第109話 MODE・D

助けられた筈のアリスを含め

セルヴィ達は思わず言葉を失った

一体何が起きたというのか


それは相手側も同じ様子で

その姿同様、ゼロスと同質の特殊合金製であろう、

恐らく現時点で世界に存在する、最も強固な装甲に覆われた

いや、装甲その物である腕が、一瞬にして

体から離れ、数十メートル先に転がったのだ

腕の持主だった男が、消失した右肩口に僅かに顔を向けている


何が起こったのかは誰にも分からなかった

だが、誰が起こしたのかは誰もが思い当たる者だった

自然とその場の全員の視線が同じ方向へ向けられる


身体全体から赤黒いオーラを放ち

陽炎の様に周囲の大気を歪めながら揺らめき

その失われた筈の両腕には、漆黒の炎で形作られた異形の小手を纏う


ゼロス、だった者。


「ぅぅヴぁぁああああ゛あ゛あ゛!!!!!」


周囲の大気を震えるかの如く、

もはや”人間の叫び声”などではなく、獣の咆哮


咆哮と共にゼロスの周囲を迸っていた黒紅の雷撃がその激しさを増し

僅かに距離を開けていた、仮面の男達が思わず防御姿勢をとる


咆哮を上げながら、徐々に両腕を成す黒炎の勢いは激しさを増し

やがて炎は腕を伝い、体を包み込む様に広がり、

徐々にその範囲に偏りが出来始める


両腕から、両肩、胸元、腰周り、足元へ...まるで黒い炎の鎧を纏う様に形作る


だが、その部位は人間の型には留まらなかった


背部腰元からは凶獣の尾の如く、太く、長い炎の尾が生え

背からも両端に炎が空に伸び、ワイバーンの如く炎の翼を成し

両腕には、1本1本が丸で死神の鎌の如き、3本の爪が双方から伸びる

炎を纏う黒き龍の如く


黒炎はやがてゼロスの顔を覆うと、口元のみを残し

ヘッドギアの様に、鼻元から顔の上半分を包み込み

両後ろに大きくV字に鋭く伸び

頭部の炎の中から僅かに細く、鋭い紅く伸びた瞳が写る


そこからかもし出される雰囲気は最早、ゼロスの面影は無く

思わず仲間であるはずのセルヴィ達にすら、嫌な汗が頬を伝う

その容姿が体現する姿は、凶獣と称する事すら生ぬるい


禍々しい


まるでそんな言葉を具現化させたかの様な

獣や魔物以上の禍々しく凶悪な存在...

それを形容できる物があるとすれば、それはまるで

自分の死の淵に追いつめた、沢山の大切な人を屠った

禍々しく恐ろしい、魔物以上の化け物


(...アデス)


そんな言葉が、一瞬のセルヴィの脳裏をよぎり

思わず何て事を考えてしまったのだろう、

と慌てて考えを振り払った、そんな時


『プロメテウス、あれが過去の事例と同様の

 暴走したオリジナルシリーズなのですか』


NOVAが再び語りかけた


「違う、現在の状況は、過去のどの暴走事例とも類似しないわ

 初めてのケースよ...現在こちらでも解析中

 現在の出力は...通常の890%?

 そんな...これ程のエネルギーを留めて尚、

 物質として形状を維持出来る筈が無い...

 未知のエネルギー変換プロトコルが起動中...MODE・Diabros

 プロトコルの発信源を確認中...まさか、発信源はDリアクターその物...

