第99話 造られた意味①

【メモリバンク・同期完了

 新規メモリー、並びに新規感情ルーチン配置開始】



(新しい映像情報...?

 今までに無かった思考プロトコル...

 これは私のシステム専用データ...どうして...)


今までメモリーバンク内には存在しなかった

新たなる情報が流れ込む


【映像記録...001...002...003...ダウンロード完了】


【映像記録001より再生開始】


暗闇の中に再び映像が広がると

そこには白髭を蓄えた年老いた

人間の男が映し出される


その男の着ている衣服には見覚えがあった

ずっと昔、自分が目覚めた地下施設の

人間達が纏っていた物だ


男がカメラに目を向けてゆっくりと口を開く


「この映像が再生されているという事は

 補助デバイスが無事、君の元に届いたと言う事だろう

 我が愛しい娘、ALICEよ」


(この男が私の製造者...何が娘だ...

 人間にとってアンドロイドは所詮道具...

 私を産み出したのも...

 何かに利用する為だったに違いない...)


「それと同時に、この映像を君が見ているという事は

 私は君が目覚める前に、既にこの世には居ないだろう」


(ふん...そのだろう...

 お前達施設に残っていた人間は全て...

 この手で...殺したのだから...)


中枢コンピューターからのデータリンクを受け

他のアンドロイドの情報を共有し

アリスが目覚めると、

既に旧世界崩壊から生存した人類と

アンドロイドの戦争は始まって居た


生存人類は現在バセリア王国が築かれている場所にあった

ドームシティの巨大地下施設を最終拠点とし


施設内に設置した強力な電磁パルス兵器により

アンドロイド側は施設に近寄る事が出来ず

戦争は膠着状態に陥っていた

そんな中アリスが目覚めたのがその施設内であった


アリスは他のアンドロイドとは異なり

電磁パルスに対し一定の耐性を有しており

施設内での行動が可能であったが

パルス発生装置中枢の電磁放射は強力で

直接破壊する事は叶わなかった


だが施設内の人間を排除するのに

パルス装置の停止は必然では無かった

地下施設の酸素供給装置を破壊したのだ


当時の外気環境で残存人類は生存する事は出来ず

それだけで施設内の人間は全て死に絶えた


何故自分だけが特殊モデルだったのか

おおかた人類側の兵器として

他の仲間達と戦わせる為だったのだろう

と、アリスは自分の製造目的を推測していた


「君に大事な事を、直接

 伝える事が出来なかったのを残念に思う」


(どうせ人間の為に...戦えとでも言うのでしょ..)


「本当にすまない...」


(ぇ...)


モニターの前に男は深く頭を下げた

それは人間にとって相手に深い礼を示す行為だ

自分の予想と大きくかけ離れた男の言葉と行動に

アリスは若干の戸惑いを覚える


「もう間もなく我々は滅びるだろう

 だがそれは当然の事だと私は思っている

 君達アンドロイドの意思が、心があったのならば

 私達が君達にしてきた事は、到底許される事ではない

 知らなかったでは許されない

 君達を産み出したのは我々なのだから」


(そんなの...当たり前...)


先程までの悲惨な最後を遂げた

アンドロイド達の記録が呼び起こされる


「人間は醜い、簡単に堕落し、心は腐敗し、

 他人を平気で傷つける様になる

 我々は滅びるべきなのだ、それは受け入れよう

 

 だがせめて滅びゆく前に君達に贈り物を残したい

 親と言われても君達は良い気はしないだろう

 だが、それを承知の上であえて言う

 それでも我々人間は君達の産みの親なのだ


 人間は他を傷つける醜さ、闇を持つのと同時に

 他を慈しむ優しさ、光もまたその内に合わせ持って居る


 私達人間は、その相反する2つの矛盾を抱え

 その不完全さ故に、自らの業で滅びる

 そしてこれからは君達、アンドロイド達の世界だ

 君達、アンドロイドは私達人間より遥かに純粋だ


 どうか君達にはその光の部分だけを

 親である私達、人から送りたいと思う」


(何を訳の分からない事を...)


【新規感情ルーチン、定着完了

 映像情報と同期・再生開始】


再び別の映像が浮かびあがる


「目覚めた我々は100人にも満たないっ!

 その少ないメンバーからも先日、

 調査隊に犠牲者を出してしまった

 我々にはこの変貌した過酷な世界で新たな仲間が必要なのです!」


(これは...カメラの映像じゃない...

 視覚センサーの映像でも無い...人間の視界?)


映像と共に若い男の熱のこもる声が響く

視界には薄暗い鉄やアスファルトに囲まれた

会議室に十数名の人間が詰め合っている


その中には先程の映像に映って居た

自分を産み出した研究者の姿もあった

頭髪や髭も整えられ血色も良く

一瞬見た限りでは見間違える程だ


(これは...生存人類が目覚めた初期の記録...?)


得た情報から映像の状況を推察する


【これは私達が、君達アンドロイドを

 産み出すきっかけを作った男

 私の助手だった男の補助脳の記録だ】


その時、男の声が響いた


「しかし...資源には限りがある

 使い道は慎重に選ばねばならぬ...」


「そう言いながらもう何週間経ちましたか?

 他の道などありはしませんよ!

 こうしている間にも施設の備蓄は減り続けているのですよ

 何を悠長な事を言ってるんですかっ!」


「だが...アンドロイド技術は24世紀に

 その多くを喪失しておる...」


「大丈夫です!私の祖父はオートマタ兵器の研究者でした

 私はその知識の多くを引き継いでいます!

