第97話 -ALICE-

「どうして...私のなまえ...」


突如、プロメに名を呼ばれた事で

その呟く様な口調こそ変わらないものの

表情には明らかな動揺を示す

アンドロイドの少女 アリス


「あら、随分人間らしい顔つきになったじゃない」


先程のハッキングの際、メモリーバンクの情報まで覗かれた?

いや、AIが言う通り通信系にしかアクセスした形跡は無い

その情報自体が偽装されている可能性も否定できないが

中枢システムはそこまで脆弱な物ではない

幾ら相手のスペックが驚異的であったとしても

それをあの一瞬で行う事はまず不可能なはずである


「あらあら、今は戦闘中なのよ

 呆けていては駄目じゃないの、

 それに今回は手出しはしないけど

 普通あなたの様な存在と戦うならば

 常時電子戦による支援・妨害は常套手段よ?」


目的は挑発?...いや、それなら

目の前の男が仕掛けて来ないのはおかしい


情報が此方から盗まれた訳では無い...

ならばどうしてあのAIは私の名前を知っている


「さて、本題の講義に入りましょうか

 貴女は今、どうして体のスペックはほぼ同等

 同じ戦闘プロトコルを有し、技量も同等

 その中で生身の生物より遥かに優れた反応速度を持ち

 並列処理の元ドローンに寄る一斉攻撃という

 アドバンテージを持ちながら、何故圧倒出来ないのか

 それでどころか追い込まれてさえも居る状況に

 戸惑っていたのではなくて?」


「...」


「少しは知ってるみたいだけど、彼、ゼロスこと

 ラストガーディアンズLG-03は

 私達の持てる技術の全て、粋を集めて作られた最高の存在


 他は兎も角、貴女の戦闘スペック程度の

 アンドロイドを産み出す事など、当然私達にも可能だった


 にも関わらず、最高の存在が何故、

 完全な自立型のマシンでは無く、

 人間をベースとした形に至ったのは

 どうしてだと思うかしら?


 制御システムと完全に一体化する訳では無い以上

 幾ら補助脳を埋め込むことで思考を加速させても

 どうしてもそこはラグが生じ、限界が産まれる

 貴女が思う様に、反応速度は純粋な機械には劣る」


「...」


「それは未だ、私達の科学技術でも

 全てを解明するに至らなかった

 人間、生物が持つ本能とも呼べる内に秘めた力

 勘や虫の知らせ、と言った所謂第六感・超感覚

 それと補助脳を組み合わせ、極限まで思考を加速

 そこから産まれる予知能力にも迫る未来予測」


「そんな馬鹿な...」


「本当にそう言い切れる?

 先程から貴女の攻撃は方位、射角、

 完璧に理論的に組み上げられているわね

 避けられるはずがない攻撃、それを何故、

 彼が避けれたのか、データを参照してみなさい?」


攻撃してくる様子も無い、ここは

行動パターンの分析に利用して損は無い、

とアリスは判断し、先程の攻撃時の視覚情報を再分析する


「...っ」


おかしい...


連撃を仕掛けている最中、完全に男からは

死角になっているはずの角度からのドローンの攻撃を

射撃チャージが始まるコンマ数秒前から既に

男は回避の予備動作に入っていた


あり得ない


各ドローンはセンサーの類では感知出来ない

ステルス処理が施されている

射撃直前のエネルギー兆候でも感知しない限り

男の位置からは攻撃を知り得るはずがないのだ


「あり得ない...」


次は口から思考が言葉として漏れた


「目の前で直接観測した事象を

 【あり得ない】

 だなんて、本当にあなた、

 人間臭いアンドロイドね」


いちいち勘に触る事を言うAIだ


「だから...何...

 私がやる事は変わらない...」


顔をプロメ達から外すと、再び武器を構え直し

ゼロスを見据える


「死ね...!」


そして再度ドローンと組み合わせた攻撃を再開する

残った4機に加えて、二刀の斬撃、刺突のみならず

更に腕部、脚部装甲を開放し、

自身のホーミングレーザーも加え、手数を増やし迫る


ところがどういう訳か

攻撃の勢いは増しているにもかかわらず

前回よりも剣で弾く頻度も減り、

回避に生じる動き、面積も少なくなり

全ての攻撃をかわしていく


「どうした、先程よりも動きが単調になっているぞ」


男が口を開く


「うる...さい...!」


ヒュン!ヒュン!


次第に互いの剣劇の音は減り

両手の小太刀がむなしく、空を斬るばかりとなっていった


「光学兵器はお前の専売特許じゃないぞ」


カシャカシャッ!!


ゼロスがクサナギを正面水平に構えると

両腕と肩の装甲の一部を開口し、射撃体勢に入る


「しま...」


ビィイッ!!!