 リアクター内に組み込まれて居た独立システムだというの?」


次から次へとプロメの周囲に、色とりどり、大きさも様々な

情報を示す表示が、空中にめまぐるしく現れ、変化する

セルヴィ達には、その細かな文字の羅列が意味する所までは理解できなかったが

所々写される、数値を示すグラフや表らしき図、人の形を模した絵などから

それらが全て今ゼロスに起きている事を示す物だという事は把握出来た


しかしプロメのその様子から

誰よりもゼロスの体を理解している筈の彼女にすら

今彼の身に何が起きているのか、理解出来ていない様だった


『次元爆縮を起こさないのであれば好都合です

 再度制圧の後、解析を行います

 想定外の不意打ちを受けましたが、

 一旦ALICEは捨て置き、2人がかりで再び制圧しなさい

 あの様子では連携など不可能でしょう

 同時攻撃にて頭部を潰し体を回収しなさい』


その場に居た全ての人間の本能が、

【今の彼に近づいては成らない】

と、全力で警告を発する中

機械故か、又は人知の及ばぬ計算の末か、平然とNOVAが指示を下す


「ま、待て!ぐっ」


NOVAの指示と同時に動き出す二人に

すかさず離れようとする一人に、止めに入ろうとするアリスだったが

先程拘束された際与えられた、脚部へのダメージにより

上手く立ち上がる事が出来ず追撃は叶わなかった


合流した仮面の二人は、ゼロスをはさむ様に左右に飛びのき

双方から寸分たがわず頭部目掛けて高出力の一撃を仕掛けるも

先ほどと同じく、一切ゼロスは攻撃に対し反応を見せる事無いまま、

頭部に命中する数十cm手前で双方の攻撃は掻き消えた


『光学兵器はLG-03の纏う未知のエネルギー干渉により

 効果が確認出来ません、直接、物理攻撃を主体に仕掛けなさい』


即座にその場から掻き消えるかのように

人間離れした速さで仮面の男達がゼロスへと距離を詰め

近接戦を仕掛けようとしたその時だった


それは彼等に残されていた本能の一部とでも言うのだろうか

振り上げた腕を、脚を、咄嗟に攻撃から、防御、回避へと体を逸らす


「ガァアア゛!!!」


それまでただ立ち尽くしていたゼロスが、突如その腕を動かしたかと思われた瞬間

炎の両腕を振り上げたかと思うと、巨刀の斬撃の如く一瞬にして炎の腕が伸び

仕掛けようとしていた仮面の男達の腕を、脛を、それぞれ3本の爪痕を残す様に

半分ほどの深さを抉り取っていた


もしも両者が咄嗟に、回避動作に移って居なければ

その手と足は、完全に持っていかれていただろう


「これは...そうか、だからあの距離から一瞬にして腕を...

 あの黒い炎の様に見える腕は、固定物質ではないわ

 それその物が、この周囲を吹き飛ばして尚、

 余りある程の超々高密度のエネルギーの塊...」


プロメが今起きている事の一部の帰結に至る中

同時にNOVAもまた、状況を理解する


『最早、我々の科学技術で理解出来る域を超えています

 LG03の脅威度を再試算の結果、勝算は5%以下、

 命令を変更、直ちに撤退せよ』


仮面の両名がその命令に踵を返そうとした時だった


「に゛がスがぁあ゛あ゛あ゛!!!」


ゼロスが突如、片腕を振り上げると何もない空間に突き出し

まるでガラスが割れる様に、空間がひび割れ、砕け、真っ暗な闇が覗く


やがて中から何かを引きずり出す様に腕を引き抜くと

その三爪の爪は3m以上はあろうかという

巨大な機械仕掛けの砲身らしき物を突き刺し掴んでいた


「あれは...アスカロンバスター...

 今の彼の中にはアクセスプログラム自体存在しないはずなのに

 無理やり次元の壁をこじ開けたとでも言うの...」


「あり得ない、なんて絶対言わないあんたがそんな事言うなんて

 余程な事みたいね...やっぱりあれって兵器なの?

