第114話 知らない天井・フレイア編




目を開くと、最早見慣れた、和装飾の天井が映る


視界に映る景色と共に、この異様な感覚も

三度も続くといい加減慣れはじめるものだ


外から差し込む、暖かな眩しい程の光

そして昨夜の嵐の様な慌ただしさから

更に6時間が経過して居る事から、現在は早朝だろう


しかし、こうも立て続けに意識を失うとは

未だ不安定な状態にある事は間違いない

だがその明確な原因については

システムの自己診断では特定に至らなかった


欠損した両腕については、システムが損傷を認識しており

正常に自己修復中である


とすれば、それはシステムや装備ではなく

自身に残った生身の生体的部位の要因による物と思われる


幸い、昨日から見舞いに訪れた者達によれば

全員の無事と当面の危機は回避出来ているようであり

ならば焦っても致し方ない事だった

今は好意に甘んじて万全の状態への修復に徹するが良し


その様な自己分析をゼロスが行っている時だった



—―ン...


ゴーン...


ゴーン...



窓の向こう、遠くから、他の都市でも聞いたのと同種の

教会の物だろうか、鐘の音が三度響き渡る

定刻の知らせか、何かの催しの合図か

音量からすれば、きっと都中に響いている事だろう


「この様な都で教会の鐘とは、また不思議な物だな...」


思わずそう口にした時、ゼロスが気付く


何故自分は今、そんな事を口にしたのか


帝都を訪れたのは当然今回が初めてである

もはや異世界とも呼べる程、変貌を遂げたこの時代で

どの様な風習があろうと、何ら不思議は無い筈である

にも拘らず、何故いま、自分はそんな事を口にしたのか


この都では、教会の鐘の音が不釣り合いである、と


分析により、この都市が旧時代における極東の文化、

和風という様式で形成されている、と知ったばかりなのだ


(...元から...知っていた?)


少なくともそんな文化的生活を送っていた頃の記憶は無い

そんな暮らしをしていた頃が、自分に有ったのかすら不明だ

答えは未だ引き出せない記憶の断片の中に有るのかもしれないが...


それにしても今まで、これほど余計な事を一々考えて居ただろうか?


「...これこそ余計な思考か...」


ゼロスは思考を打ち切って、ゆっくりと体を起こし

窓を見つめ、一つ深い溜息を漏らすと


トン、トン


優しく紙の戸が二度叩かれ


「宜しいでしょうか」


女性の声が、襖越しに掛かる


「構わない」


ゼロスが応えると、襖がゆっくりと横に開き

そこには僅かに金装飾を施した

純白の神官服を纏う少女が一人、膝を折る形で座していた

フレイアだ


昨日までのやり取りの最中では気付かなかったが

どうやら床の素材が部屋の内と外では異なる様だ


そして彼女は入室後、静かに戸を閉めると

ゆっくりとこちらに歩みを進める


改めて彼女を観察すると、衣服の擦れる僅かな音以外

ほとんど物音を立てず、流れる様な所作の一つ一つが

慎ましさと清楚さを体現している

神官候補としての嗜みという物であろう


「まずはご無事…とは言い難いですが

 お目覚めになられた事、喜ばしく思います」


「ありがとう、しかし、君を巻き込んでしまった、すまない」


彼女は本来であれば無関係の人間である

しかし先の戦闘に巻き込んでしまった

そして守りきれず危険に晒した

その責任は全面的に自分にある


「いえ、わたくしがゼロス様達に同行を願った故

 決して貴方様が謝られる様な事ではございません

 寧ろ謝るのでしたら分も弁えず、勝手を申したわたくしの方でございます…」


腕を胸元で組み、祈りの姿勢でゼロスに謝罪を返すフレイア


『結果的に皆無事だったんだからさ

 二人ともあんまり気にしすぎるのもよくないよー』


.........


ゼロスが左右に瞳を動かし、部屋の隅々まで視線を走らせる


目の前のフレイア以外、部屋には誰も居らず、変わった様子もない

念の為各種センサーを再確認するも、室内には彼女一人である


フレイアが話した直後、もう一人、彼女とは別の

明るい活発そうな少女の声が聞こえた気がするが

夢に続いて、幻聴まで聞こえるようになったとでも言うのだろうか


『どうしたの?』


いや、幻聴ではない

今度は直ぐにその音源を特定する、約1.5m前方からだ

目を向けるが、そこにはフレイアが一人立っているだけである


腹話術の類...とは考えづらい、声紋そのものが別人である

そもそも彼女は、その様な悪ふざけをするタイプの少女ではない


その時、一つだけ以前の彼女と異なる点に気付く

彼女の蒼翠色の瞳が、片目だけ金色に変化しているのである


『あ、そっか、ごめんごめん

 君と直接お話するのは始めてだったね

 はじめまして、僕の名前はフレア、彼女に間借りさせて貰ってる者だよ』


「...」


『あれぇ、えと...もしもーし?僕らの言葉って通じてるんだよね?』


「はい、その筈でございますが...フレア様はその...

