第116話 和の都ミヤト

ゴーン…ゴーン…ゴーン…


今日も不釣合いな鐘の音が都市に響き渡る


この数日の観測から、鐘の音は定刻に鳴らされており

鐘の音の後、外部から聞こえるノイズが一段増す事から

この都市の人々にとって就業等の活動を開始させる合図の類と分かった


「さて、頃合か...」


ゼロスはそう言うと腰をベッドから上げ

ゆっくりと入り口へと歩みを進め、戸の円形部分に手をかける


この襖という独特な戸の開け方は

ここ数日の訪問者達の動きにより理解している


トン!!


想像よりも戸は軽く、滑りも良かった様だ

適正以上の力で開けてしまった為

戸が強く端に当たり、音を立てると

近くを歩いていた数名のキモノを着た女官が驚くように振り返る


戸を出るとそこは左右に広々とした木製の淵に

畳が敷き詰められた通路が開けている


データによると、畳とは本来室内に用いられる床材であり

通路に使われる物ではない様だが...

まぁそんな事はどうでもいい、ここは過去の歴史とは似て異なる世界なのだ

違和感を覚えるも、すぐに思考を切り替え周囲を観察する


正面には空が覗き、白い小石が敷き詰められた文様が描かれた地面

中央には小さな人工的な小川が流れ苔むした岩岩が重ねられている


極東様式の中庭の一種であろう

左右に伸びる通路もその庭園をぐるりと囲むように張り巡らされている

ここは大きなある程度の規模を持つ施設の中庭に面した一室だったらしい


驚いた様子を見せた女官達はすぐに表情を整え

謝罪の言葉を口にすると、深々と一礼し立ち去って言った

彼女達の服装、キモノは町で見た者達より刺繍や染料が鮮やかで

街で見た者達より数段、格上の物である事が伺える


本来なら謝るのは、驚かせてしまったこちらであるはずだが...


そんな事を考えていると、庭園越しに反対側の通路を歩く数名の人の中に

見覚えのある者の顔が通る


アンドロイドの少女アリスだ


だがその服装は先日のメイド服とも、戦闘時のアーマーとも異なり

フレイアの神官服に良く似たゆったりとした純白の

しかし彼女の物とは比べ物にならぬ程の荘厳な金細工

宝石等の装飾を施された厚手の衣と帽子を身に着けている


四方と左右に計6名に囲まれる形で歩いている

護衛の意味合いだろう、刀で武装した者達が四方を囲い

彼女の両脇に並んで歩く、護衛の者とは違ういでたちの

分厚い書類を手に持つ者達は文官だろうか

ゆっくりと右から左へと歩いていく


左右の者達が彼女に低姿勢で何かを話しかけている

それを彼女がフレイアによく似た、年齢に見合わない

どこか大人びた笑みにも近い、穏やかな表情のまま

首を僅かに動かしながら頷き聞いている


この都市は排他的ではあるが

教会に対し非常に従順な文化形成をしていると言って居たが


(成るほど、やはりこの施設に滞在出来ているのは彼女の手回しか)


アリスは教会組織に置いてAI《神》の啓示を直接伝える

最高位の職、聖少女という役割を演じていると聞く

つまりあれが、彼女のこの世界での表の顔なのだろう


そんな時、こちらに気づいたアリスが立ち止まり

顔を向けると、ニコリとしてみせる

先日の常に感情の起伏を見せず

愛想の無いジト目の少女とは別人の様だ


(...ふっ、他人ひとの事を言えた義理ではないか)


聖少女の様子を見た周囲の者も、此方に顔を向けると深々と一礼する

彼女に通づる者、【賓客】とでもここの者達には認識されているのだろう

そしてアリスが再びゆっくりと歩き始めると

周囲の者達もそれに合わせ移動を開始し、程無く視界から消えていった


(さて...施設構造からすると出口は此方か)


