第3話 魔具工房・三日月亭

「よーし、寝ぐせも無し!服にしわも無し!完璧です!」


見習い魔技師・セルヴィは、洗面台の鏡の前に立ち、

ふふんと笑顔を作って見せる。


出勤前の身だしなみチェック中である。


「しかし、こんな事でお客さんは喜んでくれるのでしょうか?

 もっと技師なら職人らしく技術でー…」


セルヴィが鏡の中の自分に問いかけていると、

背後から兄弟子の野太い声が降ってきた。


「あぁ?なに朝からまた脳みそミスリルみたいな事言ってんだお前...」


「あ、おはようございます!兄さん!」


振り返りペコリと礼をする。

声の主は、兄弟子に当たるカイドだ


無精髭を生やし、タオルをバンダナの様に頭に巻き

そこから上に伸びた赤橙色の髪はさながら

プランターから勢いよく生えた雑草のようである


カイドも寝起きなのか、その草は何本か折れて垂れている

無造作に頭を掻きながら、上の居室から階段を下りて来た所であった


「はい、おはようさん、あと兄さんはやめろって、何か背中がむずかゆい」


「えー」


「えーじゃない、早く洗面台変われ、二階は一杯なんだよ」


「は~い」


セルヴィが田舎から王都にやってきて、三か月が経とうとしていた

彼女は現在、カイドの自宅兼工房である『三日月亭』に下宿している


『三日月亭』には主であるカイドの他に

この工房で働く5人の職人達も下宿している。

カイドをはじめ職人達全員、みな気のいい中年男性だ。


職人達はみな絵本のドワーフよろしく、働きもので背が小さい。

逆にカイドは身の丈が高く、体つきは

他の職人や師ドミル同様、技師職人のそれである。


職人達は、仕事が引けると、毎晩飲めや歌えやの大宴会で騒がしい。

5人の職人達は、最も若い者でもカイドと同年代、他は年上の者ばかりだ

目上の職人達を纏め上げる彼の器量を

セルヴィは職人として、素直に尊敬していた


もっとも、若いと言ってもカイドは

セルヴィより二回り以上の年上である

直接聞いた年を尋ねた事はないが

彼女の師ドミルと彼は、親子程の

年の差というから、40歳前後という所だろうか


三日月亭は、10年程前に、馬20頭程入れる納屋を

改装して作られた工房だ。


馬車牽引用の動力魔具が急速に普及した事で

需要を失い、大量に廃棄された馬小屋の一つを

カイドが安く買い上げたのだった

工房の隣には、木造の二階建て家屋が増設された


主な居住スペースは二階だ

風呂、トイレ、カイドの自室と大部屋があり

職人達は大部屋で寝起きしている


一階は倉庫、台所、食堂として使われている。

セルヴィには、納戸が個室としてあてがわれた。

当然ながら、料理、洗濯、掃除等の雑務は、見習いの彼女の仕事だ


この木造二階建ての住居兼倉庫と工房を繋ぐ部分には、

顧客と打ち合わせをするための窓口スペースが設けてある



――セルヴィは、三ヶ月前、

  自分に部屋が割り当てられた頃のことを思い出していた。


     * * * * *


「んで最後にここが野郎どもが寝泊まりしてる大部屋だ」


「わぁ!広いですね!私は何処のベットを使えばいいのでしょうか?」


「お前の寝床はここじゃねぇよ、1階の部屋使え」


「ぇ?ここじゃないんですか…

 皆でお泊りなんて良いなと思ってたのですが…」


「何生意気言ってやがる

 お前何か冷暖房完備の大部屋は上等過ぎんだよ、倉庫で寝ろ」


「あぅ...そ、そうですよねっ

 思いあがった事いってすみませんでした!、掃除してきます!」


あわわと涙目を浮かべ、セルヴィは

自分にあてがわれた一階の倉庫へ走り去っていくのであった


尚、彼女の部屋にはしっかり別室から

冷暖房の空調を共有するダクトが設置されている


「...ったく」


心底疲れ切ったようにため息を漏らすカイドの後ろで

オヤジ共5人がニヤついている


「素直じゃないねぇ」

「もう少しマシな言い方できんのか」

「ツンデレって奴かい?」

「妹分に手出しちゃいかんぞ」

「...精進」


思い思いの事を好き勝手口走っているが

全員にやついた表情は同じである


「うるせぇよ!!早く仕事始めろ!!」


「おぉ!怖い!」

「くわばらくわばら」

「儂等にはツンツンじゃのぉ」

「やれやれ青いねぇ」

「...退散」


各々捨て台詞を残し工房へと降りて行った


「ガキ相手にそれはねぇよ糞ジジイ共が、はぁ...」


深いため息をもう一つ増やし

疲れ切った表情でカイドも工房へと降りていくのであった



    * * * * *



そんなこんなもあり早三カ月

今ではセルヴィも、すっかりこの生活に馴染んでいた


朝食の食器の跡片付けを終えた彼女が

受付窓口の椅子やテーブルを拭き掃除していると

身支度を整えたカイドが現れた


「おい、セルヴィちょっとこの後、使いを頼むわ

 この前、鑑定依頼受けたボウズの3人組居たろ

 この時間なら冒険者ギルドにいるはずだから、呼んできてくれ」


「この前、水の曜日に来られた、私よりちょっと年上位の冒険者の方々ですね

 分かりました、ここから一番近いギルドですよね、すぐ行ってきます!」


掃除用具を片づけると、彼女は大通りの方へと駆け出して行った


四半刻も過ぎぬ内に、セルヴィは客を連れて戻ってきた。

客は、剣や杖の魔具武装を携えた

冒険者風の男女3人だ。


「よぅー、お前等」


待っていたカイドが、咥えタバコのまま客に声をかける

カイドは親戚の子供に話すような口ぶりだ

ギルドから呼ばれて来た客とは、三日月亭常連の冒険者達だった


「うっす!どうでしたか?!」

「お願いー><;」

「もしもアタリならすぐに持っていきましょ!」


彼等の目の前のカウンターには、鑑定依頼品と思しき物が置かれている

それを見た彼等は、気の早いことに、もう盛り上がっている

余程今回の依頼品について期待しているのだろう


彼らが待っていた物――

それは、遺跡から発掘した【神機】の鑑定結果である

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