第112話 知らない天井・ヴァレラ編

「皆っ!!かはッ...」


暫く息を止めていたかのように、声と共に肺ユニットの空気を吐き出し

目を見開くと、不思議な模様の壁が視界の端まで広がり

姿勢を示すジャイロスコープは水平からほぼ90度を指している


目にしている壁は天井の様だ

どうやら自分は横になっているらしい


そのまま目を動かす事無く天井を見つめる

随分と細かな装飾が施されており、その文様、デザインは独特である

すぐさま思考と連動し、表示されたデータベースの資料によると

【和風】と呼ばれるパターンに類似した物の様だ


(...俺は...帰って来たのか)


そう、今、彼の視界には通常どおり、様々な情報が投影されていた

ゼロスにとって見慣れた視界に、見知らぬ天井が映る


和風に類似する該当データと、直前の行動から推測するに

恐らくここは帝都ミヤト内の施設と見るべきだろう

そしてこの様な環境で覚醒したと言う事は、差し迫った危険も無いと思われる


(直前の行動...自分は戦闘を行っていた筈だ...その後は...)


状況分析を行い、ゼロスが記憶を辿ろうとしたその時


「アンタがぼーっとしてるなんて珍しいわね

 とりあえず目は覚めた見たいね、おはよ」


自分の右側面、2m程の距離より聞きなれた

少女でありながら、何処か大人びた雰囲気を持つ声


「ヴァレラか」


そのまま声の方向に首を動かし、視線を向けると

そこには足を組み椅子に腰かける彼女の姿が有った


直前まで装着したバイザーにて、

何らかの情報確認でも行っていたのか、

視線を向けるとほぼ同時に、片手を耳元の操作部に当て

映し出されていた文字の羅列は消え去り

彼女の瞳と視線が交わる。


「そうよ、あの子セルヴィじゃなくて悪かったわね」


「他意は無い、気分を害したなら謝ろう」


「相変わらず冗談の一つも通じない所を見ると、大丈夫そうね

 ま、謝るなら私にじゃなくてあの子にね、

 両手の負傷、酷かったのよ」


「負傷...?」


「なに、覚えてないの?」


「少し...待ってくれ...」


咄嗟に頭に持っていこうと腕を持ち上げると

片腕は手首から先が、もう片腕は肘から先が欠損していた

視界のステータスにも現在自己修復中の表示が映る


そうだ、NOVAにより回収、復元されたSGシリーズとの戦闘にて

損傷した物だ、それは記憶している


しかしその後どうなったというのか、一体何時から

そもそも何故、自分はスリープモードに移行していたと言うのか


今の状況を鑑みるに決着はついた筈だ

だがどの様に...?

思い出す事が出来ない


先程ヴァレラに声を掛けられ

中断していた戦闘ログへのアクセスを再開する


—該当記録無し—


自分自身同様、スーツのシステムにもまた

記録に残っては居なかった

だが


—追加更新の外部記録データ有—


(これは...プロメテウスか)


そう言えば彼女の姿が見当たらない

母艦とのシステムリンクに問題は見受けられない

彼女とは繋がっている状態のはずだ


しかし姿を見せず、声もかけぬのはどういう事だろうか

疑問に思うも、今は優先し、外部記録の確認を行う


(何だ...これは...)


プロメから見た映像記録、観測データ、それらが次々と

鮮明に頭の中に流れ込んでくる


(あの形状は...あれは...本当に俺なのか...?)


そこにはあり得ない程の異常なエネルギー数値と共に

異形の姿へと変貌し、その砲口を幾万の人々が暮す都市へ

そして...仲間へと向ける


自分自身の姿


(...俺は...一体何を...これではまるで...アデスではないか...)


自分でも本当の光景なのか、にわかに信じがたい中

その化け物の前に一人の少女が立ちはだかった


禍々しい腕から伸びる爪が、少女の首筋に迫ろうとしていた


(...やめろっ!)


