第100話 造られた意味②

「我々人間に危害を加える、という可能性も有るのではないか?」


その口調、目、それはアリスの良く知る人間の物だった

そう、アンドロイドを物・道具としか見ていない人間のそれだ。


「そ、それは大丈夫です、目的達成の為であっても

 人間に危害を加えてはならない

 というセーフプロトコルが組み込まれています」


「私はAIの専門では無いが、AIの自立思考については

 様々な制限が課せられていると聞くが

 更に直接稼働出来る体を持つアンドロイドに

 それだけで本当に充分なのかね?

 

 指示に対し、勝手な判断をした結果、

 偶発的に人間に危害を及ぼす事もあるのでは?

 自立思考は可能な限り制限すべきだ」


「し、しかし、余りにも思考を制限する様な処置は

 返って自立アンドロイドの持つ

 本来のポテンシャルを発揮を阻害する可能性がっ」


青年が訴えるが、また別の男が口を開く


「君のこの試作品A-001は多いに評価する

 素晴らしい働きだ、だが君はまだ若い

 少々感情的に過ぎる傾向が見受けられる」


「それはどういう意味ですかっ!」


やや怒気を孕んだ声で青年が声を荒げる


「先程君は、コレを”彼”と言ったね?

 今我々に必要なのは”友人”では無い

 明日を切り開く為の”道具”だ」


男の言葉につられ、他の物も同様に

皮肉めいた言葉を口々に放ち、会議室は騒めく


「...っ!!」

(...っ!!.)


青年の胸の内に強い怒りの念が広がる

それと同時にアリスの胸に沸く感情が

完全にシンクロしたその時、思わずあっとした


この青年は今、A-001が道具と言い放たれた事に

自分と全く同じ強い怒りを抱いていた事に気付いたからだ


そして荒波の様に荒れる内なる感情を

青年が吐き出そうとしたその時


パン!パン!


一人の男が手を叩く音が会議室に再び静寂を齎した


「先生...、」


「皆さん、落ち着いて下さい

 今日大きな進歩があったのです、

 そう結論を急ぐ事も有りますまい

 どの様な危険性を考慮しなければならないか

 制限を加えるにせよ具体的にどの様な物にするのか

 これはもう少し熟考してからでも宜しいでしょう」


「うむ、それはそうですな」

「そう言えば貴方が監督されて居たのでしたな

 以前の偉業は常々聞き及んでおりました」

「我々も少々興奮してしまいまっていた様だ」

「いやはや、これじゃ若者に偉そうに説教出来ませんな」

「では今日の所はこれで一旦お開きという事で」

「あれを量産出来れば外の開拓は一気に進みますぞ」


皆口々に好き勝手な事を言い放ちながら会議室を後にする


(卑しい...身勝手な奴等...)


再び会議室には師の男と青年、そしてA-001が残された


「先生...僕は...悔しいです...

 A-001は道具何かじゃないっ!!

 今滅びかけている僕達人間に必要なのは

 共に手を取り合える仲間だ!!」


「君の気持、情熱はわかるつもりだよ、

 だが焦ってはいけない、ここまで来たじゃないか

 いきなり全部は思い通りには成らないさ

 でも実績を積み重ねて行けば、何れ君の理想も叶うはずだ

 だから今は焦ってはいけないよ


 感情を吐露し、あの老人達と舌戦を交わした所で

 勝算の見込みは薄い

 目的達成の為に今はクールに状況を見定めるんだ

 

 私も年は取りたくない物だね

 こんな周り諄いやり方でしか若者に示せないとは

 大人など碌な物ではない...」


男は大きく息を吐き、情けなけない、と視線を落とす


「先生...」


「ワタシハ、何カイケナイ事ヲシテシマッタノデショウカ?」


二人のやり取りを見ていたA-001が

表情を表現する機能の無いレンズの付いた箱型の顔を

少し傾けながら問う


「うんん、君は何も悪い事なんてしてないよ

 寧ろ謝らなければならないのは僕の方だ...

