第12話 死を齎す者

突如として都市中に鳴り響く警報音

街道に居合わせた者達が途端にざわつき始めるが

すぐさま町中に配置されている近場の衛兵が市民の混乱の収拾にあたる


「市民の皆さん落ち着いて下さい!

 慌てないで下さい!

 只今状況を確認中です!」


衛兵はこの様な事態を想定した訓練を受けているであろう

非常に慣れた様子で避難誘導を開始する


市民側もざわついているが慌てることなく

皆徐々に個々の目的地へと移動を開始する


迅速、的確な避難誘導に加え

この様な事はこの都市に住む者にとって

初めてでは無かった為だ


年に数度、何十匹か魔物の群れが都市を襲撃する事はあった

その度に都市全体に同じ様な警報音が流れ

テストラ王国が誇る復元した遺跡都市の防衛機構が作動し

脅威の魔物を排除してくれていたのだ


何故野生の魔物がその様な集団行動を取り都市を襲うのかは解明されていない

都市の遺跡エネルギーに引き寄せられていると言うのが一番有力な説だ

大抵の遺跡に魔物が多く住み着いている理由もその為だとされる


「全くこんなお目出たい日に嫌ねぇ」


「魔物の奴等も懲りねぇよな」


等と口走っている群衆も皆、どよめきだってはいるが

特にパニックを起こしている様な者は見当たらない


「おい、一体何があったんだ?」


カイドが近場の年配の衛兵に詰め寄る


「まだ分からんが、恐らくまた魔物の襲撃だろう

 これから都市防衛隊の詰め所に赴き状況を確認してくる

 まず心配は要らないだろうが万が一に備え

 何時も通り君達も屋内に避難しておきなさい」


そう言い残すと衛兵は周囲の者達に指示を出しながら立ち去った


「冒険者達は市民の避難誘導に当たれ!

 傭兵部隊は万が一に備え手順通り外周に配置願う!」


その場に居合わせた冒険者達は都市中心部方向へ

傭兵達が都市外縁部方向へと散っていく


この様な国家の緊急事態の際

冒険者・傭兵は一部治安維持活動の役割を担う

取り決めが成されており、皆その手順を理解している為

各々が速やかに行動を開始する


「奇妙です...」


カイドが衛兵等と話している間もずっと

黙って都市外周の城壁をじっと見つめていたセルヴィが口を開く


「奇妙って...何がだ?

 お前も王都(ここ)に来てからも襲撃は何回か経験したろ?」


「この警報音、前に魔物の襲撃があった時のと音が違います」


「確かに言われてみりゃ...少し甲高いか?」


「それにもう一つ」



「都市の防衛機構が作動していません...」



「...!」


言われてカイドがはっと空を見上げる

額から一粒の汗が流れ落ち、血の気が引くのが分かった


何時もなら警報が鳴ると同時に都市全体を包む様に天まで覆う

半透明のエネルギーの障壁が展開され

すぐ様都市外延部に設置されたライルガンが動き始め

人間の目に見えない様な距離の魔物に照準を合わせていたはずだ


しかし未だ都市には障壁も広がっておらず

外周に設置された大型ライルガンもピクリとも動いていない


普通じゃない


「じゃあこれは...


—『+$@!(+&)^#@!&*()^%@&#!*--$^&@(*!』—


「「!!」」


突然警報の中に、古代言語による無機質なアナウスが都市中に響き渡る

解析していた巨大神機が発した音声と同質の声色である


「ちょっとまてよ!警報音以外に言葉の放送何て今まで聞いた事ねぇぞ!」



—『+$@!(+&)^#@!&*()^%@&#* $&^%@#^%_ +$@!(+&)^#@!&*()^%@&#!*』—



ある程度の間隔・文脈を置いて同じ言葉を繰り返している様だった

その放送にセルヴィは目を閉じ閉じ、耳を澄ます



+$@非常+&)放棄@!&*都市より^%@退避* $&^%返しま%_



---非常---直ち--放棄--隔離--都市より---退避---




(えっ...これって...)


