第96話 再戦

豊かに茂った草花が風邪に揺られ

波の如く草原を駆け巡る


所々朽ちた金属製の残骸らしきものが散見されるが

相当な時間が経過している様で、風化により

殆ど表面が削り落とされていて、

どれもどの様な物だったのか判別出来ない


帝都から程近い古戦場跡

名前から察するに遠い昔

ここで何かしらの戦いがあったのだろう

だが今はそんな考古学に呆けている場合ではない


二人の影が対峙する


「どういうつもりだ」


先に口を開いたのは大きく、黒い影、ゼロスだった

当然対峙する小さな影の方は無論、あのアンドロイドの少女だ

既に互いに偽装は無く、本来の姿である


この場には数百m程離れた岩陰で

様子を伺う仲間達以外の姿はない


黒のアーマーに蒼の閃光を宿すゼロス

白のアーマーに紅の閃光を宿す少女


この場に来るまで、特にトラップの類は見当たらず

周囲に戦力を隠している様子も無い

待ち受ける側であれば幾らでも事前に

準備は出来たであろう


しかし実際は少女がただ一人

奇襲を仕掛けるそぶりも無く、佇んでいた

ゼロスの問いはそれに対する物であった


「お前を撃破するには...街だと...騒ぎは避けられない...」


少女が抑揚無く、ポツリポツリと小さな声で答える

返答が帰って来る事自体、予想外であったが

その内容は更に意外であった


目標が自分である事は想定内であるが

街への被害を考慮する、とはどういうつもりだろうか


(いや、元々このアンドロイドは

 人気の無い場所で、急所への一撃必殺

 暗殺的手法を取っていた、それはバセリアでの襲撃時も

 冒険者の青年の傷を見ても、まず間違い無いだろう)


「大きな騒ぎを起こすのは...管理上好ましくない...」


(隠密を意識していた事は当たっている様だ

 それは何のために...管理、それはこの帝国...

 もしくは【この世界その物】という意味か


「それはこの前の通信者、お前の主からの命令か」


「違う...これは...自己判断による行動...」


(あの声の主があるじである事は否定しない...か)


「何故、お前は俺を、そして彼女セルヴィを狙う、

 こちらに敵意は無い、対話で解決できないか」


「神が完成させようとしている理想の世界に...

 お前は危険な存在だと判断...

 同様にあの変異種も同じ...

 だから処理する...

 交渉するつもりは...無い...」


相変わらず何の感情も伝わらぬ抑揚の無い返事を返すと

顔はそのままに、光の無い眼球だけを僅かに

ゼロス後方から様子を伺うセルヴィ達に向ける


それを受け、セルヴィが既にシールドを展開し

戦闘の余波に備えるヴァレラの後ろに

慌てて顔を引っ込める


尚、彼女達にもゼロスとアンドロイドの少女の会話は

プロメを中継し伝わっている


(変異種...彼女セルヴィの事を人間と認識していないのか

 それとも、人間そのものに何ら価値を感じていないのかもしれない

 その神とやらが黒幕か、このアンドロイドが言う神とはなんだ)


「何故俺達が危険なんだ、お前がどれだけ

 把握しているのかは知らないが

 少なくともこの時代、世界の

 秩序を乱す様な行為をした覚えは無いのだが」


「今まではそう...かもしれない...

 でも...これからもそう...とは限らない...

 お前が同じ、アンドロイドなら...信じる...

 でもお前は人間...その力は危険...」


人間、と口にした時、ここで顔を合わせて初めて

少女の瞳に感情とも呼べる何かが宿る、

そしてその感情は...敵意、憎悪と言った良い物ではない


「何故、人間を憎む

 お前が言う管理とやらと矛盾する事ではないのか」


「...、

 おしゃべりはおしまい...

 せめてもの手向け...もういい...」


そう言うと少女はゆっくりと、両手を伸ばしながら

ゼロスと同じ次元収納から2本の細身の刀剣を取り出す



—――――



「あの武器はまるで...ゼロスさんの刀を

 そのまま小さくしたみたいな...よく似ています」


後方で見ていたセルヴィが口を開く


「あれは形状から言えば、小太刀、という物ね

 それを二本、二刀流かしら?