制御されているはずの心臓の鼓動が跳ね上がる


程なく、少女が小さな両腕を差し出しながら

その黒く燃え盛る腕を、掴んだかと思うと

その胸へと飛び込んだ


次の瞬間、炎が弾け辺りは光に包まれ、記憶は終了する


「っ!!セルヴィはっ!?」


弾ける様に上半身を跳び起こすと、かけられていたシーツが舞い上がる


「ちょっと、落ち着きなさいよ、あの子は大丈夫よ」


ヴァレラの言動や、冷静な態度から見るに

大事には至っていない、少なくとも彼女は生存していると見るべきだろう

ベットから飛び出そうと、持ち上げかけた腰を下ろす


「彼女は無事なのか?負傷状況はどうなんだ?」


「ちゃんと教えてあげるから

 そうせっつかないでよ、全くらしくないわね」


「すまない...」


「...あんた少し変わった...?

 まぁ良いわ、まずセルヴィの状態についてだけど

 思い出したみたいだからハッキリ言うけれど

 あの子の両手は深刻な火傷を負ってたわ

 普通なら一生痕が残る...それどころか

 もう二度と動かせない程に一部は完全に炭化して酷い状態...」


「...!」


「はいはい最後まで聞く、そこで終わってたら

 幾らアンタ相手でもここまで無神経に言わないわよ

 普通なら、って言ったでしょ

 前にあんたが私やあの子に使った救護装備があったでしょ」


「ああ、治療ナノマシンキットだ」


「そうそれ、それでそのナノマシンってやつが

 身体の中で既に適合して活動してくれてたおかげで

 普通じゃ一生治らない傷だったけど、無事治癒出来たって訳よ

 まぁ回復魔法?ってやつの効果もあったみたいだけど」


ナノマシンには欠損した部位など完全に消滅した部位を始め

炭化する程生体組織が破壊された状態からの復元できる程の力は無い


一部不明確な情報もあったが、今は彼女が無事回復出来た

という結果を把握できるだけで十分であった


恐らくこの時代に於ける異なる概念の治療技術との

相乗効果により回復出来た、という所だろう


「そうか...」


彼女の無事を知り、ほっと胸を撫で下ろす


「少しは落ち着いた?

 ただまぁ女の子にそれだけ酷い怪我させたんだから

 後でしっかり謝っておきなさいよね」


「そうかだったのか...すまない」


「だーかーらー、あたしじゃなくて

 あの子に言いなさいって言ってるでしょ」


「...感謝する」


「うむ、礼だったら受け取ってあげるわよ」


ニッっと奥歯まで覗かせ、満足そうに笑って見せるヴァレラ


「さ、今は横んなってな、アンタにとっては意味無いのかもしれないけど

 見てる側としては、その方が精神衛生上いいのよ

 特にあの子が心配するんだから、けが人ならけが人らしく寝ときな」


そう言うと彼女は、足元の薄手のかけ布を

投げて寄越した、先ほど飛び起きた際

跳ねのけて床に落下してしまったのだろう


「了解した」


今は彼女の言われた通り、

ゆっくりと体を元の位置に横たわらせる

事実、自己修復も極力不要な動作は避けた方が効率も良い


「しっかし、叫びながら飛び起きるなんて、

 まるで初陣帰りの新兵みたいね」


ニシシシ...と口元を更に吊り上げて意地悪そうな笑みを浮かべる


「...面目ない」


「冗談だってば、

 ...それに面目ないのはこっちの方よ

 完全に戦力外、お荷物だった...