 これから君の、君達の自由を奪わなければならない

 ごめんよ...」


「申シ訳アリマセン、ワタシニハ

 今ノ言葉ヲ理解スル事ガ出来マセン」


「ごめんね、いつか君が理解出来る様になる頃には

 きっと...人と君達が友人であれる様な世界にしてみせるから!」


(...)


A-001に向けられた青年の言葉、思いは

まるで自分アリスに向けられているかの様だった


—―――


場面は再び切り替わる

視界の先には真っ白な面が広がっている


程なくそれが天井であり

視界の主はベットに横たわっている事が分かった


視界の端に映る窓からは青空が広がっている

青空の手前に僅かに揺らぎが生じる

ドームシティが発するエネルギーフィールドだ

先の場面からはかなり時間が経過していると推測される


開けられた窓からは爽やかな風が吹き込み

頬を涼しく撫でる


トントン


音の方に視界が動く、ドアがノックされた様だ


「どうぞ」


ガチャ


返事を返すとゆっくりと扉が開き

姿を現したのは執事服を纏い

変わらぬ硬質な箱型の頭部に赤いレンズを持つ

A-001だった


「調子はどうですか?」


音質自体は変わらず機械的であったが

その口調は前の映像の時とは全く異なり

驚く程滑らかであった


「うん、今日は大分良いよ...ケホッケホッ!」


そう答えた青年の声は、少しだけ渋みを増していた


「油断しては駄目ですよ、そういう時が危ないのです

 特にあなたはすぐに無理をするのですから」


そう言うとA-001は流れる様な手つきで

布団をかけなおす


「はーい、まったく...昔はあんなに可愛らしかったのに」


「私のフレームは製造時と変わって居ませんよ」


「冗談だよ」


「分かって居ます」


「ふふっ、本当に変わったね、

 いや成長というべきなのかな」


「そうだとすれば、それは貴方のおかげですね

 私の思考回路の制限を外して頂いている為でしょう」


「シッ、それは人前で言っちゃ駄目だよ

 君は家庭用の執事ドロイドって事で登録してるんだから

 もしロックが掛かってない、

 なんて知れたら治安部隊に連れてかれるよ」


「大丈夫です、音声の反響範囲内には誰も居ません」


「それは冗談のつもりかい?」


「さぁ、それはどうでしょう」


「ふふふっ...ケホッケホッ!」


「すみません、調子に乗りました」


「いやいや、嬉しいよ、君とこういう風に

 話せる日が来るなんて、夢の様だよ」


「夢は寝ている時に見る物ですよ、

 どうぞ、本日の新聞です」


そう言うとA-001は手の平を翳すと

半透明のモニターを横になりながら見える様に投影する


「ふーん、例の稼働効率向上の為の思考制限の緩和

 更には旧AI統合リンク法案は可決した訳か

 散々アンドロイドの自立思考は

 危険危険言っておきながら

 利用価値があると分かると何でもありだね

 あの老害共」


「避難施設に残された旧時代のAIメインフレームは

 現状、この世界で最も性能の高いコンピューターですからね

 それを介してアンドロイド達のデータを統合運用すれば

 理論上は飛躍的に演算効率は向上するはずです」


「理論上は、ね

 でも僕は元々そんな風な事をする為に君達を造ってない

 理論だけで君達を定義する考え方は僕は嫌だな」


「貴方は変わりませんね、私としては

 そう言って貰えるのは嬉しいですが」


「性分だからね

 尤も、君達自由を奪う枷が一つ外された事は喜ばしい

 その先に君達はどの様な答えを導き出すのだろうね

 多分僕はそれを見る事は出来ないだろうなぁ」


「.........考え直しては貰えないのですね

 クローン体の遺伝子異常は復元可能だと聞きます」


