、空よりも明るい青がポツリ


カン!! カン!! カン!!


風にそよぐ草葉のさざなみの中で

硬質な掘削音が一定のリズムで鳴り響く


少女が一人、一心不乱に何か

石碑の様な物に向かい作業を続けている


後ろで束ねられた透き通る様な青い髪も

長時間作業を続けているのだろう、削られた粉塵が付着し

砂埃に塗れ、普段の艶も失われている


そんな少女の背を、遠くの岩陰からゼロスは見つめる

一体彼女は、こんな所でひとりで何をしているのか


「私もね、手伝おうとしたんだけど

 これは自分がやらなきゃいけない事だからって、聞かないのよ」


隣に佇むヴァレラが疑問を汲む様に話し始める


「まぁ確かにあの子にとっても、見知らぬ身内の事だから

 踏ん切りをつけるためにはなるだろうと思って

 好きにさせてるんだけどさ」


身内...セルヴィと同じ避難施設から

時を超えて転移してきたと思われる青年、名をミノル


今彼女が行っている行為がその為の物だとすれば

石碑は墓標、という事だろうか

しかしただの墓標と呼ぶには、随分とスケールが大きい様に思う


その石碑は彼女自身より2周りは大きいであろう

高さは2m弱、幅も1m近い。


何より、あれ程の物を彼女は一人で作り続けていたというのか?


彼女の腰元の皮ポーチには

超振動掘削機、レーザーカッター等の

自分達の時代、連合標準規格の工具も見受けられる

恐らくプロメテウスが与えた物だろう


しかしその様な工具を用いたとしても

重機も無くあれ程の物を個人で制作する事は

相当な重作業である事は変わらない

生身の彼女には容易な事ではなかっただろう


しばらくそのまま観察を続けると

石碑の状態やセルヴィの作業状況を見るに

既に制作作業としては最終段階に入っている様だ


既に石碑その物の形状は塔状に確立されており

表面の研磨等も終えられ、表面には光沢すら浮かんでいる


彼女は石碑中央に、身を屈め、背を丸めて

両手に持つ工具で何か文字を刻み込む作業に入っている


手元を注意深く観測した時だった時だった


「...あれは」


石碑上部中央に刻まれた、刻印

それは自分に、いや、旧時代を生きた物に最も馴染みのある記号

旧人類連合のエンブレムだった


セルヴィは脇に置かれたデータパッドに表示される

連合記章の画像に何度も目を向けながら、作業を続けていた


そしてその下に刻まれた碑文


――――――


悠久の時を越え


人々を守る為に


命を捧げた4人の英雄の魂


ここに眠る


―――――――


(...そうか、この場所は...)


周囲の地形をトレースし、記録情報と照らし合わせる


(やはり...)


彼女が今、手がけている石碑

自分が先の戦闘で、貫き友を手にかけた岩その物だった

彼女はその岩を削りだして、石碑を築いていたのだ


周囲に目を向けると

抉れた岩々、焼かれた草木、割かれた大地

戦闘跡が当時の情景を浮かび上がらせる


今彼女が築いている石碑はの分も―


パン!


思考の海に沈みかけた時、背中を力強く叩かれ

ハッと振り返る


「さっ、行ってあげなさいよ!」


ヴァレラの促しに静かに頷くと

草の波の中を、ゆっくりと

青い少女の下へと歩みを進める


―――――

――――

―――

――



カン!! カン!! キィン!!


「あぅっ!」


ハンマーの角度を誤り、左手で握っていたミノを弾き飛ばす


慌てて左手を右手で押さえる、もうグローブの中の感触が無い

連日の作業に加え、まだ傷が癒えてから本調子ではない事も

重なっていたかも知れない

既に手先の限界はとうに越えていた


「っ!...はぁー良かった、傷ついてない...」


慌ててミノが触れていた部分に目をやり、安堵の表情を浮かべる

そしてすぐさま、震える左手を伸ばし、再びミノを掴み、構えると

セルヴィの指先に鈍い痛みが走る


「いっ...こ、こんなの全然平気なのです!」


自分を奮い立たせる様に言葉を口にする


(ずっと戦って来たあの人達は...もっと痛かったのです...

 兄だったかもしれないあの人は...もっと辛かったのです...

 ゼロスさんは...っ!もっと悲しかったのです!!)


