第110話 約束

「目標はLG03、彼よ」


助けようとしている人を攻撃する?

プロメが言っている言葉の内容にセルヴィは耳を疑った


「な、何を言ってるんですか!?」


「彼は以前、この時代に住まう、異なる遺伝子情報を持つ人々を

 人類と定義せよと私に命じたわ

 そして今、彼は正当な理由も無く、そして何の躊躇も無く

 推定50万人規模の人類の住まう都市に対し、攻撃を放った

 ガーディアンの主目的は人類の守護

 決して許される行為ではないのよ」


「で、でもこうやってアリスさんが身を挺して守ってくれたじゃないですか!?

 帝都に被害は出てないのですよ!誰も傷ついて無いじゃないですか!?」


「では、次の一撃は、誰が防いでくれるの?」


「そ、それは...」


セルヴィは腕の中で、無残に体中を焦がし

眠るように瞳を閉じるアリスに視線を落とす


「現状、LG03はNOVA以上に、人類に対し危険な存在になってしまったと判断

 今ならばまだ、陽電子砲により撃滅出来る可能性があるわ

 最悪そのまま周囲を巻き込んで爆縮を引き起こすかもしれないけれど

 少なくともそれ以上被害を産み出す事は防ぐ事が出来る

 だからお願い、砲撃許可を出してくれないかしら」


「出しません!!」


「聞き分けて頂戴、今、人類の命運はあなたの一声に

 掛かっているかもしれないのよ」


「嫌です!!」


涙をぽろぽろと流しながら、しかし力強い瞳でプロメを見つめ返す


一方、そんな間、先の攻撃をアリスの献身により、

都市と共に被害を免れた仮面の男は

もう一人と合流し、共に背を向け全力で駆け出し、撤退を試みる

既に100mはゼロスとの距離が開いた、筈だった


男が振り返りゼロスの位置を確認しようとすると

先程まで居た筈の場所から、忽然と姿が消えていた

その所在を確認すべく、慌てる様に両者が周囲を見回したとの時


並んで走る二人の顔に、ふと影が挿す

両者同時に顔を上げるとそこには、太陽を背にし

歪な人の形をした、影より暗い闇が、歪な笑みを浮かべ

まさに飛び掛らんとしていた


そして、そこからは最早戦い等と呼べる物ではなかった


圧倒的な力、最早目で追う事すら適わぬ速さ、暴風に巻き込まれた木枝の如く

男達は引き裂さかれ、抉られ、千切られ、叩き潰され

装甲は砕け、内部パーツが飛び散り、体液を飛散させ

徐々にボロ人形の様に、反撃一つままならぬまま、

体の一部を次々と欠損させていった


やがて片足と両手を失った、仮面が無傷の男が弾き飛ばされ

岩にに叩きつけられると同時に、瞬時に距離を詰めたゼロスが

右腕に掴む砲身を大きく弓を引く如く振り絞った時

仮面の中から微かに、声が届く


「オリ...ジン...たす...」


一瞬ピクリと腕の動きを止めるゼロス、そして


「ぅう゛ヴぁあ゛あ゛ア゛あ゛ッ!!!!」


スガァアアン!!!


背後の岩ごと、巨大な砲身によりその頭部を貫き、叩き潰した

頭部を失った体はその場に、動かぬただの金属の塊となり崩れ落ちる

ゼロスはその場を動かない


「動きを止めた今が最後のチャンスよ

 お願い、砲撃許可を出して頂戴

 もう彼は...彼ではないのよ」


その様子を受け、プロメが再度セルヴィに請う


「絶対ダメです!!

 それにゼロスさんはまだ、完全に自我を失った訳じゃありません!!

 見てください!」


砲身を突き刺したまま、僅かに除かせるゼロスの口元は

歯茎まで剥き出しにし、相当な力が歯に掛かっているのだろう

僅かに震え、口端からは唾液が滴っている、とても普通の彼ではない


ただ、その僅かに覗かせる頬からは、瞳から伝ってきた物であろう

真っ赤な、血の様な涙が伝っていた


「苦しんでいる、泣いているんです!!

 彼に何があったのかは分かりません、でも!!