 支援すら何一つ出来なかったんだから...」


ヴァレラが僅かに反らした瞳に、微かに影が差す


「それは仕方がない事だ、行ってしまえば俺達は

 君の世界の400年先の科学技術を有している

 その400年も、近代化した文明の技術進歩の速度が

 どれ早い物か、君なら解るはずだ」


「そう言えばそうね、アンタ等ならある意味

 【私達の世界の未来】って事だもんね」


「すまない...失言だった」


そう、先の戦闘の最中、彼女は自分の居た時代、世界が

自分達が産み出したAIによる旧世界の模倣

人工的に造られた世界、そして、種であるという事を

ヴァレラだけではない、あの場に居た全ての者が知ってしまったのだ


「ああ、そういうのいいってば

 前にも言ったけど、そんなに自分が居た時代に

 強い思い入れ思いとか無かったから」


ヴァレラは面倒そうに手のひらひらさせ応えた

確かに彼女はNOVAから告げられた際、その場に居た者の中では

最も立ち直りが早い様子であった


「そりゃ多少は愛着もあったから、コケにされて腹は立ったけどさ

 それに造り物だろうと、あの世界は

 アタシにとって世界だった事に変わりないわ

 偽善だろうと、それが善であるならば

 受け取った側には同じ善でしょ?」


本心なのだろう、彼女の瞳には一片の迷いも見られない


「そうか、優れた兵士の素質だ」


「それってアンタなりに褒めてるの?」


「そのつもりだ」


「あっそ、まぁ、素直に受け取っておくわ

 そうだ、折角だからさ、未来の話教えてよ

 アンタ達には過去の歴史、なら私の世界が

 あの後どうなるのか、知ってるって事よね?」


「厳密に言えば似通っているだけで

 忠実に全ての事象が一致している訳ではないが

 それでもいいのか?例えば君の魔導科学等は俺達の時代には—…」


「あーもう、ほんっとにめんどくさい奴

 そんなん分かってるわよ、その上で好奇心で聞いてるんでしょ

 はぁ、あの子もこの先苦労しそうね...」


腕を組みそっぽを向くヴァレラ

円滑な人間関係の構築、会話力

以前プロメがこれは自分に必要な事だと言っていたが

改めて痛感する所である


「まぁいいわ、それがアンタだもんね

 んで、どうなったの?戦争はどっちが勝ったの?」


腕を解き、脚の間から椅子に添え、身を乗り出し

ヴァレラが再び尋ねる


「君の世界では共和国と帝国の

 2大国家に分かれて大戦中だった

 という事で間違いないか?」


「そうよ、私の国、自由民主主義を敷くアングラス共和国と

 全体共同主義のサルバト帝国の間で数十年に渡り戦争を続けてたのよ

 帝国はその前の世界大戦後、一気に強大化した国家らしいわ」


「ふむ...成程、恐らく俺達の時代で言う20世紀中頃発生した

 冷戦期と見て間違いないだろう」


「冷戦...?それがアンタらの時代の大戦名なの?

 なんか、ぱっとしないネーミングね」


「冷戦とは、実際の戦争には至って居ない

 その前の睨み合いが数十年に渡り続いたんだ」


「武力衝突には至らなかったって事?」


「そうだ、俺達の時代では

 資本主義・民主主義を掲げるアメリカ合衆国と

 共産主義・社会主義を掲げるソビエト連邦という

 当時世界を二分していた大国と

 それに呼応する国家群の両陣営間で勃発した」


「ふーん、共和国が合衆国、帝国が連邦って事か、

 でも戦いって名がついてるんだから

 決着はついたんでしょ?

 どっちが勝ったのよ?」


「結論を言えば合衆国側の勝利だ」


「よし!やっぱり共和国が勝ったのね!」


やはり彼女も自分の所属した国家が勝利を迎える

という結果は嬉しいのだろう

グッっと拳に力を込める


「ただ、勝利と言っても

 相手側が勝手に自滅した、という方が正しい

 ある日、突然連邦が崩壊して消滅したんだ

 その為の工作活動が成されたとも言われるが

 詳しい資料が消失して確かではない」


「突然消滅って...

 まぁ、前線の敵兵の顔を見ればわかる気がするわ...

 プロバカンダで全体共同主義は素晴らしいのなんだのと

 耳障りの良いプロバカンダが良く流されてたけど

 生気無くして、こけた顔を見てりゃね、ギリギリだんたんでしょ

 戦場に赴く兵士にすら、満足な食糧配布もされてなかった見たいだし

 まっ...それは共和国も同じ様な物だったんだけどね」


彼女はまだ旧態依然、人間同士の戦闘を前提としていた頃の軍隊組織

その中で準エリート、それも最新兵器の実働試験部隊の出身だと言う

口ぶりからすると、彼女自身の待遇は軍の中でも恵まれていた物だった様だ


「んで、その後【世界平和】ってやつは本当に訪れたの?