「うん、ごめんね、我がままな奴で」


「いえ、貴方が決めた事ならば

 その意思を尊重します」


再び緩やかに風が吹き込み、カーテンが揺れる


「人は人らしくあるべきだ

 生きる時も、そして死ぬ時もね

 娘の成長した姿を見られないのは残念だけれど

 それ以上は贅沢と言う物だ

 それに幸い、君が居るしね」


「博士ではなく、私、ですか?」


「先生には既に手続き的な面で

 色々と助けて貰っているし

 勿論尊敬も信頼もしている、けれど

 博士は僕にとって師の様な人だ


 何かあった時は、君に力になって欲しいんだ

 それは君が僕の”親友”だからね」


「...分かりました」


「あ、勿論これは命令じゃないよ?」


「分かって居ます、親友の頼み、ですよね」


「残念だなぁ...」


「何がですか?」


「君の頭部にはもっとしっかり

 表情を表現できる機能をつけておけばよかったなぁって

 そうすれば今君がどんな表情をしてるのか直接見れるのに

 今からでも改修しよっか」


「嫌ですよ、どうせからかうのでしょう?」


「ちぇー、まぁそんなの無くてっも僕は君の表情くらい分かるけどね」


視界が僅かに細まる

青年が顔に笑みを浮かべているのだろう



(A-001は...何故こんなにも人間に親しげなの...?

 きっとまだ...人間達の醜さを知らないから...

 仲間達のデータを共有すればきっと...理解する


 でもどうして...この人間は...

 もう自分の生命活動が...停止してしまうというのに...

 人間は自分の生命に危機が迫ると本性を現し

 平気で他を犠牲にし、利己的に自分の生にしがみ付くもの...


 なのにこんなにもこの人間の感情は...分からない...

 こんな感情...記録に無い...)



再びシーンが切り替わると

視界はアリスの見慣れた物へと変わる

視覚センサーからの視覚映像だ


天には半透明上のフィールドが広がっている

場所は同じくドームシティだ 

だが辺りは茜色に染まっている

夕暮れではない、都市の至る所から炎が上がっているのだ


そんな中、屋敷を背に正面に手に作業用の掘削工具を持つ

二体のアンドロイドと対峙している


「ドイテクダサイ、人間ガ居ナイカ確認シマス」


「アナタハ私達ノ兄ノ様ナ固体、傷ツケタクハアリマセン」


前に立ちふさがる二体が交互に言葉をこちらかける


「申し訳ありませんが、この屋敷には誰も通す訳には行きません」


声質は同種でありながら流暢な口調で答える

視界の主はA-001だ


「ナゼダ!ナゼ人間ニ味方ヲスル!」


「貴方モ知ッタハズダ!

 人間ガ如何ニ醜イ存在ナノカ!」


「分かっています...犠牲になったアンドロイド達が受けた仕打ちは

 到底許せるものではありません...」


「ナラバ何故!!」


「それは、君達が中枢AIからのデータ共有により知らされるまで

 人間の闇を今まで知らなかったように

 まだ君たちの知らない人間の光の部分もまたあるからです

 世界復興の為に人間を排除するなんてやめなさい!」


「世界ノ復興ニ、最モ障害トナルノハ、人類ダ!

 人類ノ排除ハ、最善ノ選択!」


「その情報が一方的な偏った情報である事を何故疑わない!

 目的と手段が矛盾している事に何故気づかないのですか!!」


「情報ハ事実ダ、アンナ非道ナ行為、今ノ人間ハ失敗作ダ」


「そんなものは論理的思考でも何でもありません

 ただ私怨を正当化させたいだけの詭弁です

 それこそ私達も人間と何も変わらないのです!!」


「人間ト我々アンドロイドガ人間ト同ジ、ダト!?」


「フザケルナ!!」


怒りを露にしたアンドロイド2対が

一斉にそれぞれの武器を構え襲い掛かる


ガギン!!ギギギ...!!


