第113話 知らない天井・機械少女編



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「...はっ」


目には再び、先程まで見て居た筈だったのと同じ、天井が映る


筈だった、と言うのも

ヴァレラと話して以降、形だけ横になって居たつもりだったが

どうやら何時の間にか、再び意識を失っていたらしい

いや、システムは前回の復旧から記録を正常に行っている

この場合は寝ていたという方が適切なのだろうか?


「...これではまるで、生身の体の様だな...」


自分自身が生身の人間だった頃の記憶は

脳髄の奥底に圧縮され、具体的に思い出す事は出来ない

あくまでも客観的視点からの感想だ


ふと視線だけを動かして周囲を伺うと

灯りは無く部屋は暗くなっている

どうやらヴァレラが訪ねて来た際、

外から部屋に差し込んでいた茜色の光は、夕日による物だったのだろう


システムの記録によると、約8時間が経過している

ヴァレラと会話をしていた時が夕刻だとすると

恐らく今は皆寝静まっている深夜頃だろう


「...光、か...」


夕日が差していた窓から、今は月明りか、

又は星々による物か、淡い光が僅かに差し込んでいる。


部屋全体を見渡すには問題無い光度だ

尤も、視覚センサーを駆使すれば、元よりゼロスに明るさなど関係無い事だが


ゼロスが戦い続けていた時代では、空は常に厚い暗雲に覆われ

月明かりも、星々の光も、日の光さえ地上を照らす事は無く

外から差し込む光は、誰かが焼かれた紅い炎の色だけだった


こんな風に改めてこの【世界を見る】のも

この時代に来てから久しぶりだった気がする


「...ん...?」


そんな事を考えて居る時だった

動体センサーが突如移動する物体を警告する

それも非常に近距離からである


当然先程の様にヴァレラ達や、この施設に居る人間であれば

特異な事ではない、だがこの反応には生体反応が無い

生体反応が無く、突如動きを発した物体

それをセンサーが不審対象と認識し、警告を発したのだった


(近いな...部屋の中か?随分と反応が小さい...

 脅威対象では無いと思われるが、確認すべきだろう)


そう思い立ち、体を起こしたその時だった


バッ!!


突如、部屋の隅からゼロス目掛け

凄まじい速さで小さな影が飛び掛かった


ゼロスは慌てる様子無く、その影を胸で受け止める様に

両腕を僅かに差し出す


ฅ^•ω•^ฅモッキューーーン!!!


そのまま影はスポっとゼロスの腕の中に納まると

その金属製の顔を、超合金制のゼロスの胸へと

シャリシャリと音を立てながら擦り付ける


「タマ...お前も無事だったのか」


一瞬その頭部を撫でてやろうと腕を動かすも

今のゼロスにはその手は無く、元の位置に腕を戻す


「という事は......君も居るのか?」


タマから顔を上げ、空を見つめながらゼロスが語り掛ける


「...これを見破るなんて...流石ご主人様...

 ファントムシェード、解除」


誰も居ない筈の部屋の一角から、突如、声が返ると

幕が下がって行くかのように、淡い紫髪の少女が姿を現す


「いや、状況から推測しただけで

 センサー類で君の存在を感知出来なかった

 大したステルス技術だ」


そこに居た者は、アンドロイドの少女、アリスだ

最後のこちらを呼ぶ敬称に、使う場面として若干の違和感を覚えるも

時代も文化も違うのだ、然したる問題ではない、と特に問う事無く受け流す


しかしどうも様子が、主にその外観が大きく以前と異なる

最後に彼女を見た時、全身を白の強化アーマーに身を包んでいた筈だが

現在はまるで給仕服の様な服装に身を包んでいる


様な、と言うのも、どうもこの時代で町や、貴族の屋敷で見た

執事やメイド達の服装とは若干異なる要素が見受けられる為だ

スカートの丈はやや短く膝下程度、腰元にはリボンの様なフリルがついており

実用的である筈の給仕服に、装飾性を加味した様なデザインとなっている


そんな時、ゼロスの疑問を感知したシステムが、類似データを表示する

【21世紀初頭、極東発祥のサブカルチャーにおけるファッションの一種】

なるほど、どうやら給仕服とは似て異なる物の様だ


「しかし何故、隠れる様な真似をしていた?