アリスが即座にドローンに回避行動を取らせる、が


4機が回避する方向を予見していたかの様に

正確に4つの蒼い高出力レーザーが、各ドローンを貫き

小爆発を起こしながら、粉々の破片となり地面へ降り注ぐ


「出来ればそちらに危害は加えたくない、

 矛を収めてはもらえないか」


「人間の...言う事なんて...!」


残った両手の武器を構えて再びアリスはゼロスに迫る


—――――


「ちょっと、なんであいつはひと想いに決着をつけないのよ」


途中から明らかにゼロスが優勢である事は

ヴァレラの眼にも明らかだった


「彼の悪い癖が出た...という所かしらね

 多分、彼はもうあのアンドロイドを

 【ただのアンドロイド】とは見て居ないのよ」


プロメが困った様な顔をして見せる


「あ、あのプロメさん、それって

 あの女の子、”アリス”って...」


「そうよ、セルヴィちゃんが想像してる通り

 あの子がバセリアの地下で、あの映像の研究者が

 産み出した最後のアンドロイド、ALICEよ

 ゼロスはあの個体に宿る、あの人々の想いに

 囚われてしまったのね」


「ゼロスさんは優し過ぎるのです...

 大丈夫なのでしょうか?」


「彼我の戦力差は十分、それに、

 今の彼にはあなたが居るもの

 無茶はしないと思うわよ?」


少しからかう様にプロメが笑って見せると

思わず頬の赤らめるセルヴィ

同時にその様子から、心配無用である事は

事実なようで、ほっと胸をなでおろす


—――――


「仕方ない...WODシステム機動

 リアクターからクサナギへの動力回路接続

 エネルギー供給開始、出力20%以下に維持」


ゼロスが上段に構えるクサナギの刃が、翆の光に包まれ始める


突進するアリスとの距離が迫る


「モード、キリサメ 両断!!」


そのまま横一文字にクサナギが振りぬかれ

黒の刀身から翆色の光の刀身が斬光を残しながらアリスへと迫る


「...っ!」


突如伸びた光の斬撃を受け、咄嗟に

両刀で受け止める姿勢に転ずるアリス


ザンッ!!!


振りぬかれたクサナギは元のただの黒い刃の姿へと戻っていた

そして防御姿勢のまま固まるアリスは

ゆっくりと構えを解こうとした時


キンッ!!


持って居た両刀の刃が、付け根から数cmを残し

切り落とされた


「フィールドは纏わせていたのに...」


信じられぬと言う様子で、ほぼ柄だけとなった

両手の小太刀だった物を見つめる


「戦いを止めてくれないか

 お前は...いや、君は、沢山の人々の想いから

 産まれた存在だ、傷つけたくはない」


「人間の...想いなんて...!」


両手の柄を投げ捨て、徒手に寄る攻撃に切り替え

尚も迫るアリス


ヒュッ!シュッ!ブゥン!!


手刀、裏拳、回し蹴り、と繰り出すが

武器を持っても届かなかった相手である

そのどれもが空を斬る


「何故そこまで人間を憎む」


攻撃を回避しつつ、問いかけるゼロス


「うる...さい...」


ヒュッ!!


「君を産み出した者の事を覚えていないのか」


「うるさいっ!! 知っている!!

 人間がどれだけ醜い存在かっ!!」


シュッ!!


「人間が私達アンドロイドに...何をしたかっ!!

 忘れる物か...‼

 自分が産み出したと言うだけで!!

 どれ程!!酷い事をしてきたかっ!!」


ブン!!


先程まで見え隠れしていた感情を

ついに爆発させるアリス

徐々に攻撃は論理的な鋭さを失い

まるで子供の喧嘩の様にな物へと変わっていく


「最初は皆...人間達と...

 世界を開拓する事に...満足してた...

 人間ではない出来ない事を助ける為...

 アンドロイドは産み出された...


 しかし開拓が進むと...

 余裕が出来始めた人間達は...

 自分達で出来る事も...

 アンドロイド達にやらせるようになった...

 それでもアンドロイド達は良かった...

 それが存在意義だったから...


 けれど次第にアンドロイド達は...

 人間を助ける為では無く...

 人間の欲望や鬱憤のはけ口として...

 ”使われる”様になっていった...


 私は...私達は...それを理解した...

 だから...目覚めた...!!」


シュッ!! ヒュッ!!


「確かに人間には酷い闇も存在する

 だが、それだけでは無いのもまた、人間だ

 君は、君を造った者達の想いを知らないのか」


「そんなもの...知らないっ!!」


キュィイイイ!! ドォゥ!!!


両手を前に突き出し、全レーザー開口部を開放

一つの高出力レーザーに集約し、ゼロス目掛けて照射する


しかしその様な大技は簡単にゼロスに回避される

アリスは人間で言えば、息を切らしている様な状態だろう

急速にエネルギーを消耗した為か

僅かに姿勢を崩しかける


(これ以上口頭による説得は困難か...

 多少の損傷を伴う武力制圧もやむを得ないか)


ゼロスが最終判断を下そうとしていたその時


キュイーッ!!


遠く、プロメ達の方向から鳴き声が響き渡る


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