 刃表面はエネルギーフィールドで覆われ

 本体も高周波振動してるみたいね

 直撃を受けたら彼の装甲でも

 無傷って訳には行かないかしらね」


さらっとこの時代に来てからお、恐らく最も

脅威になり得るであろう武器である事を平然と

プロメが手元に拡大したモニターを表示させながら言う


「あちらの可愛らしい方が、皆様にお話し頂いた例の...

 とてもその様な恐ろしい方には見えませんわ、

 お話も通じるようですし、それにあのお顔は何処かで...」


プロメの手元にて拡大された少女の顔を見つめながら

フレイアもいつもの、ゆったりとした口調で述べる


「あーっ、もう!

 あんた等もうちょっと緊張感持って話なさいよ!

 真面目にガードしてる私が馬鹿みたいじゃないの!

 それにあんた、こんな光景目の当たりにしておいて

 適応早過ぎなんじゃないの!?神官てのは皆そうなの!?」


ヴァレラがパワードスーツ用の、大型シールドを全身で構える中

怒りマークを頭に浮かべながら、抗議の声を上げる


「申し訳ございません...話し方は物心ついてからで御座います故...

 それにプロメテウス様とご一緒なのですから

 人知の超える様な物を1つ2つ目の当たりにするなど

 当然のことですわ」


「大丈夫よ、緊張感を出さなければならない程

 悪い状況では無いから、

 でも防御はお願いね、高出力の流れ弾とか

 私では防げないから、頼りにしてるわね」


フレイアに続き、ニコリと爽やかな笑みを返すプロメ


「ぐぬぬぬぬ!」



—――――――



そんな後方のやり取りは他所に

2本の小太刀を構えた少女に

ゼロスはゆっくりと背のクサナギに手を掛け

引き抜き構える


古戦場跡を穏やかな風が吹ける


そして


風邪が止んだその瞬間


先に仕掛けたのは少女の方だった

スカートユニット・脚部・腕部装甲の一部が開口し

淡い焔色の噴光を発しながら、凄まじい勢いで突進する


ゼロスもそれに臆する事無く

クサナギを振りかぶり、迎撃態勢を取る


ガギン!!


少女の右腕から振り下ろされた刃を、クサナギで受け止める

直後、続けて左腕のもう一刀による

ゼロスの顔目掛けて、刺突が放たれる


ヒュッ!


それも上半身を反らし、寸でのところで躱してみせると

すかさず少女は右の刃を、体を捻りながら一回転させ

真一文字に横薙ぎに払う


ギンッ!!


そこに最小限の動きでゼロスも刀でいなす


この一連の連撃が休むことなく、少女から繰り出される

斬り下げ・刺突・斬り上げ・横薙ぎ・袈裟斬り

連撃に次ぐ連撃


ガンッ!! ギンッ!! ガギン!! ギン!!


その全てを完璧にさばき続けるゼロス


打ち合わされる少女が握る細い二本の小太刀と

ゼロスが握る通常よりやや大きめとは言え

細身の刀剣である刀から発せられてるとは

到底思えぬ程重く、鼓膜を劈く程の衝撃波を生じさせる


まるで鋼鉄の巨大なバトルハンマーを打ち鳴らすかの如き轟音


ギンッ!!


ラッシュの切り目を狙い、ゼロスが反撃に移る

下から上へと全力で切り上げる、が

少女は二本の小太刀をクロスに構え、防御の姿勢を取る


しかし、そのまま構わず少女の体ごと上方へと刀を振り抜く

その力に思わず圧倒され、そのまま少女は体ごと

天高く数十mほど放り上げられる


そこに更にゼロスも背部、肩部のバーニアを全開にし

蒼の噴光を後方に残しながら、上空に追撃にかかる


通常の人間であれば、

空中で姿勢など、変えられぬ所であるが

少女も普通の相手ではない

すぐに空中で姿勢を立て直し、防御では無く

カウンター狙いの反撃に転じる


そして再び両者の刃が交わり

戦闘の舞台は、地上から上空へと移された

蒼の光と紅の光が、目にもとまらぬ速さで

離れてはぶつかり、追い、

そして再びぶつかりを繰り返す


その両者の戦いの次元に、最早呆れるしかないヴァレラ


必死にゼロスに応援の眼差しを向けるセルヴィ


神々の戦いを見届ける様に、手を組み祈りを捧げるフレイア


いつもと変わらぬ様子で状況を観察するプロメ


三者三葉の反応を示しながら、皆の視線が空へと向けられ

戦いは更に激しさを増していく


「流石は...神話時代最強の兵器...なら...」


少女が呟き、僅かに距離を空けると

スカートユニットの鋭い装甲部分がパージされ

6本の剣の刃先の様な金属パーツが

少女の周囲に浮遊する


(あれは...)