 皆、戦いの先に平和があるんだって、口を揃えて言っていたけれど」


「その後1世紀程は大規模な戦争は発生せず

 人口は80億人を突破し

 世界は第一次世界安定期に入る

 少なくともその期間は、YESと言えるだろう」


「って事はその後は...世界平和は続かなかった、って事か」


「その通りだ、厳密には既に安定期から火種はあった

 時代は第一次情報革命期へと移行した事で

 世界の在り方は激変した」


「情報革命?、産業革命みたいな奴?」


「そうだ、例えば今君が装着しているバイザー

 それは本来、戦闘中、他の仲間とリアルタイムで交信したり

 様々な情報を表示、共有する為のデバイスだろう」


「そうよ、当時共和国が開発、試験的に一部に導入された

 新型兵装よ、いづれ全ての兵士が使う様になれば

 戦況は一変するーなんて開発者は言ってたそうだけど」


「そう、それが一般市民、低所得者層に至る迄、ほぼ全ての者が

 ほぼ同程度の情報環境が、個人で当たり前になっていったんだ」


「うへー…確かに電話とかは元は軍事技術だとは有名だったけど

 これが全ての人が当たり前に、それも軍事目的じゃない目的で

 私生活に使う様になるなんて...一体どんな風になるのか

 ちょっと想像つかないわ...」


そう言いながら頭部のバイザーに手を当て

繁々と目を向ける


「俺も文化的な事には詳しくない為、細かな説明は省く

 その結果として次の戦争は最早今までの

 目に見える形での武力衝突ではなくなっていた

 ある者は自分の国が既に無い事に、国が無くなるまで気付かなかった

 ある者は自分の国が他国を食い潰した事を知らぬまま豊さを享受した

 本質的に強者が弱者から搾取するという構図は変わらなかったんだ」


「うげ...それってある意味、戦争よりもエグいかも...」


「結果的に気付かぬまま徹底的に追い込まれた者達は

 弾け、最早失う物を全て失い、交渉の余地を無くし

 命を賭けた人々を止められる言葉は、もう無かった

 それを世界の人々が目に見える形で現れた時にはもう、全てが遅かった

 人類は第3次世界大戦に突入、多くの命が失われた」


「短い平和だったわねー…

 ま、短いって言っても100年って言えば

 赤子が老婆成るより長い訳だから、十分よね」


「...そうだな、恒久的な平和を手にするには

 まだ人類は幼過ぎるのかもしれない」


「アンタは...造り物の時代で戦って来たアタシ達や

 アンタの時代で、結局また大きな戦争が起こるのに

 歴史の中で戦った兵士達がして来た事って

 無意味だったと思う?」


先程と変わりなく、普通に話しかける体を装っているが

その瞳の奥に、僅かに不安の色を移す


「そんな事は絶対に無い

 人間は完全ではない、しかし完璧でなくとも

 今よりも良い未来を信じ、進み続けるのが人だ

 歩み続けて来た者達の末に今があるからだ」


それに対し、真っ直ぐと瞳を見つめ返し

言い淀む事無く、力強く答えた


「ん...ま、まぁアンタがそう言う事は分かってたけど、一応、ね」


ゼロスとはそういう者だ

ヴァレラにも分かってはいた事、

しかし、言葉にして聞きたかったのだ


思わず緩みかける自分の涙腺に、

一瞬慌てた様な表情を浮かべ

すぐさま顔を逸らす


「そ、そういえば、ここ、ミヤトには

 珍しくて美味しい物がいっぱいあるのよ!

 今日は、昨日行った蕎麦屋の店主に教えて貰った

 【てんぷら】っていうのを食べに行かきゃ!

 目も覚ました事だし、後は大丈夫よね!

 あ、くれぐれも寝てなさいよ!

 あの子に怒られるのはアタシなんだからね!」


まくしたてる様にそう言うと、ヴァレラは小走りで入口

ドアの代わりに据え付けられている木と紙で出来た引き戸に手を掛ける

データによると【ふすま】という戸の一種らしい


そして襖を横に開き、部屋を出る前に


「アンタと話せてよかったわ、お大事に」


そう言い残すと彼女は静かに襖を閉め、足音がゆっくりと遠ざかって行った


「...あれは...怒らせてしまったのか...?

 しかし言葉の内容からすると、そういう訳では無さそうだが...

 過去の類似例を参照...プロメが言っていたツンデレ...という物か?

 円滑な交流...難しいな...」


一人残されたゼロスは無表情で天井を見つめながら呟くのだった

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