第95話 確定する不確定要素

—あなたはこの世界の人間ではないわ—


セルヴィ自身も、途中からその可能性は認識していた

しかし余りにも突然、突拍子も無い内容に

どうしてもプロメの言葉を

そのまま受け入れる事が出来なかった


「そ、それは間違いない事...なのですか?」


困惑した様子でセルヴィが再度問いかける


「...そうね」


僅かな間を置いた後、意を決した様に

プロメがセルヴィに向き直り、目を見つめる

セルヴィの喉が小さく息を飲む


「天文学的0の先の数値を可能性と言うのなら

 その可能性は厳密には0ではないわ

 けれど基本的に確率論に於いて、0.001%以下の事象は

 現実的に起こり得ないと定義されるの、

 従って私は、間違いない、と答えるわ」


「...」


恐らく、今この世界で、誰よりも

正確に正解を導き出せるだろう存在によって

自分の勘違いである可能性が否定される


「プライベートな事だから、と

 今まで詮索はしなかったけれど

 セルヴィちゃん、あなた、名に性を持ってるわよね?」


「は、はいっ」


「私達がこの時代に来てから、名前に性を持つ人物は

 貴族などの特権階級の物でも無い限り見てないわ

 小さな村出身のあなたが、いえ

 あなたを育てたドミルさんも、

 他の村の方も皆名前は一つだけ...

 何故、あなただけが立派な性を持って居るのかしら?」


「そ、それは...」


心当たりがあった、

自分でも分かって居ながら

考えない様にしていた事


幼少の頃、ドミルさんに

どうして自分の名前は皆と違って二つのあるのか

と聞いた事があった、その時彼は私に

早くに病で亡くなった私の本当の両親が

一生懸命立派な子供に成る様に名付けたからだと言われた


後に、私に両親等居ない、

捨て子だった自分を、ドミルさんが

拾って育ててくれたのだという事は

成長する内にいつしか理解出来た


だからその話は嘘だという事は分かっていた

けれどそれを問い詰める様な事は出来なかった

それを今日、突き付けられる事になるなんて

思いもしてなかった。


「私のデータベースには私達の時代の

 人類の情報の殆どが収められているの、

 

 当時完成には至らなかった空間転移理論の提唱

 そして実際、開発・実験を行っていた発明者の名は


 ジェンナー・マクナイト博士」


ドクン!


セルヴィの中で心臓が一度大きく高鳴る


「そして先ほど亡くなった青年の冒険者証の名前


 ジェンナー博士と共に空間転移研究に当たっていた

 主任研究補佐官、サイトウ・キョウジ博士

 そしてその妻・サイトウ・リョウコ女史

 その両者の間には2697年、私達が眠りに就く2年前

 産まれた第一子が居た、その子の名は


 サイトウ・ミノル


 日記の日付からすると、彼は4歳の時、

 私達の時代から時空転移して来た事になるわ

 恐らく2699年、終末作戦後、崩壊する世界の中で

 生き残る事が出来た博士達は、迫りくるタイムリミットを前に

 僅かな可能性に希望を託し、避難施設の中で

 未完成ながら時空転移装置を作り上げたのでしょう」


それが自分が来た本当の...


「そして終末作戦直前、ジェンナー博士にも

 妻との間に一人の子供が生まれていた、その名は


 セルヴィス・マクナイト


 恐らくドミルさんはあなたを見つけた際

 何らかの形で残されていた、あなたの本当の名前を

 部分的に読み取れたのでしょう」


「...!」


言葉が出ない


自分はこの世界の人間では無かった


だからなんだというのか、

自分の出生が分かったからと言って

何かが変わる訳では無い


今までと同じ様に世界は有り

今までと同じくそこに自分は居るのだ


そう、何も変わらない...はずだった


けれど心はざわつき、それを納得してくれない


本当の自分の両親...

