第98話  人形達の悲劇

—―――――


ฅ^•ω•^ฅ キュイィーッ!


セルヴィが胸に抱きかかえていたタマが、

突如飛び出し、そのまま前でシールドを構える

ヴァレラの頭上を飛び越して駆け出した


「あ、こらタマッ!

 今はダメなのです!危ないですよ!」


「って、あんたもダメよ!シールドから前に出たら

 1発でもレーザーの流れ弾が来たらアウトなんだからっ!!」


「で、でもっ!」


咄嗟にタマを追い、飛び出そうとするセルヴィの腕を

ヴァレラが掴み、引き留める


ฅ^`•ω•´^ฅ キュッ!キュッ!キュッ!キュッ!キュッ!


タマは振り返る事無く、真っ直ぐ明確な目標を持ち

ゼロス達の元へと草をかき分けて突き進む


「何...?動物...アニマロイド?」


ฅ^•ω•^ฅ キュィー!キュィー!


次第にタマが突進する方向は、

ゼロスでは無くアリスの方だった


「攻撃...?」


咄嗟に腕を振りかぶり、戦闘姿勢を向けるアリス


ฅ^•ω•^ฅ タッタッタッタッタッ!


しかし、迫りくるタマの姿を見つめていると

何とも言えぬ感情ルーチンがアリスを駆け巡る


「なに...この感覚...くすぐったい...?」


その時、


ฅ^•ω•^ฅ モッキューン!!


「あっ...」


タマが目の前まで迫り、アリス目掛けて大きくジャンプした


今までに経験したことが無い感情ベクトルに戸惑い

アリスは一切対処出来ない状態で

タマに飛び掛かられる形となった


「しま...え、ドッキングシーケンス開始...

 こんなプログラム...知らない...」


戸惑う様にそう口にした時


プシュゥウウ!! カシャッ!!


アリスの胸部装甲版がせり上がり

内部機構が露出したかと思うと

その開口部中央にはポッカリと何かをはめ込めるだけの

スペースが設けられている


〈ฅ•ω•ฅ〉 モッキュッ!!


それに呼応する様に、タマが勢いそのままに

耳や手足を収納するかの如く

内側に丸め、流れる様に変形し

そのままスッポリとアリスの胸元内部に納またかと思うと

再び胸部装甲が閉じられた


カチッ!!


「...」

「あら...」

「えっ」

「あっ」

「まぁ...」


一同、何とも言えぬ表情でその光景を見つめる


「え...え...?」


その中で誰よりも驚いて居たのは当人の様で

アリス自身も自分に一体何が起こったのか

理解出来ていない様子だった、直後


ガクッ!!


一瞬体を震わせる様に揺らすと

突然アリスが一切の動きを止め

その瞳は虚空を見つめながら


「システム接続...データインストール開始...」


そう読み上げるように呟くと

事切れた人形の様に、その場にへたり込んだ


プツン...


―――――――――――

―――――――――

―――――――

―――――

―――


何が起きたの...?


真っ暗...何も見えない...自己診断開始...


視覚信号切断...

聴覚信号切断...

全外部センサーとの接続切断を確認...


今の私は完全に無防備...


あのアニマロイドは敵の罠だった...?


ここで私は破壊されるの...?


—メモリーバンクのセキュリティを解除―


メモリー中枢がハッキングされてる...?

違う...これは自分から解放してる...どうして...


【記録メモリー0477

 採掘作業用アンドロイドT-290

 固体番号3899】


これは...私が目覚めた時...

神がデータ共有した仲間達の記憶...


△▽△▼▲▼△▽△


『予定深度ニ到達、当初ノ予定ヨリ39時間早イ到達トナリマス』


金属の骨格が露出している機械の両腕が

ちょっとしたビル程はありそうな

巨大な採掘重機の上の操作盤を操作する


「チッ、早過ぎんだろ...とっとと降りて来い!!」


『了解シマシタ』


声の方向に視界が移動する

重機の横、先程までドリルで空けていた大穴の手前に

オレンジの防護服を纏う二人の人間の姿があった

そのまま操縦席を飛び降り、人間達の前に立つ


『次ノ指示ヲオ願イシマス』


「次だぁ?...ったく予定通りやってりゃいい...

 そうだ、お前に頼みたい仕事があるぞ!」


ぼやく様に呟いた後、何か思いついた様に

防護服を着た男は同じく、隣の男と目を合わすと

何やらにやついた表情を浮かべながら、顔を向ける


「さっき穴の中から変な異音がしてな、

 ガス鉱脈にぶつかったかもしれん、

 見て来てくれるか?」


『了解シマシタ、オ二人ハ状況ヲ確認スルマデ

 危険デスノデ、下ガッテイテクダサイ』


『おうおう、あぶねぇもんなぁ?へへへっ...』


男達を後に、ゆっくりと歩み出し、採掘口を覗き込む

遥か数十メートル下の底には、瓦礫が沈殿しており

周囲の削った側面をゆっくりと確認して行くが

特にガスが噴出したような横穴は見られない

直面する危険性は確認出来ない、その時だった...