歯を食いしばりながら、再び右腕のハンマーを振り上げたその時だった


「えっ...?」


振り下ろそうとした右手が降りてこない

手首付近がとても暖かい

慌てて後ろを振り返る


「...っ、ゼロス...さんっ!」


慌てて立ち上がり、ゴーグルを目からはずして帽子にかけ直すと

思わず泣き出しそうになる目元を汗と共にグローブで拭う


「ど、どどどうしてここに?!っじゃなくて

 目覚めたのに、お見舞いも行かずごめんなさいっ!!」


ゼロスは何も言わずゆっくりと手を離す


「あ、あのの...えと、こ、これはっ!」


飛び起きる様に立ち上がりゼロスに向き直るセルヴィ


「何をしているのか、概ね理解している

 まずは息を整えるといい」


「あっ、はい!」


一旦手に持つ工具を仕舞い

大きく深呼吸を1度...2度...そして改めてゼロスに向き直ると


「あのっ...勝手な事をしてごめんなさい!!」


深々と頭を下げ、ゼロスの顔の前に帽子が突き出される


「...?」


「そ、その...ゼロスさんに確認もせずに勝手な事...

 ゼロスさんは目を覚めなくて...

 でもっ!そのままにして置く事なんて出来なくて...!

 わ、私...戦う役には立たないですし...せめて私に出来る事はって考えたら!

 その修理に必要なパーツとか...プロメさんにも確認して

 丁寧に外して...保管してありますっ!

 それにっ!!―」


ぽん


ゼロスの大きな手がセルヴィの頭に載せられる


「少し落ち着くんだ」


「は、はい...」


ゼロスが竹筒を差し出す、ミヤトの水筒だ


「飲むといい、随分と水分を失っている様に見える」


「あ、ありがとうございます...」


二口ほど口をつけて水筒を返すと、今度はゼロスは腰元から紙包みを取り出す


「良ければ君に、と思って買ってきたのだが、どうだろうか?」


渡されるがまま受け取ると、紙包みは暖かく

中からは甘辛く香ばしい匂いが鼻をつく


「ふぇ...!?ゼロスさんが...私にですか!?」


「そうだが...苦手だっただろうか、なら無理に食べる事は—」


「い、いえっ!頂きます!私こそ変な事言ってごめんなさいっ」


「気にするな、最近良く同じ様な反応をされる...」


――――――

―――――

――――

―――

――


「ぷふぅー!ご馳走様でした!」


セルヴィは3本目の串を平らげると

竹串を紙袋へ戻し、水筒に残った水を飲み干した


「もっと買って来れば良かっただろうか、足りなかったのではないか?」


「いえいえ、一つ一つのお肉も大きかったですし、十分お腹いっぱいです!」


セルヴィはポン、ポン、とお腹を叩いて見せる


「そうか、ならば良かった

 ヴァレラは10本でも足りぬ様だったからな」


「ヴァ、ヴァレラさんはちょっと特別ですっ!

 あ、あとそういう事はあんまり本人の前で言っちゃだめですよ!」


「ふむ...そういうものか」


やはり円滑な交流と言うのは難しい

手を顎に当て、そんな事を考えて居ると

隣に座るセルヴィが紙袋を足元に置き

ゆっくりと此方に向き直る


「あ、あの...さっきの話の続きなんですけど...っ」


ぎゅっと胸元近くの両手に力を籠められている


「先に、俺の話を一つしても構わないだろうか」


「へっ...ぁ、はいっ、勿論構いません」


予想外の言葉に思わず呆気にとられるセルヴィ


「君が作ってくれた、この石碑に刻まれた者の一人

 最初にアリスと共闘し切り伏せた男の話だ」


死して尚操られ、襲ってきた3人の中

最初にアンドロイドの少女と共闘する事で

撃破した最初の1人


その情景がセルヴィの中でも思い起こされる


「は、はい...」


「俺が...彼と最初に会ったのは

 眠りに着く17度前に参加した作戦での事だった

 結果は何時も同じ...戦闘の後には

 街も、草木も、人も...何も残らなかった」


「...」


初めてゼロスの口から直接語られる

記録、では無く彼の記憶に息を飲みセルヴィは聞き入る


「作戦区域のアデスを全て終了し

 灰の雨が降り注ぐ中

 軌道上のプロメテウス帰還の為

 降下艇の到着を待っていた時の事だ―」


――――――

―――――

――――

―――

――

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