時間を超える機械で私をこの時代に送り

彼等は自分に何を願っていたのか


あの青年は幼少期を共に過ごしていた

兄妹の様な存在だったのだろうか


突然知らされる事になった過去

入って来た想定外の莫大な情報に

脳ではなく心がオーバーフロウする


「セルヴィ」


「は、はいっ!」


突然名を呼んだのは意外にもゼロスだった


面と向かって、名前だけで呼びかけられたのは

初めてだったかもしれない

突然の事に思わず、思考の混濁の中から頭が引き戻される


「今、君の心境を察すると、酷なのは理解している

 だがすぐにここから移動する」


「えと、一体どういう...?」


「あの少女のアンドロイドがターゲットにしているのは

 過去から転移して来た人間、つまりセルヴィ、君だ」


「なるほど、そう言う事か」


「え、えっ!?」


今のゼロスの言葉が理解出来ないでいるセルヴィをよそに

隣でただ話を黙って聞いて居たヴァレラが納得する


「この都市に近付いた時も、

 見つけたあの冒険者の子も

 あんた達は自分の時代の人間だって事が、

 又は、そう認識出来る反応を捉えてたって訳ね」


「そうよ、黙っていてごめんなさいね

 私達も何故、セルヴィちゃんだけが

 この時代の他の人とは違うのか

 そして何故、あの青年からも同様の反応があったのか

 判断しかねていたのよ」


プロメがありのままを語る


「別にいいわよ、

 下手に結論も出てない事を言って

 混乱するだけ、余計な不安を与えない様に

 ってとこでしょ、


 知る必要の無い事は知らされない、そう言うの慣れてるしね」


「助かるわ」


「警戒は緩めてはいないが、

 君が明確な攻撃対象と分かった以上

 どの様な手段を用いて奇襲してくるか予想出来ない

 こちらも対策を講じなければ」


そう言ってゼロスが青年の荷物を

背嚢に戻そうとしたその時、突然手の動きを止める


同時にプロメも眉を僅かに動かし

ゼロスと目を合わせる


ฅ^•ω•^ฅモキュ!


ゼロスの肩で静かにしていたタマも突然顔を上げ

周囲を見渡しなら一声鳴いた


「まさか向こうから誘ってくるとはね」


「ああ」


話を進めるゼロスとプロメを横目に

続いて反応したのはヴァレラだった


「ちょ、ちょっと何よこれ

 ここから北東に約一キロの地点から

 未知の強力なエネルギー反応?!

 電磁放射とも違う、熱でも無い

 何よこれ...」


「ここから北東に1キロほどですと...

 確か古戦場後が御座いますね

 あそこには特に何も無いはずですが...」


ヴァレラがバイザーゴーグルの表示を確認しながら

驚きの声を上げる

フレイアがその地点の心当たりを述べる


「それはエーテル反応よ、エーテル反応路から生じる

 私達の時代で用いられていた主な動力エネルギー、

 そしてその固有のエーテル周波数は先の戦闘の際

 観測したアンドロイドの物と一致。


 今まで全く反応が無かったという事は

 遮蔽する機能を有しているという事

 それを態々これ見よがしに放出するとなると...

 どうする?罠である可能性が高いけれど」


「...」


プロメがゼロスに視線を送ると

ゼロスはその場で瞬き一つせず、僅かに思考する

そして


「撃って出よう

 確かに罠である可能性は高い、が

 ここで対処できなかった場合、敵の目標が彼女である以上

 今後常に脅威にさらされる事となるだろう

 罠であろうと、どのみち今、対処できないのであれば

 それは後でも同じ事、後顧の憂いを断つ」


「了解よ」


「いいじゃない、こそこそ隠れて

 襲撃に怯えるなんて真っ平ごめんだわ」


チャキン!


ヴァレラがプロメと共に同意を示しながら

腰の銃を引き抜き、再装填させて見せる


「敵の戦力は不明だ、

 基本的にあのアンドロイドの相手は俺がするつもりだが

 他に敵が居た場合は頼りにさせて貰う...そして」


ゼロスがセルヴィに視線を向ける


「わ、私も行きます!」


ゼロスは残れとは言わなかった

合理的に考えれば、あのアンドロイドの少女の目標が

自分である以上、下手をすれば

彼の戦闘の弱みになるかもしれない


そんな事はプロメは勿論、彼だって十分理解しているはずだ

その上で自分の意思を尊重してくれたのだ


突然、沢山の事実を知り、理解が追い付かず混乱する

その戦いの先に何が有るのかも分からない

けれど、今は彼と共に居たかった。

そして自分もまた、この結末から

目を背けてはいけない気がした


ゼロスは返事を受け、静かに頷く


「という事で、彼女の護衛も頼みたいが、任せていいか

 対処できない脅威が出現した場合は撤退を優先してほしい」


「オッケー、正直アレとヤレって言われればキツイけど

 それ位なら任されたわ、ただ

 撤退させる位なら、その前にあんたが何とかして見せてよね」


「了解した」


ヴァレラが皮肉交じりに答え、意地悪そうに笑うと

ゼロスもそれに答える様に、僅かに口元が笑った様に見えた

戦う者同士、通じた物があったのかもしれない

セルヴィはそれを少し羨ましく思う


自分のルーツを知る事で、自分も何か力があるのであれば...

あの青年は自分と同じく、魔法が使えなかったのなら

どの様にして何年も一人前の冒険者として進んで来れたのか...


何時しか、乱れていたセルヴィの思考は

一つの新たな道筋を見出そうとしていた

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