 敵意は無いとは思うのだが」


敬称や服装、そんな物はゼロスには然したる問題では無かった


「人間の睡眠状態と...同様に見えた...邪魔をするのは良くない...」


どうやら彼女なりの気遣いだった様だ


「そうか、気を使わせてすまない」


「私が勝手に...した事」


「......」


「......」


しばしの沈黙が続く、通常の人間であれば、非常に気まずい雰囲気であるが

両者は互いの瞳を無表情で見つめ合いながら、瞬き一つしない

そして


コツ...コツ...コツ...


「お願いが...ある...」


先に口を開いたのはアリスだった

部屋の隅から、ゼロスが腰掛けるベットまで数歩の所まで歩み寄る

差した込んだ夜空の淡い光が、透き通る様な彼女の顔を照らす


「受諾できるかは内容による」


ゼロスが僅かに見上げる形で彼女を見つめながら返す


「私の主に...なって欲しい...」


「...は...?」


全くの予想外、かつ理解不能な内容に

自分でも不可解な声を上げてしまうゼロス


「マスターは...駄目だと彼女に言われた...

 だから...主になって欲しい...」


「...彼女とは誰の事だ」


「支援AI...あなたは彼女のマスターだから...そう呼んじゃ駄目って...

 だから...ご主人様ならいい...?」


プロメテウスは一体何を話したと言うのか...

マスターも主人も同じ意味合いの言葉だと認識しているが、

取り合えず彼女の言う主人、と言うのは主従関係の主と言う意味だろうか


「話が見えないのだが...何故君が俺を主にしたいんだ」


「...ん...説明するより...この方が早い...」


コツ...コツ...


更に数歩、アリスはゼロスに歩み寄り、ゼロスのベットへと膝を乗せ

そのまま上半身をせり出し、鼻先が触れる程近くに顔を近づける

普通の人間であれば互いの息がかかる距離という奴だろう


そしてそのままゆっくりと、額と額を合わせる


「何を...」


直後、ゼロスのシステムに、情報が転送される

直接接触によるデータ転送、時代は違えど同種の技術で作られた

彼女のデータ形式もまた、同じ規格という事だ


「これは...タマの中に記録されていた生存者達のデータか」


ドームシティを建造した生存者達

彼女を産み出した者達

そして彼女の元となったアンドロイドA-01

それらが瞬時にゼロスの脳裏に映像として流れ込む


「.........君の生い立ちについては理解した

 しかし先程の要請と、一体何の関係があるんだ?」


「私は人間について...何も知らなかった...

 いや、自分の事も...何もわかってなかった...

 だけど今は...違う...

 私は人間と...新たな関係を築きたい...

 その為に...私を作った人間と...A-01の間にあった...

 あの気持ちを...確かめたい...あれはA-01の気持ち...

 私のじゃ無い...だから、私の主になって欲しい」


成る程、彼女はあの映像記録にあった

創造主の青年とアンドロイドの

従者と主の関係を追体験し、より理解する為に

自分で再現したいと考えたのだろう


「...疑問が二つある

 1つ、君は人間への強い復讐心、憎悪という感情

 又は敵対衝動を有して居たはずだ、それを

 突然別の形として受け入れる事は出来るのか?」


「それは...人間の基準...

 人間の精神は...その様な強い心衝動の変化には...時間が必要...

 中にはその生命活動を終えるまで...変われない者も居るのは...理解

 心はある...と私は認識してる...でも、私は人間じゃない

 間違ってた...なら私は変えたい...知りたい」


「了解した、もう一つの疑問は、何故...俺なんだ?」


「それはあなたが...自らの身を挺してでも...