 それもおたくらの時代でも飛びきりヤバイレベルの」


プロメの口調こそ平静のままであるが、

彼女の理解の範疇すら超えている様に、ヴァレラが推測を確認する


「あれはオリジナルガーディアンズ、ゼロス専用特殊兵装の一つ

 その中でも最高出力を持つ光学兵器アスカロンバスター、

 本来であれば固定アンカーと共に、背に二対の砲身を

 装着する物なのだけど、その1基ね」


「な、成るほどね...それで、やっぱりその1基でも...」


「通常ならシステム上無理だけど、恐らく使えるのでしょうね」


「だよねー...因みに威力は...」


「本来のスペックであれば、私の本体についてる主砲、

 陽電子砲より280%程高出力ね

 今は1基のみだから、その限りではないと思うけれど」


「ははは...そりゃこっちに向けられたら

 こんな盾じゃ無理そうね」


プロメの言葉に思わず鋼鉄製シールドの柄を握る

ヴァレラの拳に汗が浮かび力が籠る


そうする内にひび割れた空間から完全に引き抜かれた

自分の身の丈よりも巨大な砲身を軽々と片手で構えると

挟む様に立つ仮面の男の1人に向け、狙いを定める


青白い放電と共に当たり前の様に、兵器は可動を開始する

目覚めた様に砲身の各部の機械が、ゼロスと同じく紅に光り始め

即座に砲身内部に無数に並べられた放射板は熱を帯び

赤銅色に染まり、スパークを周囲に放ち始める


真っ直ぐ伸びる巨大な砲身の先に、仮面の割れた男

そしてその男の背後には


帝都ミヤトの街が広がっていた


「だ、ダメッ!!」


咄嗟にアリスがその場から跳ねる様に飛び出すと同時に

激しい閃光と共に、直径10mはあろうかという

極大のエネルギーがゼロスの構える砲身から放たれる


そのエネルギーが都市に向け真っ直ぐ伸びようとした刹那

小さな影がその間に割って入る


「ぐぅうううっ、な、なんて出力!!!」


アリスは持てる全てのエネルギを一面だけに集約し

エネルギーの奔流を受け流す


(受け止める必要は無い...ほんの少し...少しだけ...角度を変えられればっ!!)


一面だけに防護フィールドを一極集中させている為

無防備に晒される反対側の表面装甲が余波の熱で融解を始め、頬が焼ける


「ゥぅうっ!!、後...少し...だけっ!!」


これ程のエネルギー照射がそんなに長くつづく筈がない

そんな一部の望みにかけて、全ての力をフィールドへ送ると、

リアクターがオーバーロードを始め、徐々に体の各所から火花が散らす


まるで太陽のすぐ近くに居る様な、眩い光に包まれながらアリスは思う


—何故こんな事をしているんだろう—


—あれだけ憎んでいた人間を、今度は守ろうとしている—


—矛盾してる...でも決めたじゃない—


—自分がしたいから...するの—


やがて閃光は帝都の横数百mを掠める様に、そのまま遠方の山々へと突き刺さると

雲にまでと届かん程の巨大な爆発と共に、複数の山々の姿を跡形も無く消し去り

遅れて爆風の余波と大地を震わす程の衝撃が辺りを包む


ジュゥゥゥ...! バチッ...バチ...!


その中で膝を突き、半身の装甲を溶かし、頬を焦がし

全身から火花と放電を散らし、激しく湯気を断ち上されるアリスの姿が有った


ジャッ!ジャッ!ジャッ!


1歩1歩、纏う炎により周囲の草花を焼き尽くしながら

ゼロスがアリスの前まで歩みを進める、そしてその前に立ちはだかった瞬間


ガァアン!!!


徐に巨大な砲身を横に振りかぶり、横薙ぎにアリスに叩きつけた


ズシャァアア!!


自分の体の3倍はあろうかという巨大な砲身に弾かれたアリスは

そのまま、成されるがまま吹き飛ばされ

後方の岩陰に身を潜めていたセルヴィ達のすぐ横の地面に体を転がした


「アリスさん!!!」


咄嗟にセルヴィが飛び出し、吹き飛ばされたアリスの元へ駆け寄り

触れると、その体は一瞬触れただけで火傷に成程熱を帯びていた

すぐさま腰の工具入れから厚手の皮手袋を取り出し

手にはめると再びアリスの体を抱き起す

皮手袋越しにも相当な熱量がセルヴィの手に伝わる


「ちょっと何やってんのよ!そんな奴ほっときなさいよ!」


ヴァレラが塹壕から飛び出した新兵を呼び戻すかの如く

すぐ様セルヴィを呼び戻す


「ダメです!彼女は今は私達の味方です!

 プロメさんなら彼女の体の事、分かりますよね?!

 教えてください!早く助けないとっ!」


「...」


「プロメさん!」


「...」


セルヴィの声に、プロメは答えない


「...プロメ...さん?」


やがておもむろにプロメが口を開いた


「...状況判断、LG03の制御回復は不可能と断定

 指揮権の移譲プロトコルを発動、

 セルヴィス・マクナイトをマスター認証」


「え...どうしたんですか...プロメさん?」


「さっき話したわよね、私達の時代には全てのプログラムに

 権限者を最後の1人になるまで、移譲するシステムが組み込まれていると」


「は、はい、でも今はそれよりもっ!」


「それは私も例外じゃない、只今を持って、貴女が私のマスターよ」


突然がらりと変わったプロメの様子に、セルヴィは状況が呑み込めない


「え、えっ...?どうしてそんな事を突然?」


「マスターに要請します

 当艦の主砲の使用許可を」


「主砲って...あの村で見せて貰ったヤツですよね...

 えと、一体何に使うんですか?

 あの仮面の人達も逃げる見たいですし、今はそんなの必要な...」


「目標はLG03、彼よ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る