ゼロスも自分の目的の為、歩みを始める



―――――――



大通りは多くの人、荷馬車の往来、商いの活気で賑わっている

最初にこの都に入った時も同様の光景は目にしていたはずだが

どこか違う様にも感じる


「へいらっしゃい!安いよー!」

「おい聞いたか?古戦場に封印されてた悪魔が出たんだとよ」

「聞いた聞いた!東門の見張りが凄い爆発を見たって!」

「でも聖少女様が神の使いと共に成敗して下さったとよ」

「ホントかよそれ~」

「マジらしいぜ、都市のすぐ横に巨大な大蛇が通った様な跡があるらしいぜ!」

「うそだろ...仕事終わったら皆で見に行ってみようぜ!」


人々の会話、行動等の音

店に並ぶ新品の反物、から生鮮食品などの様々な匂い

色鮮やかな布製の看板...のれんというものらしい

そして人々の表情


聴覚・嗅覚・視覚に入るそれらの情報は

以前も全て認識できていた事であり、何も変わらない

だが、何かが違う、そんな気がした


そんな喧騒の中をゆっくりと目的の場所を目指し歩みを進める


後に分かった事だが、どうやら幕府という政府機関の

国外からの重鎮を招く際に使われる迎賓館に居たようだ


出る際に営門の兵士達が


「天子様!もうお体の具合はよろしいのですか?

 しかしお姿は...お忍びですね!」


等と言っていたが

機能停止している際は光学偽装が解けていた筈だ

あの兵士達は運び込まれる際、本来の姿を見たのだろう

当初のフレイアの妄想に近い設定を使用したか

どうやら賓客等より高い扱いになっているらしい


(しかし...まさかそんな話で言いくるめられるとはな...)


だが、事が円滑に進むのであればそれでいい


そんな時だった


「あっ!ゼロス~!こっちこっち!!」


聞き覚えのある声呼び声に顔を向けると

一軒の飲食店の前には周囲から明かに浮いた

服装と武装をした赤毛に細いポニーテールとマフラーが

背に靡く少女が一人、ヴァレラだ


「どうした」


「どうしたって...普通街中で知り合い見かけたら声かけるでしょ!」


「そうか、君は何をしているんだ?」


「何って見てのとおりよ」


ヴァレラが手にする串料理を上下に揺らし強調する

この店先で調理されている者の様だ


「ふむ...食事...いや「買い食い」中か」


「態々調べてそんな言い方に言い直さなくていいのよ!

 まぁその通りなんだけど...

 アンタも良くなったら1本食べてみなさいよ

 すっごい美味しいのよ!この都市の料理!」


視線を彼女の手元へと移し、観察する


「見たところ鳥類の焼き物の様だが

 同様の串料理は珍しくあるまい?

 以前訪れたどの都市にも同様の料理はあったと記録している」


ヴァレラが食べ終えた串を口に加え

やれやれ、という様子で両手を挙げてため息をつくと

人差し指をゼロスの顔の前に突き出し


「チッチッチ、この都市の料理は今まで

 どの都市の料理とも全然違うのよ!」


「おう、見たところ兄さんも外から来た人かい?

 折角だからミヤトの味を試していってくれよ!

 一本サービスだ!」


そのやり取りを見ていた、頭に布を巻いた威勢の良い店主が

横から会話に入ると、手元で調理していた1本を差し出してきた


好意を無下にする必要も無い


「頂こう」


受け取り口元に近づけると、香ばしい匂いの他に

芳しい何ともいえぬ香りが鼻を突く

確かにこの香りは他の都市の焼き物とは異なるものだ


口に含むと、表面は香ばしく適度な硬度を残しながら

内部は非常に柔らかく、素材が持つ多くの油分が残されてる

この感触も確かに今までに無いモノだ

加えて纏っている調味液が甘さ、塩加減、の他に酸味、苦味など

多数の素材を加える事で複雑な味覚を産み出している


「...驚いたな、同じ素材でもここまで違う物になるのか...」


「おうよ!あんまり他じゃやってない見たいだが

 ミヤトじゃ焼き鳥は炭を使って、直接火に当てずに焼くんでい!

 そうすると身は柔らかく、鳥の旨みも閉じ込める寸法よ!」


「ほう...これと同じ物をもう3本程包んで貰えるだろうか?」


「お、嬉しいねぇ!ちょっと待ててくれよな!

 ガイジンさんの為に今日1番の用意するぜい!」


その様子をずっと見つめていたヴァレラが

口に加えていた串を落とす


「どうした」


その様子にゼロスが声をかける


「いや...その、やっぱアンタ...変わった?」


「...最近よく言われる、何か不快にさせる様な事を言ったなら謝ろう」


「いやいや、不快とかそういうんじゃないんだけどさ...

 何というか、アンタがそんな風に、何か食べてるのって見た事ないなって」


「そうか...?別に味覚は以前と変わっていない

 旨い物は旨いと口にしていたはずだが」


「んーそうなんだけど、なんというかー

 あー…これがアイツの言ってたリミッターがどうのって事か!