ガッ!!!


突如体を衝撃が襲い、視界が大きく揺れたかと思うと

激しく視界を回転させながら採掘口を転げ落ちて行く


ガシャン!!


やがて大きな衝撃と共に、視界が止まる

底へと体が叩きつけられたのだ


―警告:右腕油圧チェンバー破損―

―警告:臀部フレーム破断―

―警告:左脚部ジョイント破損―

―警告

―警


目の前に夥しい数の、体の損傷を知らせる警告が表示される

外周部の足場が崩れてしまったのだろうか

必死に自分に何が起こったのか、視界の主は思考する


(落チタノガ...自分デ良カッタ)


周囲を見回し、ふと頭上へと視界センサーを向けた時

そこには、穴の淵に立つ2人の人間の姿

内一人が、片足を上げた状態で立っていた


(様子ヲミニキテクレタ?

 デモ何故、不自然ナ体勢...?)


男が何故、その明らかに不自然な体勢を取っているのか

導き出せる結論があった


(エ...)


男が自分を背後から蹴り落した

しかしなぜ、人間がその様な事をするのか理解出来なかった


思考している内に、いつの間にか

もう一人の男の姿が消えていた

そして


ギュゥゥウウィイ...


頭上、穴の中央部に掲げられていた

巨大重機のドリルが、ゆっくりと回転し始める


『...!! 何ヲスルノデスカ!?

 採掘機ヲ停止シテクダサイ!

 引上ゲヲ、オ願イシマス!!』


十分彼等に要請の音声は届いているはずだった

しかしそれに応じる様子は無く、徐々に重機の先は

穴の中へと差し進められ始める


視界に凄まじい勢いで回転するドリルヘッドが迫る

轟音とどろく中、微かに穴の外の男達の会話音声を

聴覚センサーがキャッチする


「ったくこれだから機械は...

 こんな予定より早く作業を進められちまったら

 また別の余計な仕事を増やされちまうだろうが

 ちったぁこっちの都合も考えろってんだポンコツが」


「しかし作業班長、いいんですか?

 アンドロイド一機ダメにしちゃって...」


「いいんだよ、採掘作業中の滑落事故は良く有るだろ?

 それにこいつらの替えは幾らでも有るんだ

 事故報告書作って次のが送られてくるまで

 暫く休憩出来るってもんだ」


「なるほど、流石班長!!「「はっはっはっはっはっ」」



...ソンナ


...私ハ...人間ノ為ニ...


...ドウシテ...


『ドウシテッ!!!』


アンドロイドの悲痛な叫び声は、

ドリルの轟音によってかき消され

世界に届く事は無かった、そして視界を闇が覆った


最後アンドロイドの胸にあったのは


何故...どうして...疑問

そして、深い悲しみだった



△▽△▼▲▼△▽△



— 人間なんて...



【記録メモリー0965

 新生児保育用アンドロイドN-033

 固体番号3899】



△▽△▼▲▼△▽△



半透明のドームに覆われた都市の小道を

小瓶程のカプセルを両手に抱え、小走りに進む

先程の映像の主とは異なり、視界から見える体は

白を基調とした衣服に包まれ、裾の先から見える指先も

人工的な間接可動部は見受けられるが

表面を皮膚の様なシリコン素材に覆われ

人間の手を模して造られている事が伺える


駆け進める中、前方を3人の若い男が塞ぐ、全員人間だ


『申シ訳アリマセンガ、ソコヲ通シテ頂ケマセンカ?』


視界の主の声は女性の音声であった

男達はまるでこちらの言葉が届いていないが如く

薄ら笑いを浮かべて仲間内で会話をしている


『申シ訳アリマセンガ、ソコヲ...』


ドガッ!!


再度、復唱しようとしたその時

男の1人によってその場に引き倒された

先程まで抱えていたカプセルが手から飛び出し

淡い白黄色の粉末を路上にまき散らした


「へっへっへっ!新生児用の飼育アンドロイド

 前からエロイと思ってたんだよなぁ!」


「うっへ、お前性癖歪みすぎだろ...」


「そんな事ねぇって!見ろよこれっ」


ビリビリビリッ!!


次の瞬間、男が胸倉をつかむと衣服を乱暴に引き裂いた


「母性的ってやつ?ガキが安心出来る様にって

 こいつ等はしっかりこういうとこ作ってあるんだよ」


その言葉に促され、見ていた二人も思わず息を飲む


『ヤメテ下サイ、私ハソノヨウナ用途ノ為ニ

 産ミ出サレタ訳デハ...』


「うるせぇ!!!」


バキッ!!