 確かにゼロスさんはあそこにまだ居るんです!!」


その声に反応してしまったのか、動きを止めたゼロスが首だけを

グルリ、とセルヴィ達に向けると

岩から砲身を引き抜き、その砲口を真っ直ぐと向ける


「まさかもう次弾のチャージが、

 皆...ごめんなさいね...」


全てを悟った様に、プロメが小さくつぶやいた


「ダメ...彼女達は...あなたは本当に...」


危機を察知した為か、セルヴィに抱えられたアリスが目覚める

しかし、彼女にはもう一切の力は残っては居らず

恐らく何かの防御を行おうとしたのだろうが

僅かに片腕を前に動かすだけで、それ以上の事は適わなかった


アリスが目覚めた事に、

ゼロスがこちらに砲を向けた事に

ゼロスに言葉をかける事に

プロメの要請に答えなかった事に


セルヴィはその何れにも、いや、

プロメ以外の誰もが反応する事も、思い巡らす事すら適わず

一瞬の間に全員の前に眩い光が迫る


ただただ、次の瞬間訪れるだろう死を脳が

認識しながら光に包まれようとしたその時だった


「............あれ?」


セルヴィが小さく声を上げると、その小さい声は辺りに響く

先程まで辺りを包んでいた喧騒は消さえり

小さな声が反響する程の静寂が包む


「いったい何が...?」


ヴァレラもシールドから顔を上げ、不思議そうに辺りを見回すと

確かに光に包まれてはいたが、光と共に死は訪れなかったらしい

そしてその光は先ほどまでの

目も空けていられぬ程の輝きとは異なり、白に包まれていた


そして周囲を良く見ると、白に見えた物は

周囲5m程を半球状で覆うドーム状に広がっており

その表面には複雑な文様が幾多にも重なって張り巡らされている


「これは三次元魔導術式...!」


それは亜人の村でマグナが見せた、古代の勇者達の魔法

その魔方陣の中に居る事をヴァレラは理解する


「一体誰が...?!」


慌てて周囲を見回すと、その場で唯一視覚になっていた方向

自分の構えるシールドのその先にその者は居た


一人の少女が宙に浮かび、両手を正面に翳しているではないか

その翳した両手は淡く光りを発しており

この者がこの状況を作り出している事は明白であった


しかしどこから突然現れたというのか、

その髪は長く背に真っ直ぐ広がり、銀色に艶やかに煌き

その頭部からはまるで狐の耳が生えているかの様に、2本、髪が逆立っている

初めて見る人物であった、その場に居た一人を除いては


「何故...お前が...ここに...」


アリスがセルヴィの腕の中で体を震わせながら、口を開く

唯一彼女にはその人物に心当たりがあるらしい


「おや、お人形さんの姫君じゃないか、久しぶりだね」


活発そうな明るい声と共に、手を翳したまま

首だけ僅かに振り返った少女の瞳は金色に輝き

頭部のはねっ毛は、本当に耳の様に、ピクピクっと動いてみせる


「え...あんた達知り合いなの?」


ポカンとした様子で間に挟まれたヴァレラが問いかける


「...亜人達の勇者...フレア...」


「「っ!!」」


セルヴィとヴァレラが驚きの表情を浮かべる

しかし、何でそんな者が突然ここに、と思ったその時

二人はその者が纏う衣服に気付く


神官服だ


しかしフレイアは髪は僅かにウェーブがかる淡いクリーム色

その瞳も翡翠を空に透かした様な、澄んだ蒼翆だったはずだ


慌てて二人同時に、背後に居た筈のフレイアの元へ目を向けると

そこには彼女が被っていた神官帽だけを残し、忽然と姿を消していた


「戸惑うのも無理はないよね、でも悪いけど説明は後でいいかな

 ちょっと、これ、結構しんどいみたい...ぐぬぬ...」


慌てて視線を前に戻すと、少女は僅かに顔をしかめ、頬を汗が伝っている

状況からすれば彼女はフレイアと同一人物であり、先ほどから

ゼロスの攻撃を防いでくれていると言う見立てて間違いないだろう


「くぬぬぬ...これは...凄まじい力だね...亜人大戦の頃も見た事無いよ

 何より力を通じて伝わってくる、こんなにも

 深く暗く、そこが見えない程、悲しい、辛い気持ち...