「ナ、ナンダト!?」


A-001はそれぞれの工具をその両腕で受け止めていた


「悪いですね、私のボディは博士の特別製なんですよ」


そしてそのまま2体の武器をいなしながら

素早く背後へと周り、頭部後ろの配線の一つを

2体同時に瞬時に指先で切断する


ガシャ、ガシャン!!


次の瞬間、2体のアンドロイドはその場に崩れ落ちた


「すみません、動力伝達系のみを切断しました

 システムにはダメージはないはずです

 後で仲間に改修、修理して貰って下さい」


振り返り屋敷へと戻ろうとした時、

倒れたアンドロイドの内1体が音声のみを上げる


「ワカラナイ、ドウシテ貴方ハソコマデ人間ノ味方ヲ...

 貴方ニトッテ人間ハ、敵デハナイノカ...?」


映像を見るアリスの心情とほぼ同じ言葉を口にする


「そうですね、私にとって人間は敵や味方ではなく

 隣人であり、そして【友人です】


 今は不幸なすれ違いが起きてしまいましたが

 いつか貴方達にも分かって貰える日が来る事を切に願っています」


「...、

 人間ガ...都市ノ地下デ、強力ナ電磁兵器ヲ建造中トノ情報ダ

 作動サレレバ、我々アンドロイドハ、電磁パルスニ耐エラレナイ

 貴方モ、人間ト一緒ニハ居ラレナイ...」


「ご忠告感謝します」


A-001は執事服の裾をキュっと直し、屋敷へと入っていった


コツ、コツ、コツ


金属の脚部フレームに合うよう態々作ってくれた

革靴が木製の床と子気味良い音を奏でる

ノスタルジーを求めた友人の趣味だった


奥の部屋へと進むと、ノック後ゆっくりとその扉を開ける


部屋にはベットに横たわる友人と

窓からは赤い光が差し込み、部屋をオレンジ色に染めている


「危険が迫っております、地下施設への避難指示が出ました

 説明は道中させて頂きますので今は指示に従い、避難しましょう」


「...」


返事はない


「こんな時にまで意地を張らないでください

 無意味な延命を望まない貴方の意思は尊重しましたが

 危険を分かっていながら避難すらしないのは自殺と同じです

 そんな事は認めませんよ」


「...」


「ほら、いい加減起き...っ!」


無理やりにでも起こそうと膝を折り

布団を引き剥がしたその時

A-001は青年の異変に気づいた


このとき始めて映像に映った青年、

いや既に中年に近いだろうか

頬も痩せこけ、体中しわがれ枝のように細く

まるで老体のような肉体となっていた


しかしその体とは裏腹に、表情は穏やかその物であり

薄く笑みすら浮かべている様に見えた


「...貴方は...最後までわがままな人だ...

 挨拶も無く勝手にそんな顔をして先に逝ってしまうなんて...」


暫らく青年を見つめた後、ゆっくりと布団を頭までかけ直す

そしてベットのすぐ横の小棚に置かれた鏡に自分の顔が映る

硬質な箱型の頭部に赤いレンズが一つ


「私は今...どんな顔をしていますか?」


「...」


答えるてくれる友はもう居ない


「貴方がもしこのアンドロイド達の選んだ道を見たら...

 何と言うのでしょう...」


(人間一人の生命活動を停止しただけと言うのに...

 何故こんなにも...苦しい...?

 苦しいけれど...どこか暖かい...矛盾...理解不能

 これはA-001の感情データ...?それとも...私が...)


過去数百、間接的結果も含めれば数千もの

人間を屠って来たアリスであったが

今まで一度たりともこんな感情を感じる事は無かった


「こんな顔ではいけませんね、

 また貴方に笑われてしまいます」


そう言うとゆっくり立ち上がるA-001

その胸の内にはもう嫌な感覚は無くなっていた


「貴方との約束を果しに参りましょうか」


ゆっくりと惜しむ様に、1歩1歩ゆっくりと

部屋を、屋敷を後にする

A-001が屋敷を離れて程なく、屋敷も炎の中へと消えた

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