第115話 見知った天井

...


...


...


変わらぬ天井


差し込む月明かり


街の賑わい冷めた中の昆虫の鳴き声


「...」


視界の端に表示される情報によると

腕部の修復は92.6%完了している

24時間以内に完全修復の見込みだ


天井を見つめたまま、右手を顔の前に翳し

指を開き、閉じを繰り返してみる

...錆び付いた歯車の様に、まだ動作がぎこちない


既に外観はほぼ元通りの姿を取り戻しているが

その腕一つ取ってみても、今の時代の技術を

大きく超越した旧人類の叡智の塊である

未だ複雑な内部機構の分子結合、調整が完了していない


「プロメテウス、聞こえているのだろう」


ゆっくりと腕を下ろすと、上半身を起こし

目覚めてから1度も姿を現していない物の名を呼ぶ


「ええ、聞こえているわよ」


すると、初めからそこに居たかのように答えが返る

声のする方に窓枠に腰を腰掛けた姿のプロメが映る


「何故今まで姿を見せなかった」


「あら、あなたって意外と寂しがり屋だったのね」


いつもと変わらぬ軽口が返る


「...」


「そういう気分じゃなさそうね

 新しいマスターのサポートを...ね」


記録によると、先の戦闘中、プロメテウスは

ゼロスの暴走被害を抑える為、砲撃より破壊すべく

その承認の為に指揮権限をセルヴィに移している


そういえば彼女も未だ、姿を見せていない

彼女の過去の行動からするに1番に来ていても可笑しくは無い筈だ


「でも捨てられちゃった☆」


てへ、と片目を閉じていじけてみせるプロメ


「どういう事だ」


「あれからすぐに、マスター権限をあなたに返せ、ってね」


「そうか」


「恨んでる?」


「何がだ」


「私はあなたを殺そうとしたのよ」


「...?

 実行は適わなかったが、適切な行動だったと判断する

 どの様な状況下に置いても合理的な最良判断を人に示す

 それがサポートAIの本分だろう」


「そう...変わり無い様で何よりだわ」


「おかしいのは寧ろお前の方だ、何故そんな事を聞く」


ゆっくりと窓枠から離れ、ベットの横の椅子へと腰を下ろす

真っ直ぐにゼロスを見据えるプロメ


「あなた...目覚めてから何か違和感は無い?」


「両腕部の修復は最終段階に入っている

 特にステータスに不備は見受けられない

 それ以外と言えば...通常の人間の睡眠に近い症状が

 断続的に発生しているが、その周期も短くなっている

 一時的な症状と判断する、近い内に回復するだろう」


「そうでは無くて、何か?」


随分とプロメテウスらしくない、曖昧な聞き方だ

感じる、か

だがそう聞かれれば、思い当たる節が無い事もなかった


「明確ではないが...余計な事を随分考える様になった...かもしれん」


「...」


「何かこの症状に心当たりがあるのか?」


「ええ、今の状況であれば伝える方が適切だと判断します

 あなた達オリジナルのガーディアンシリーズに埋め込まれた

 Dリアクターは極度の感情の高ぶりによって

 異常反応を起し最悪暴走、消滅する

 それを阻止する為に緊急抑制システムが備え付けられているわね」


「当然熟知している、情けないがこの時代で目覚めた直後も

 抑制システムに助けられた」


「そう、でもシステムは緊急時だけで無く

 本来人間が持つ感情の波長、喜怒哀楽などの

 殆どを大部分を自動で処理してきたのよ

 それをあなた達自身が認識する事は出来ないけれど...

 Dリアクターは感情を持たない機械では稼動しない

 故に感情を全て失った廃人でも同じ事

 だから感情・精神という不安定な物を持ったままの【人】を

 戦う為の機械とする為のシステムでもあったのよ」


「そうか、確かに緊急時以外に、自分で何かを

 抑圧されている、強制されているという風に感じた事はない

 自分の意思という物は確かにあるつもりだったが...

 だがそうだとして、それは寧ろ助かっている

 戦う為に冷静さは不可欠だ」


「それが...この前の戦闘でシステムが破損してしまったのよ

 従って今のあなたの精神は枷が解かれた状態

 そうなった時、抑圧された人の精神にどれ程の

 反動が生じるのか、前例の無い事だったから...

 でも安心したわ

 今のあなたを見る限り、極端な人格の変化や

 感情の不安定化による精神疾患はきたしていない様ね」


「ふむ...違和感、と言われればそうかもしれないが

 その程度だ、現状問題は無い

 だが...故にリアクターを暴走させてしまったのか...」


視線を落とし自分の胸の中で通常稼動しているであろうコアを見つめる

コアはその開発者しか知らぬ、完全なブラックボックス故

自分自身でもコアその物を、直接見たことはないのだが


「しかし...記録を見たが...今でも俄かには自分でも信じられん

 アレが...Dリアクターの暴走した姿なのか...?

 過去の記録資料では空間移送が逆転し、広範囲ごと対消滅する

 とあったが...、ケリュケイオス等の次元掘削弾頭は

 意図的にその効果を限定させた戦術兵器の筈だ

 まるで別物の様に見えるが...」


「それに関しては秘匿している情報はありません

 私も同様の認識よ...あれは私のデータベースにも無い

 完全に未知の事象、その原理すら想像も着かないわ...