 こんな物を抱えて生きていける人が...居るなんて...ねっ!」


少女が言葉を終えると同時に、周囲を包んでいたドーム状の魔方陣が砕け

砕けた先から青空が広がった


直ぐに周囲を確認すると、魔方陣が展開していた周囲を残し

まるで伝説の大蛇が通った後宛らに、地面が深く抉り取られ

その抉られた道は背後の草原を一筋に貫き、地平の彼方まで続いていた

どうやらゼロスの渾身の攻撃を皆、無事耐え抜いた様だ


ドサッ


正面に浮かんでいた少女がそのまま、その場に尻餅を着く


「ふぁああ...何とか防ぎきったーっ!

 でもごめん、もう無理みたい、まだ覚醒して間もないから...

 ごめんね、続きはまたこん...ど...」


パタリとそのまま横に倒れこむ少女


「ちょ、ちょっとあんた!」


直ぐにヴァレラがシールドを解除して少女に駆け寄ると

そこには先ほどまでの銀髪の少女は居らず

フレイアの姿があった


微かな胸の動きから、通常に呼吸をしている事が確認出来、

目立った外傷もなく、どうやら気を失っているだけらしい


「もう!次から次へといったい何なのよ!!」


ヴァレラがそうぼやいた矢先、更なる次が動き出していた


ガァアン!!


前方から衝撃音と共に土煙が上がる

既に先ほどの攻撃によりこちらを排除したと判断したのだろう

残る仮面の割れた男へ猛攻を浴びせている最中であった


仮面の男は片足を失い

片腕を失い、もう一方の腕も肘から先を

引きちぎられた様な、無残な傷口を広げている


既に大半のアーマーは砕かれ、腹も半分ほど抉られ

肩口も腕がくっついているのがやっとという状態であり

最早男がしている仕草が反撃なのか、

回避なのか、防御なのかすら判別がつかない


グシャァア!!


そして次の一撃が、脚の付け根を粉砕し、切り離した

両足を失った男はそのまま地面に叩きつけられ地面へと転がると同時に

ゼロスの片腕が、心の臓を抉るが如く男の胴の中心を貫いた


ゆっくりと腕が引き抜かれると、そこにはポッカリと直径30cm程の穴を空け

割れた仮面から除かせる、瞳の奥に僅かに光る視覚センサーが点滅する

更にとどめの一撃を加えんが為、ゼロスが動こうとした時


「よぉ...せん...ゆう...」


ピクリとゼロスの動きが止まる


「なんて...しけた面...してんだよ

 作戦は...成功...したか...?

 世界は...平和って奴に...なったか?

 ま...お前が居りゃ...大丈夫だわ...な...

 なんか...すげぇ眠ぃ......

 わりぃ...あと...たのむわ...戦友」


そしてゆっくりと、その瞳の奥に宿る赤い光りが消える


「う゛ウ゛ぁアあ゛あ゛ア゛ぁあっ!!!」


頬から流れる二本の血筋を一回り太くさせ

ゼロスがその歪んだ腕を天高く振り上げ、

全てを終わらせんが為に振り下ろしたかけた瞬間


倒れる男とゼロスの間に一つの小さな影が割って入った


セルヴィだ


「その方は...もう亡くなっています

 これ以上、その方の体を傷つけても

 きっとゼロスさんが辛いだけなのです」


セルヴィは両手を真っ直ぐ両脇に掲げて静止をかける

その瞳には畏怖の色は無い、真っ直ぐ

眼前に掲げられる凶悪な爪を物ともせず

ゼロスを見つめる


「ウゥ...う゛ぅうっ!」


セルヴィの鼻先に黒く燃える爪を突きつけたまま

まるで振り下ろそうとしている腕を、何かに拘束されているが如く

小刻みに震わせている


「私には、詳しい事情は分かりません、

 でもきっと、この方達はゼロスさんにとって

 とても大切な方達だったのですよね」


「ぅうぅ...」


「きっと私なんかには想像も出来ない程、長い時を

 この時代の人全部を合わせても足りない程沢山の人を

 戦って、守って、失い続けて、それでも尚戦い続けて来たんですよね」


「あ゛あ゛ぁあ...」


「きっとこの時代に来てからも、必死に仲間を、

 守る人を探し続けてたんですよね

 それでもやっと見つけた手がかりは、全部手遅れで

 やっと合えた大切な人達も、こんな風に酷い目に合わされて」


「ヴヴぅ...うぅうう゛ッ!!」


「自分のやってきた事の意味が...否定された様で

 知ってた人が誰も居ない、こんな時代に突然呼び出されて

 本当はゼロスさんもずっと不安だったんですよね、

 それでも必死に何かを守ろうと戦う事で、信じたかった

 でも、今まで溜め込み続けてた気持ちが、爆発しちゃったんですよね」


ジュゥウウウ!!