 少々ご説明が短絡的過ぎるのではないかと...」


『えー、多分彼ならこれ位で十分だと思うけど』


フレイアの口から、口調も声色も全く異なる二人の声が

まるで会話しているかの様に次々と繰り出される


「聞こえている、状況を整理中だ、少し待ってほしい」


先の戦闘に於ける、プロメのドローンの記録では

暴走状態であった自分の攻撃を、彼女が未知の力で防いだ際

両目が、今の彼女の片目と同じように、金色に輝いていた


そして当時のヴァレラの反応、アリスの言葉から推察すると


「...亜人達の勇者と呼ばれた者、あのマグナという男と同じ類か」


『ほら、伝わったでしょ?マグナシオスとはもう会ったんだってね』


前半はフレイアに、後半はゼロスに向けられた物だ、実に紛らわしい

名前が非常に似通っているのも、あの男と共通している様だ

しかしその口調や声のトーンが、フレイアと全く異なる為

どちらが話しているのかは識別に難くはない

大人しく丁寧な口調のフレイアに対し

明るく活発で、少年の様な口調のフレア


「君は...男性なのか?」


『まず最初に聞く所ってそこ!?

 まぁいいけど...一応僕の元の性別は女性だよ

 余り男女を意識した事はなかったけど、紛らわしくてごめんね』


「いや、他意はない」


『僕は構わないけど、人によっては傷つける事もあるから

 そういうデリケートな質問は気をつけた方がいいよー?』


「む...そうか、気をつけよう」


中々ストレートな物言いをする少女?だ

元々その様な機微には疎いゼロスであるが

不思議とそこには、一切嫌味の様な物は感じられない


『とりあえず、改めて君が無事で何よりだよ

 君は世界の要だからね、こんな所で死なれちゃ大変だ』


「...どういう意味だ、君は俺の事を知っているのか?」


『詳しくは知らないよ、でも君という存在がこの世界に於いて

 非常に重要な存在である事は知ってるよ』


「...? すまない、よく理解出来ないのだが」


『そうだね、これは僕も、精霊の声が聞こえない人に

 説明するのは難しいかな』


「精霊...?」


『そう、僕らが使う力そのものであり、僕らを導く存在』


「魔導や魔法・魔術という物か?」


『そんな所かな、さしずめ今の人達の言い方で言えば

 精霊魔法...ってとこかな

 僕らが行使する力は僕ら自身の力じゃないんだ

 今で言うマナ、精霊たちの言葉を聞き、その力を借りて行使する

 だから今の人達の様な、一方通行で力の一部をかすめて使う様な方法より

 ずっとその効果や用途は多岐に...って

 元々その概念すら無い君達に言ってもしょうがない話だったね』


「...すまん」


『ただ、君にも無関係じゃないよ、

 いづれ君も精霊達の声が聞こえるようになる時が来る

 でも、今じゃない』


「...?」


『あ、僕ばかり話しちゃったね、ごめん

 本当は彼女が君に話したい事があったから来たんだ

 僕はしばらく寝てるから、後はお二人でどうぞ~またね』


そう言うと、片目の金色の輝きが失われ

両目ともフレイヤ本来の色へと戻っていた

【彼女】が言う【彼女】とはフレイアの事だろう

先ほどからずっと目の前に居て話しているが

それは【彼女】ではない【彼女】である、何とも感覚的にやり辛い


しかし彼女フレイアが自分に話とは、

どちらかと言えばプロメテウスに懐いていた印象だったが


「あ...あの...貴方様に、この様な事を伺う事自体

 恐れ多いのでございますが...」


先程までのフレアの陽気さとは打って変わり

おずおずという様子でフレイアが話し始める


「創造物にとって...創造主こそが神なのでしょうか...?」


この時、ゼロスは彼女の言わんとする所を理解する

先の戦闘においてフレイアは知ってしまったのだ

自分達の世界の真実を、今まで自分達が神と崇めていた者の正体を


暫くの沈黙の後、ゼロスが口を開く


「もし君が、その質問に対し、論理的な回答を望むなら

 あのアンドロイドの少女に聞くと良い」


同じ機械に利用され、創造主である人間達に反旗を翻し

そして今、自らの意思で新たなる人間との関係を築こうとしている

彼女であれば、自分よりも遥かに良い回答をするだろう


「いえ、わたくしは、貴方様のご意見を伺いたく存じます」


「それは...俺がプロメテウスと共に居る、守護天使とやらだからか?」


「いえ...ゼロス様やプロメテウス様は、アール村での事だけでなく

 わたくしや、多くの人々を救って来られました

 そして今、フレア様と共にあるからこそ分かるのです 

 あなた様が、古の時代よりずっと、

 数え切れぬ程の人々を救って来られたという事が」


「...」


技術水準も全く異なり、インプラントも行っていない

この時代を生きる者には、想像も及ばぬ事のはずであるが

これが精霊の言葉を聴く、という事なのだろうか


正直この手の会話は得意ではない...