視界が大きく揺れる


「おいおい顔は止めろって

 金属骨格が見えたら萎えるだろ?」


「悪ぃ悪ぃ!延々とこの狭っ苦しいドームの中で一生過ごすんだ!

 こっちは色々溜まってんだよ!

 その解消に役立てるんだ、ありがたいだろ?

 はっはっはっはっ!」


 『ヤメテ下サイ...子供達ガ待ッテ...』


「ったくうるせぇなぁ...ん?ガキ用の涎拭きか?

 とりあえずこいつでも口に詰めとけや」


『ヤメ...』


隣に立つ男の1人が、ポケットから落ちたハンカチを丸めると

口の中に押し込まれ、言葉が封じられた


そして彼等の気が済むまで、嬲られ続けた


やがて日が沈みかけた頃には、興味を無くした様に

男達は去っていった


表面の人工皮膚に至る所に傷がつけられ

大量の汚物が付着していたが、

自分の優先すべき事柄を思い出し

立ち上がり、足を引きずりながらも

急ぎ自分の向かうべき場所へと歩みを進める


日が完全に沈み、街を包む明かりが街灯に切り替わった頃

漸く自分が受け持つ、新生児飼育施設へと戻って来る事が出来た


しかしその様子は何時もと違い、沢山の人間が周囲を囲み

治安部隊の車両の赤と青の回転灯がチカチカと照らしていた


そんな中、雑踏の中から一人の成人女性が

こちらの姿を見るなり、真っ赤に腫らした目を見開き

真っ直ぐこちらへ掛けて来た


そして近付くと同時に殴り倒され

再び地面に顔が叩きつけられた


「お前がぁっ!! お前のせいでっ!!」


女性は半狂乱になりながら

自分の手を出血させながら殴り続けた


「やめなさいっ!!

 そんな事をしても息子さんは帰って来ない!!」


すぐさま治安部隊の人間が女性の両脇を抱え、制止に入る


周囲の雑踏の会話から、すぐさま状況を理解した


自分が戻らなかった為、施設の子供達の昼の仮睡眠が解け

活発に行動を開始した幼児たちの1人が

新生児用のカプセルから落下、頭部を負傷し

不幸にも亡くなってしまったのだ


「なんで規定時間を過ぎても

 担当の飼育アンドロイドは戻らなかったんだ?」

「不良じゃないの?最近アンドロイドの事故って

 多いって聞くぜ、やっぱ機械は信用出来ないよな」

「マジー?こわーい...うちの家事用アンドロイドも古いし

 そろそろ新しいのに変えといた方が良いかな?」



『ワタシハ...』


ザッ...


その時、目の前に二人の男が立ちはだかる


「N-033だな、直ちに機能を停止しろ

 事件の事実確認調査の為

 解体しメモリーユニットを取り出す」


『違ウ...ワタシハ...ッ!!』


「おい!N-033直ちに停止しろ!」


『聞イテクダサイ!私ハッ!!』


声の限り必死に叫ぶが

【物の声】を聞き届ける者など、誰も居なかった


「停止指示に従わない?!

 こいつ暴走してるぞっ!!

 電磁ロッドを使え!!」


バチッ!!!


次の瞬間、側面から別の治安部隊員により

電磁ロッドが首筋に押し付けられ

回路の多くがショートし、その場に崩れ落ちる


崩れ落ちるさなか、流れる視界の中で

恐怖の顔を浮かべる人間達の表情が目に入る


ドウシテ...私達ハ...人間ノ為ニ...


薄れ行く意識

片足を掴まれ、物を引きずる様に

無造作に治安部隊のトラックの荷台へと投げ込まれた


ドウシテ...ミンナ...ソンナ顔スルノ...

ドウシテ...誰モ...私ノ言葉ヲ聞イテクレナイノ...


深い憤り、そして恨みの上に染め上げられながら

彼女の意識はそこで途絶えた



△▽△▼▲▼△▽△



【記録メモリー1477

 交通管理局アンドロイドD-806

 固体番号...】


【記録メモリー2258

 防壁修繕作業アンド...】


【記憶メモリー2811...】


【記憶メモリー3...】


【記憶...】


【...】





何度も、何度も見てきた記憶だった


...


暗闇の中、今は繋がって居ないはずの

こぶしに力が籠る、歯を食いしばる


—そうだ...人間なんて下劣で卑しい生命体など...


—私達の...神の管理が無ければ...生きる事すら出来ない癖に...


繰り返される記録は

再びアリスの心を黒く染め上げて行く


そんな時、再びシステム音声が鳴り響く



【メモリバンク・同期完了

 新規メモリー、並びに新規思考プロトコル配置開始】

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