 でも確実に一つ分かっている事は、通常の暴走よりも

 遥かに大きな危険性を孕んでいる現象だという事よ」


「ああ...」


「あなたの人間性からも、システムの制限からも

 完全に制御を失い逸脱した行動...

 最優先保護目標、並びに現時点であなたが人類と定義した

 者達を手にかけようとする事に一切の躊躇すら無かった」


「...」


ゼロスの脳裏に、この都市に、そして彼女達

守ると約束した少女に砲口を突きつける様が蘇る


「以後は細心の注意を払う必要があります

 下手をするとアデス再侵攻前に、あなた自身が

 人類滅亡のキーに成りかねないわ」


プロメが口調を強めて言う


「抑制システムの修復は出来ないのか?」


「無理ね、脳の中枢部分のシステムだもの、コア同様

 既にオリジナルシリーズの製造技術が失われた時点で

 修復は不可能な部位よ...

 本来なら即時凍結、又は破棄を推奨する所なのだけど...」


「分かっている...しかし再びアデスが侵攻すれば

 このままでは必ず人類は滅びる

 今はまだこの身を終わらせる訳には行かない

 もしも全てを成し遂げた暁には、喜んで処分されよう」


「肯定よ、現時点であなたの戦力は人類生存に必要不可欠

 LG03を欠いた状態の人類生存確率を試算した数値は

 危険性を許容した数値に劣るわ

 サポートAIとしても暫定的に支持します」


「...」


「...」


出来る事を最大限やるしかないのだ

その限りなく低い可能性の先の勝利を信じて

それは今も昔も変わらない事だった


二人の間に短くも長い沈黙が流れる


「聞いてもいいか」


「んー?、あなたからそんな風に聞かれるなんて意外ね、何かしら?」


「先ほど、お前は俺が自分を恨んでいないか、と聞いたな」


「そうね、どの様な反応が返ってくるか予測できなかったから

 まずは普通の人間の反応を予測しつつ、伺う為にも-」


「本当にそれだけか?」


「...どういう意味?」


先ほどとは立場が逆転した様に

プロメが無表情のままゼロスを見つめる


「いや...やはり異常をきたしている様だ

 先ほどの説明は理解できる、内容も府にも落ちる

 合理的な、だが...どうも、その先に何か...

 普段のお前らしくない物を、雰囲気を感じた

 とでも言うのだろうか、あの戦闘中も一瞬...」


そのままプロメが瞬きする事もなく

一瞬、本来の機械のように固まる様に見えた


「...突然の脳内変化に感覚が混乱しているのよ

 私は最高水準のAIなのよ、どんな人間より人間らしく振舞えるのだから

 そう見えるのは当たり前じゃないの

 やっと私の魅力に気づいてくれたって事かしらね」


直ぐに彼女はそう言って意地悪そうに笑って見せる

そう、彼女はそんな風に誰よりも人間らしく振舞えるAIである

おそらくこれは気の迷い、勘違いという物なのだろう


「そうだな...しかし何とも...

 この違和感が本来あった筈の感情、と言う物ならば

 なかなかに形容しがたい物があるな...」


「そういうのを【もやもやする】ってフランクには言うみたいよ

 私には分からないけれど

 ストレス...不愉快に感じるのかしら?

 精神的に不可が掛かる様であれば対策を考えないと...」


「いや、ストレスとは感じていない...と思うが...

 もやもやする...か、確かに言い得ている言葉だ」


「恐らくこれから貴方は本来の人間らしさと呼べる部分を

 徐々に取り戻していくと推測されるわ

 それは本当なら喜ばしい事ではあるのでしょうけど...

 貴方を支援・管理する身としては、それは同時に

 兵器として不確実性を高めるという事、素直に喜べないわね」


「肝に銘じよう、自分が成すべき事、

 優先順位を違えるつもりは無い、憂虞感謝する

 これからはお前の助言サポートがより必要になるだろう

 頼りにしている」


先ほどの真剣な顔付とは変わり

プロメがキョトンとした表情を作る


「...何だか私も戸惑っちゃうわね、以前のあなたなら

 こういう時の反応は【すまん】と予測していたのだけど...

 やはり...これはデータの大幅修正が必要ね」


「そうか?」


「そうよ、所で、もう動いても問題ないレベルまで

 修復が進んでいるのだから、そろそろ顔を見せてあげたら?」


「何のことだ?」


「幾らあなたがそういう機微に疎いタイプと言っても

 気づいてるでしょ?本当なら最初に来ていても

 おかしくない子が未だに来てない事に」


「ああ...問題は無いんだな?」


「ええ、優先保護対象だもの、その点は大丈夫よ」


「了解した」


再び手首や足の一部を動かし、感触を確認する

腕の違和感も明日には解消されているだろう


「...聞かないのね、彼女がどうして来ないのか、何をしてるのか」


「ああ、直接聞くさ、きっとそうするべきなのだろう」


言葉とその動きで、明日どうするのかを察したのか

納得した様子でプロメがその場から浮かぶように立ちがあると

その姿は当初の人類連邦のオペレーター制服を着た状態で淡く光を帯びている


「改めLGSS06プロメテウス、統括支援AIより

 マスター認証、LG03への権限返還要請」


「要請受諾、LG03承認する」


口元に僅かに柔らかな笑みを浮かべながら

光と共にプロメテウスの遠隔投影の姿はそっと空に消えた


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