しかしこの少女は自分ゼロスに問いかけているのだ

誠意を持って回答すべきだろう


「...俺は、偶像的な神という物を認識しては...信じてはいない」


「はい...」


少し間を空けてゼロスがゆっくり答えると

フレイアの顔に驚きはなく、その答えは恐らく彼女の中でも

予想の出来ていた事なのだろう、

ただ、視線を落とし、やや寂しそうな顔を見せる


「創造主であれば神なのか、と聞いたな

 君達の種を産み出したAIを造った、俺達旧世界の人類は

 創造主、定義に当てはまるのかもしれない

 しかし俺は、自分を神などと言う物だとは認識していない」


「...」


「だが...その様な偶像的な存在を信じてはいないが

 神という言葉その物を否定するつもりはない」


フレイアが視線を上げ、真っ直ぐその先を見つめる

先ほどの寂しそうな顔とは変わり

一言一言をしっかり聞こうする、強い意志が伺える

恐らくこれこそが彼女の問いに対する核心に当たるのだろう


「俺達の時代でも、人類は滅びに瀕し

 絶望的な戦いを続ける中であっても、信仰は存在し続けた

 直接救いの手を差し伸べてくれる神などと言う物は居ない

だが嫌と言う程見てきた兵士達の多くも、信仰を持っていた」


「人類の歴史の中で、信仰は多様に形を変え、時に執政の道具として

 国家や特定組織の政略として、度々利用されてきたが

 俺は戦いの中で、本来の信仰とは、絶望的な状況の中でも

 人が明日を生きる為に必要な力、だったのではないかと思った」


「明日を生きる為の...力...」


「人が自分自身を律し、今日より良い明日を信じる為に

 その姿その物が、神という言葉を借りた存在なのではないか

 神という言葉に対する俺の解釈だ」


「...」


フレイアが呆ける様に空を見つめたまま静止する


「君は、何故今の神職につきたいと思ったんだ」


「わたくしは...修道院が管理する孤児院で育ちました

 幼少より神官様やシスターの方々には

 本当の父、母以上に大変良くして頂き

 わたくし自身もまた、彼ら、彼女らの様に

 少しでも多くの人々のお役に立ちたいと...」


「それが神職を志した動機という訳か」


「はい...教会であれば世界中に支部を持っていますし

 私が育ったような施設も多く運営しております

 他にも貧困者への支援、医療を受ける余裕の無い方々への

 治療等も行っておりますので―」


「ならば、あの神を自称するAIと、君がしたい事と何の関係がある」


「っ...」


「確かにあのAIは創造主にあたる物かもしれん

 本来教会は別の目的の為に組織された物だったかもしれん

 しかし、君が望む生き方に何の問題がある

 事実として君は教会の施設で幸福を感じ育てられた

 そして今、同じように他者を助けたい、その為に神職に付いたのだろう

 それは教会が何であろうと、又は教会でなくても出来るのではないか?」


「...」


ゼロスとじっと見つめあうフレイアの瞳に、薄っすらと涙が浮かぶ


しまった、自分なりに言葉を選んだつもりだったが

彼女を傷つける事、根本を否定する事に触れてしまっただろうか

そんな事がゼロスの脳裏を横切った時


フレイアは安堵したのか涙を目端に浮かべたまま、瞼の力を抜き

真剣に聞き入る力強い瞳から、優しい眼差しへと移り

口元に笑みを浮かべ、いつもの穏やかな表情に戻る

どうやら先ほどの考えは杞憂だった様だ


「お話頂きありがとうございました

 ゼロス様のお言葉、胸に刻ませて頂きます」


「すまない、余り気の利いた言い回しは得意ではない

 少しでも君にとって有意義であったなら幸いだ」


「いいえ、大変ありがたく存じます

 やはりあなた様は、守護天使様でございますね」


目元の涙を拭い、いつもの柔らかな笑みを返すフレイア


「...すまん、その言葉の意図を汲み取れている自信がないな」


「先ほどゼロス様が仰った通りでございます

 創造主だから神なのではない、人の思いが神足らしめるのだと

 ですのでわたくしにとって、あなた様はかわらず守護天使様なのですわ」


「...?納得出来ているならそれでいい」


出会った頃、彼女がプロメテウスを神だの

ゼロスを天使だの呼んでいた時とは、その言葉の意味が

何か変わった印象を受ける

良くは分からないが良い方向に転じた様だ


「ええ」


クスクス、と普段年齢以上に大人びた雰囲気を持つフレイアが

年相応の少女の様に笑ってみせる


「あら、随分とお邪魔してしまいましたわ

 まだ病床に伏せておられる中、我侭を申してしまい申し訳ありません」


「構わない、修復速度に影響は出ていない」


「ではわたくしは失礼させて頂きます

 1日も早い御回復を願っておりますわ」


そういうとフレイアは立ち上がり

裾の長い神官服を音も立てる事無く翻し

流れるように部屋の入り口まで移動すると

ミヤトの作法であろう、所作で一礼の後、そっと襖を閉める


再び室内には外の鳥達の声と、遠くから僅かに聞こえる街の活気が聞こえるのみとなった


「らしくないな...」


そう言いながらゆっくりとベッドに横たわると

大きなため息を一つ漏らす

しかし不快ではない


「不快ではない...か...ふっ」


思わず頭を過ぎった言葉が口をつき、改めて

らしくないと自嘲するゼロスであった

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