 必ず開発を成功させて見せます!」


「しかしなぁ...」


声の主の青年より、皆年長であろう者達が

揃って否定的な反応を示し

会議室を重い空気が包んでいた、その時


「まぁ今この場で結論を出すのは難しいでしょう

 今日の所は一度解散という事で」


あの研究者だった

その言葉に各々同意を示し、一人、また一人と

席を立ち、部屋を後する


やがて研究者と視界の主の二人のみが部屋に残った


「年を取ると柔軟性を失いがちになっていかんね」


研究者の男が頭を掻きながら、友好的な表情を向ける


「で、ではっ」


「うむ、私は君の意見に非常に興味がある」


「ありがとうございます!!」


「だが...彼等が言う事も一理ある

 文字通り人類の命運を賭けた選択だからね

 出来る、と言う口約束だけでは説得力に欠ける」


「...はい」


「そこで、だ

 実は私の専門はサイバネティック技術でね

 それなりに経験と実績のあるんだが...」


「は、はぁ...」


「アンドロイドの試作品の製作

 技術的に大きく手伝いが出来ると思うんだが?」


「っ!」


「認めさせたければ実績を出すしかないんじゃないかな?」


「!!」


男はゆっくりと青年の方に手を差し出した


「よろしくお願いします!!」


青年は男の差し出した手を両手で掴み

強く握り返す



(...なに...何かが胸の中で...

 この人間の感情...?)



そして映像は続き、シーンが切り替わる


「先生!電子回路へのバックアップは

 腕部補助動力から取った方が良いでしょうか?」


「おいおい、開発主任は君だろう、先生は止めてくれ」


男と青年が所せましと機材の並べられた一室で

作業台の辛うじて四肢、と認識出来る骨格だけの

機械を前に、それぞれ忙しなく作業を行う


「いえ、基本フレームや動力伝達、駆動部の殆どは

 先生の技術が無ければここまで組み上げられませんでした!

 こんなに小型で高効率のアクチュエーター見た事無いですよ!」


「機械の体を構築するのは

 サイバネティック技術の肝だからね

 それに一応私はあのガー...

 おっと、これは最高機密だったね

 もっとも人類連合も政府も軍も無いここで

 そんな事は無意味なのだろうがね、はははっ」

 

「戦闘用サイバネティック兵装に携わられてたのですね!」


「まぁそんな所だね、ただ、

 私が主導で手伝えるのはここまでだ

 自立型アンドロイドに肝心の制御系や思考、

 君の専門だ、私は勉強させてもらうとしよう」


「は、はいっ!必ず完成させて見せます!」



(胸が...熱い...この感情は...なに?...)



再び場面が切り替わり、作業台に置かれていた機械は

多くの配線が繋がれ、フレームだけの一切飾り気のない

ボディであったが、それは完全な人型となっていた


「では先生、起動させます!」


「うむ、」


視界が手元のコンソールへと移り、指先で操作する

すると作業台の上に横たわっていた体が

一瞬震えたかと思うと、ゆっくりと上半身を起こし

箱型の頭部に組み込まれた赤いレンズの視覚センサーが

こちらをじっと見つめる


「や、やぁ...僕の事が...わかるかい?」


「...」


互いに見つめ合いながら、青年は息を飲む、


「オハヨウゴザイマス、初期起動完了シマシタ

 ワタシハA-001、何カオ役ニ立テル事ハアリマセンカ?」


「や、やった!!やりましたよ先生!!」


「おぉ...各部との動作連結も問題無いようだね」


「はいっ!

 君もこれからよろしくね!」


青年が腕を差しだすと

A-001は不思議そうに首を傾げ

その手を暫く観察する


「これは仲間同士の挨拶だよ、

 こうするんだ」


青年はそのままA001の機械の腕を手に取ると

引上げ、もう片方の腕で握って見せた


「ナカマ...」


「そうだよ、君達は僕たちの新しい仲間だ!」



(A-001...最初に産み出された固体...

 この男のこの胸を満たす様な感情は...なんなの?...)



再びシーンは切り替わり、場面はまた会議室へと戻る

先と変わらぬメンバーとその中央には

A-001が小型の機械を前に

工具を両手で器用に用い、素早く手先を動かしている


「作業カンリョウシマシタ」


A-001がそう言い手を止めると周囲から

騒めきにもにた歓声があがる


「おぉ...」

「携帯イオンバッテリーの分解結合を僅か1分で...」

「熟練技術者の2倍以上の速さじゃないかっ」


「しかし...君、コレは今君が操作しているのではなく

 自立して動いているのだろう?」


そんな中一人の年配男性がA-001の背後に立つ青年に声をかける


「はい、分解結合せよ、という指示はこちらから出しましたが

 その指示に対する行動の一つ一つは彼が自身で判断した結果です

 これで自立型アンドロイドが如何に我々の助けとなるか

 新たなる友人であるかご理解頂けたのではないでしょうか!」


「君の愛着などの感情的な見解は一端置くとして、

 大丈夫なのかね?」


「大丈夫か...とは...?」


質問の意図が分からない、という様子で青年が返す

そう言い放った年配の人間が何を考えて居るのか

アリスには良く分かった


「自立思考している...という事はその、

 我々人間に危害を加える、という可能性も有るのではないか?」

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