セルヴィがそっとゼロスの突きつけた炎の爪先を両手で握ると

直ぐに焼け焦げる匂いと共に皮手袋は墨色に染まり始める

当然中の手も無事ではないだろう


「う゛ぁぅ!?」


ゼロスは思わず、慌てて引き抜くように腕を下げようとするが

セルヴィは強く爪を握り込み、離さない

無理やりに引き抜けば、そのまま彼女の手の平を切断してしまうだろう


「でもほら...今でもあなたはこうやって

 私を助けようとしてくれているじゃないですか?

 あなたは目的なんて失っていません。

 今まで戦って来た事は、無意味なんかじゃありません。

 私が今ここにいるのは、この時代でゼロスさんが助けてくれたからです。

 そして私が生まれた時代で、私のお父さんやお母さんを守ってくれたからです」


「う゛ぅうっ!!ヴぁあっ!!」


ゼロスは焦る様に、何度もゆっくり腕を引いて引き抜こうとするも

セルヴィの手は爪を掴んで離さない

やがて焼き尽くされた皮手袋はパラパラと崩れ落ち始める


「...守ってくれるって...約束したじゃないですか...」


セルヴィの顔から大きな雫がいくつも地面に零れ落ちる


「グゥ゛ぅうぅ...」


「助けに来た、私を守ってくれるって

 約束してくれたじゃないですかっ!!」


「あぐぁうぅ...」


「何時も守ってもらってばかりで

 何も出来ないわがままな私ですが...

 もし少しでもゼロスさんの力になれる事があるのなら

 私に出来る事は...あなたを抱きしめてあげる事くらいって言いましたよね?」


「ヴぁ!??!?」


涙を浮かべたまま、優しく微笑んだ次の瞬間、

爪から手を離したセルヴィはそのまま手を広げ

ゼロスの体へと飛び込んだ


このままではあと1秒もすれば、体の炎に触れ

セルヴィの全身は、瞬く間に黒い炎に焼き尽くされてしまうだろう


永遠にも思える1秒に持たない刹那


ゆっくりとセルヴィの体がゼロスの体に近づく


ー俺は何の為に戦い続けてきたー


ー彼等は何の為に犠牲になったー


ー人類を守るためにー


ーそして人類はまだ生き残っているー


ー俺達が戦い続けて来た意味はー


ー数多の犠牲を払ってまで繋げた意味はー


ー今目の前にあるじゃないか!!ー


ーそしてその証を今ー


ー消してしまおうとしているー


ーそれも人類の希望であるはずのガーディアン自らー


ーそんな事はー


ー絶対にあっては成らない!!!-



「うぉぉああああああっ!!!!」


ゼロスの全身から突如凄まじい勢いで炎が噴出す

しかしそれは先程までの禍々しい黒では無く

一瞬にして純白のきらめきを放つ白き炎へと変わり


血のように暗く、紅くスーツを駆け巡っていた輝きは

金色の光りへと変え、先ほどまでの禍々しさは完全に失われ

寧ろ神々しさを見る者に感じさせる程であった


ドサッ...


「...熱く...無い?」


炎に焼かれる覚悟をしてゼロスの胸元に飛び込んだセルヴィであったが

驚く事に何ら熱は感じなかった


慌てて顔をゼロスの胴から離し、確認すると

ゼロスの体と自分を穏やかな白い揺らめく炎が包んでいる

それは熱さ処か、寧ろ温かみさえあるように思えた

すぐさま顔を見上げゼロスの顔を確認すると

顔を覆っていた炎は既になく、元のゼロスの顔が覗かせていた

その顔付はとても優しく、穏やかに見守る様であった


初めてだったかもしれない、彼にそんな表情を向けられたのは

思わず、セルヴィも涙を流しながら、満面の笑みを持って答える


それを見届けたようにゼロスはゆっくりと瞳を閉じ、そして


ズシャッ...


ゆっくりと背後に崩れ去った


そして共に倒れたセルヴィもまた、ゼロスの胸に伏せたまま

笑顔を浮かべたまま瞳を閉じた

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