 なら納得だわ!」


プロメテウスから既にシステム破損の件を聞いているのだろう

彼女もまた何かの違和感を感じ取ったらしい


「...良く分からんのだが」


「いいのいいの、こっちの話だから

 良いんじゃない、アタシは良い変化だと思うよ?

 折角この時代には美味しいものがいっぱいあるんだからさ

 アンタの時代だって私達よりよっぽど酷い戦争してたんだから

 きっと碌な料理しか無かったんでしょ?」


「料理...か、調理という概念が消えてかなり経っていた筈だ」


「...うげ...ま、まぁ食べるって事が栄養摂取の為の手段じゃなくて

 ”美味しい物”を食べれるって、それだけで幸せな事じゃん

 今のアンタならその”感覚”分かるでしょ?」


「そうだな、除菌や消化効率を高める為だけでなく

 旨いという感覚を満たす事を追求する調理...

 それが出来る、食せるという事は

 幸せな事...だろうな」


―だが...ならばそんな物を手にする資格は俺には―


「へいお待ち!!」


気付くと目の前に茶色の紙袋が差し出されていた


「あ、ああ、幾らだ?」


「いいよ、持ってきな!」


「む、しかしそれでは...」


「3本くらいで店つぶれたりしねぇよ!

 あんた等はまた、ミヤトから旅立っていくんだろ?

 だったら常連になる訳あるめぇ、一期一会だ!

 折角なら外にこの味を伝えてくれよな!」


「だが、この都市は外部には閉鎖的と聞くが...

 外からの収益など、余り期待できないのではないか?」


「今は確かにそうだが、その内制度も変わるかもしれねぇだろ?

 もし外からもっと沢山のガイジンさんが来る様になったら

 先に宣伝してたオレっちは大繁盛ってわけよ!がっはっはっはっ!」


両手を腰に当て、豪快に笑ってみせる店主


「成るほどな、確かにそうなれば良い先行投資だ

 この店の事、覚えて置こう」


「おうよ!よろしく頼むぜ!」


「ずるーい!おっちゃん、アタシにも先行投資してよ!」


「はぁ!?勘弁してくれよぉ!

 お譲ちゃんにも最初サービスしたじゃねぇか

 もう10本目だろ、流石それ負けたらつぶれっちまうぜ!」


「ケチ~」


店主とヴァレラのやり取りを背に

受け取った紙包みを腰に下げ、ゼロスはゆっくりとその場を後にする


「あ、ちょっと!おっちゃんこれ御代ね!」


ヴァレラは数枚の硬貨を台に置くと

手を振る店主を後にすぐさまゼロスの後を追う


「ちょっと!どうして置いていくのよ!」


何とか人ごみにまぎれる前にゼロスの横に並ぶヴァレラ


「邪魔をすべきではないと思ったのだが、声をかけた方が良かったか?」


「全くもう、そういう所はなんっも変わってないわね!」


「...すまん、だが俺はこれから―」


「あの子のとこ行くんでしょ?道知ってるから連れてってあげるわよ」


位置については反応をレーダーで把握している為問題ない

だがそこまでのマップ、ルートに関しては不確定だ

それほど重要ではないが、申し出はありがたい


「了解した、先導頼む」


「素直で宜しい♪」


そう言うとヴァレラは笑顔を浮かべ、ゼロスの数歩前を歩み進める


暫く歩き続け、徐々に街の中心街から離れ、人通りも疎らとなっきた頃だった


「ねぇ、」


前を歩くヴァレラが振り返る事無く、問いかける


「どうした」


「アタシはさ、アンタと違って人類の希望だとか

 英雄でもなんでもない、ただの一兵士

 人類の為とか、そんな仰々しい大儀の下戦ってた訳じゃないし

 実際出向いた戦場の数もアンタには比べ物にならないヒヨっ子よ

 だから釈迦に説法だって事は分かってる、でもね...」


ヴァレラの足が止まり、距離を保ってゼロスもまた足を止める


「死んだ奴に引っ張られんじゃないわよ」


「...!」


再びヴァレラが歩みを再開する


普段は明るく活発な少女の顔の中に、時より除かせる兵士の表情

彼女もまた、形は違えど戦士として同じく背負っている物があるのだ


「何してんの、置いてくわよ~

 これから彼女とデートだって時になんて顔してんのよ」


視線を上げると、振り返り何時もの表情で意地悪そうに笑う

ヴァレラが手招きしている


「...感謝する」


「んー?何か言ったー?」


「いや、何でもない」


静かに胸の中でもう一度

優しい兵士の気遣いに謝意を呟くと

再びゼロスは後を追う

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