そして少女が再び刃を構えると、

一斉に六つの金属パーツは、

それぞれ全く違う軌道を描きながら

不規則に動きを変えながらゼロスに迫る


ビィッ!!

ビィッ!!


うち二つの金属パーツが、別方向からゼロス目掛け

赤紫色のレーザーを照射する


「レーザードローンかっ!」


ゼロスは発射直前のエネルギー兆候から

即座に回避行動を取っていた、が、次の瞬間


ビィッ!!

ビィッ!!


更に回避した先を狙いすまし、

別のドローンから二つのレーザーが迫る


「チィ!!」


後方に回避していた動きを無理やり

バーニアを吹かし体勢をずらし

下方向へと体を落とす


「貰った...」


ビィッ!!

ビィッ!!


それを計算していたかの如く、ダメ押しの更に2発の照射

加えて少女本体による突進攻撃が一斉に襲い掛かる


「この程度で落とせると思うなっ!!」


迫るレーザーの1つをクサナギの腹で角度を変え弾き飛ばし

切りかかって来た少女にその場に体のバネだけで

グルリと捻り、強烈な蹴りを打ち込む

当然少女もそれを防御するが

少女を蹴り飛ばした反動を利用し、残りのレーザーも回避

少女は再び距離を空けられる


「うそ...あの攻撃を凌ぐなんて...

 予測値の見直しが必要...

 近接戦のコンバットプロトコルは同じ...

 そして人間故の反応速度の限界...

 こちらは加えて複数ドローンによる同時攻撃...

 あなたに勝ち目はない...」


そして再び少女は6つのドローンと共に

同時に攻撃を再開する


「それはどうだろうな、

 この手の攻撃は初撃で仕留めなければ

 二手目は無いぞっ!!」


再び猛烈な攻撃がゼロスを襲う

そしてゼロスもまた、尋常ならざる機動力を持って

その攻撃を鮮やかに、空を駆ける稲妻の様に回避していく


そして結果は先程と同じ、には成らなかった

全ての攻撃を凌ぎきり静止するゼロス

そして対峙する少女と、その周囲を浮遊するドローン...4機


ゼロスは先程の一瞬の間に回避しつつ、

今度は2機のドローンを切り落としていた


「理解不能...私の反応速度は...確実にお前を上回ってる...

 なのに攻撃が命中しない...それどころか反撃された...

 どうして...」


決して警戒の手は緩めず、距離を保ちゼロスと再び対峙する少女


ザザッ、


『あなたは一つ大きな勘違いをしているわ』


突如、少女の聴覚センサーに、女性の声が響く


「しまっ...ハッキング...っ!?」


少女が僅かに、しかし明らかに驚きの表情を上げ

すぐに周囲を見回し、岩陰から見守る一行に目を向けた

プロメだ


『あら、あなたの倫理回路って凄くユニークに組まれてるのね

 随分と非合理的に...まるで人間の脳構造の様ね』


「あの...AI...っ!」


少女が敵意をプロメ達に向けようとしたその時


『おっと、私は手を出すつもりは無いから安心して頂戴、

 単純に通信手段として、アクセスさせて貰ったの

 それに、あなたの前にいる者が、そんな余裕を

 与えてくれる相手ではない事は、分かっているでしょ?』


「...」


プロメ達に振り向きかけた少女は

僅かに体を揺らしたところで踏み止まった


確かにあのAIの言う事は事実だった

今、あちらに傾注して片手間で対処出来る相手ではない


ゆっくりと視線を戻すと、男は特に何かを仕掛ける様子も無く

先程と変わらぬ距離に静止している


「いったい...なんのつもり...」


再び赤尾だけをプロメ達の方へ少女が向ける


「そうね、思いあがった出来損ないの小娘に

 一つ先輩として教えてあげましょう、

 今あなたが相手にしている者について

 ねぇ、ALICE?」

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