「おい!一旦三日月亭に戻るぞ!」


「ま、待ってくださいこれはっ



ぎいぃあぁあああああぁぁっ‼‼



突然街道に人とは思えない程の悍ましい絶叫が轟き

先程までどよめきに溢れ騒がしかった周囲が一瞬静寂に包まれる


そして皆一同その音源に振り返る


街道の端、建物と建物の間の小路地から


腿から、腹から、胸から、肩から、口から、目から


無数のどす黒い槍状の突起を張り出した男が地面から30㎝程浮いている


突起から服に赤い染みが円を描き広がっていく


既に足元には慕った血により血溜まりが広がっている



キシシシシシ...



男の背後から何かの生物らしき鳴き声が聞こえる


背後の薄暗い路地の隙間から黒紫の甲殻の外皮を持ち

男の倍以上はあろう昆虫の様な外観をした魔物が目を光らせていた


その胴体から生えた6本の釜の腕が男を串刺しにしていたのだ



き、きゃぁああああ!



一人の女性の悲鳴を皮切りに連鎖し街道は阿鼻叫喚に埋め尽くされる

この日、王都テストラは建国以来初めて都市に魔物の侵入を許す事となった


(ま、魔物だと!?一体どこから!?

 いや、今はまずどう動くかを考えろ...!)


取り乱す群衆の中すぐに冷静さを取り戻し頭をフル回転させるカイド


「ぁ...ぅ...」


隣には言葉を失い、ただ立ちすくむセルヴィが居た


「来い!!」


「えっ、あう!」


カイドは手に持っていた土産の焼き鳥袋を地面に投げ捨てると

乱暴にセルヴィの腕を掴むと走り始める


「まずはここから離れて工房に向かうぞ!

 逃げるにせよ、戦うにせよまずは武器だ!

 魔具武装とそれにあいつらも居る!」


「は、はいっ!」


カイドが掴む腕の力は痛い程に強かった

二人は逃げ惑う群衆をかき分けてひた走る


時たま悲鳴に交じり絶叫が近くや遠くから

何時しかそこら中から聞こえてくる


(1体だけじゃないのか!?

 防衛隊は何してやがる!

 都市の防衛機構は何故動作しない!)


様々な思考がカイドの脳裏を過る、その時



ドベチャっ!



重い水袋が硬質な地面に叩きつけられた様な音と共に

二人の前に何かが空から降り慌てて立ち止まる


落ちて来たソレはあっと言う間に血だまりを広げていく


ソレは女性の者であろう衣服を纏った人間の下半身であった

本来上半身が有るべき所の継ぎ目からは

激しい血しぶきの飛沫と共に様々な臓物が飛散している


「ひぅ! ぅっ...うぇぇえ!」


セルヴィ思わすその場にへたり込み胃の中を吐き出す


「大丈夫かっ!」


セルヴィの両肩を抱えながら

カイドは落ちて来た方向、空を見上げる


そこには巨大な蝙蝠の様な翼とヘビの様な胴に気味の悪い細腕を持ち

顔中が凶悪な牙を生やした巨大な口の無数の目を持つ魔物が

何十と飛翔していた


その光景にカイドは顔中に冷や汗を浮かべ奥歯を噛み締める


「立てセルヴィ!立つんだ!逃げるぞ!」


「ぁ...ぁぁ...」


カイドは必死に彼女を抱き起そうとするも

目の焦点が合わず、完全に腰が抜けて立つ事が出来ない


キシャァアアア!!


そうしているうちに上空から爬虫類の様な魔物の咆哮が轟き

1匹が此方に気付き目標を定め急降下してきた


「くっ!ちくしょう!!」


咄嗟にかばう様にカイドがセルヴィに覆い被さる


「に、兄さんっ!!」


咄嗟に我に返るも時は既に遅すぎた

魔物が二階建ての建物の屋根程の高さ程まで迫る


二人はぐっと目を強く瞑る、そして



ドォオオオオン!!



凄まじい轟音が轟き土煙に包まれる


徐々に土煙が晴れると二人はそのままうずくまった姿が浮かび上がった


「絶妙なタイミングじゃったの!」

「工房にある魔具武装は全部持ってきたぞ!」

「全く老体には堪えるわい」

「二人ともけがはないか?」

「...救援」 


二人が顔を上げるとそこには見慣れた5人の姿が有った

それぞれ脇には大筒を抱え立っていた

内一人の砲身から湯気が立ち上っている


「お前等っ!」

「皆さん!」

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