 敵であった私を...助けようとしてくれたから...

 知性ある生命に...これ以上の信頼の証明は...無い...と思う...」


最後に若干言い淀み、一瞬アリスが紅玉の様な丸い瞳を反らす

それは論理的でありながら、何処までも感情的で曖昧とも言える

しかし彼女が感情、心を持つ機械生命であるならば

その矛盾もまた、生命故の物なのだろう


「......君の行動理由、目的は理解した

 特に害の有る事でない為、要請を受諾する事はやぶさかではないが

 主従関係を結ぶ...と言っても一体具体的に何をすればいいんだ?」


「.........」


「.........」


再び両者の間に沈黙が続く


A01と製作者の関係性の再現、しかしどうやら彼女自身もまた

具体的にその先については、考えが及んで居なかった様だ


そしてそのまま暫く停止した時間が続いた後

アリスがおもむろに、胸元の留め金を外し、肩口を露わにする

露わになった肩口は彼女と顔と同じ様に

まるで人間の肌その物の様な肌を覗かせている


「...今度は一体何をしてるんだ...?」


ゼロスの質問に手の動きを止めるアリス


「...一般的な給仕と主人の関係を参照...

 状況的に...夜伽が適当な行為に...該当すると判断...」


確かにこの時代では貴族を始め、富裕層等の

いわゆる上流階級と呼ばれる地位に就く者達は皆

執事や侍女と言った従者を従えている


深夜、主と二人きりの状況で侍女が取るべき行動としては

至極一般的な行動なのであろう


「主従関係であれど、その様な行為は

 性急な理由が無いのであれば、自由意志に基いて行うべきであり

 強制や従事によって行うべきではない」


情事には詳しくない、が一般的にはその様な倫理観が求められるはずだ


「命令じゃ...無い...嫌でも......ぃ...」


語尾が掻き消えそうになりながら、思わずアリスは目を伏せる


「......この場合、申し出は感謝すべきなのだろうが

 申し訳ないが今の体では生殖機能は凍結中だ

 残念ながらその行為に答える事は出来ないし、必要も無い」


しかしアリスは引き下がらない

完全にベットへと上がり込み、ゼロスの腹部に腰掛ける


「では...可能な範囲内で尽くさせて頂きます...ご主人...」


アリスがそっと両腕をゼロスの背に回し

顔が更に近付き、鼻先が触れ柔らかな紫の髪が視界を掠めたその時


「アンタ何やってんのよ!!!!」


突如入口から響いた怒声と共に、眼前に迫っていたアリスの顔が

一気に引き離される、ヴァレラだ


「何するの...いいとこだったのに...」


アリスの首根っこを掴むヴァレラはと言えば

普段のジャケットは脱ぎ、上半身に肌着1枚

発汗が見受けられる、何かの運動直後の様子だ


「何がいいとこだった、よ!

 ランニング帰りに様子見に寄ってみれば、

 何考えてんのよこのエロメイド!!」


「むー...」


口元を逆三角形にしながら無抵抗に引きずられるアリス

眠っている間に彼女達の間で何かしらの関係性を築いているらしい

一体自分が停止している間に何があったのだろうか


「アンタもアンタよ!

 何普通の病人らしく無抵抗装ってんのよ!

 跳ね除けなさいよ!」


その怒りの矛先はゼロスにも向けられる


「す、すまない...」


思わず理解しないまま、気圧された様に謝罪を口にする


「...ったく、唐変木も筋金入りなんだから...

 あの子泣かせるような事はしない様気をつけなさいよ!」


「...?あ、ああ...」


そして呆れたように大きなため息を残し

うわごとの様に音程に起伏無く、主人に助けを求める声と共に

ゴリゴリと引きずる音を立てながら立ち去っていくヴァレラ


「本当に...眠っている間に何があったんだ...?」


何時の間にか脇に移り、丸まり寝息を立てるタマを一人見つめるゼロスであった


ฅ^˘ω˘^ฅ スヤァ

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