07 隠し事

 しばらく無言になり、静寂だけがそこにあった。

 そんな沈黙を先に破ったのは、陽介だった。

「お前さ。強くなったな…………もう、オレのこといらなくね?」

 まだそんなことをいうか。

 御影は頬でもつねってやろうかと思ったが、陽介の顔を見ると真剣な表情をしていた。

「お前はさ、誰でも仲良くなれるし、弱いやつの味方にもなってやれるし、もっと居心地のいいところを探していいんだぞ? オレみたいなさぁ……」

「口悪くて、雑な奴と友達じゃなくてって?」

 御影が口を挟み、陽介は驚いた顔をする。

 そんな彼の表情に呆れ過ぎて、むしろ笑えてきた。

「陽ちゃん。それって傲慢よ…………それに、アタシは陽ちゃんと友達止めるつもりもないし…………」

 御影はそういうと、陽介の指輪に触れた。指輪の石に輝きが戻り、水晶のような輝きを放っていた。

「あのね、確かに陽ちゃんは口が悪いところはあるけど、その馬鹿みたいに真っすぐなところに救われてるところがあるの」

「それ、褒めてんのかよ?」

 陽介がジト目でこちらを見たが、御影は笑って返した。

「もちろんよ。ねぇ、陽ちゃん。あのいじめっ子を殴った後に叱られて、先生に言われた言葉覚えてる?」

「あー、覚えてる。『そんな女みたいな格好をしてるからいじめの的になるんだ』ってな」

 御影の女装に否定的だった担任は、そうはっきりと言い、陽介は激怒した。

 もちろん、その場で暴れる事はしなかったが、翌日陽介は担任に反抗して前髪を輪ゴムとお菓子に付いてるリボンで結んできた。

 登校してきた陽介にクラスメイト達の視線が突き刺さる中、彼はこう言い放った。

『いじめられるもんならいじめてみろ。相手が御影だからいじめてたなんて言い訳は通用しねぇぞ』

 御影をいじめた男子達にわざと絡みに行ったり、放課後に職員室に呼び出されたりもしたが、それでも彼はやめなかった。

 それから一週間、彼は髪を縛ったり、御影から可愛らしいヘアピンを借りたりしていた。

 後に、それは魔の乙女週間と陰で名付けられ、御影をいじめる者はいなくなった。

 今、ヘアピンを付けているのも、あの時の名残のようなもので、御影がプレゼントしたものだ。

「あの時はすごい嬉しかった。それに、他にもたくさんの陽ちゃんの言葉に救われてたの」

 男だから、魔女族だから、そういった固定概念が御影の後をずっとついて回っていた。

「気持ち悪いとか、男のくせにとか言われて、ずっと自分が好きじゃなかったの。でも、陽ちゃんと出会って、自分が自分の思うままにしていいって気づいた」

 彼はいつだって真っ直ぐで、御影の手を取ってくれた。

 誰がどう言おうと、彼自身がそうしたいから御影と向き合ってくれたのだ。

「だって、陽ちゃんってば思ったことすぐに口に出しちゃうんだもん。時々ひやひやしちゃうけど、やっぱり陽ちゃんらしくていいわ」

 御影は自分の指輪を見つめた。

「だから、陽ちゃんがパートナーってわかった時は本当に…………本当に運命だと思ったもの……」

 彼が言うように、自分が誰とでも仲良くできて、弱い者の味方になれるようになれたのなら、それは自分のおかげじゃない。

「陽ちゃんの精霊石は、光属性でしょう? それを聞いて、やっぱりなって思った…………陽ちゃんは、アタシの光だったもの…………暗闇で、陽ちゃんを見つけられたのも」

 魔法もないのに、暗闇で彼の姿が見えたのも、それが理由だろう。

 御影がそう言って笑うと彼は顔を逸らした。

「何恥ずかしいこと言ってんだよ。バカか」

「いやんっ! 陽ちゃん照れてる~!」

「照れてねぇよ!」

 陽介が再び口をへの字に曲げて、御影はそれがおかしかった。

 体を起こし、陽介に手を差し伸べた。

「帰ろう……陽ちゃん」

「…………そうだな」

 陽介は御影の手を取って、身を起こした。

 真っ暗な帰り道、御影は陽介の手を放さなかった。

「この歳で…………しかも、野郎と手繋ぎとか…………バカか?」

「仲良しでいいじゃないっ! それに、陽ちゃんがまたどっかに行っちゃうかもでしょ!」

 ぷりぷりしながら言う御影を見て、陽介は呆れた顔をする。

「行かねぇよ…………なぁ、御影」

「何?」

「オレさ、お前に一つだけ隠し事してたわ…………」

「えっ⁉ あの隠し事がへたくそな陽ちゃんが、アタシに⁉」

 そんな器用な芸当が彼にできたなんて信じられない。そう思っていると、彼は「あのなぁ……」とさらに呆れる。

「んで、一体何を隠してたの?」

 御影が問い詰めると、陽介は御影から顔を逸らした。

「初めて会った時さ…………」

「……うん?」

 陽介が親指と人差し指で何かの大きさを作った。

「米粒くらい…………いや、ごま…………あー……んー……ミジンコくらいは……お前のこと好きだったわ。たぶん、初恋」

 彼は顔を逸らしているが、彼の耳は真っ赤に染まっていた。

「……………………ぷっ」

 思わず御影は失笑した。

「うそ…………うふふっ! くっ……ふふっ…………あはははっ! あははははっ! 陽ちゃん、アタシのこと好きだったの? うふふふっ! なにそれウケる!」

 腹を抱えながら笑う御影に、陽介は顔を真っ赤にして怒った。

「そ、そんなに笑う事かよ‼」

「だって……ふふっ……陽ちゃんってば、そんな素振り全く見せなかったんだもん。ひー、おかしい~っ!」

 しばらく笑い転げたあと、落ち着いた御影が「いつ男だって気づいたの?」と聞くと、彼は低い声で言った。

「あの日、お前が帰った後に、母さんが言ってたんだよ。御影ちゃんは男なんだってってな」

「…………ごめんね、アタシが美少女だったばかりに」

「喧しいわ」

 恥ずかしさを誤魔化すように頭を掻いた彼を見て、御影はあることを思い出した。

「ねぇ、陽ちゃん。アタシね、実はまだ陽ちゃんに言ってないことがあったのよ」

「まだあんのかよ?」

 今度はなんだよと言わんばかりに、彼はジト目で御影を見る。

 御影は紫色に変わった精霊石に目を落としながら言った。

「アタシの精霊石、何色だったか覚えてる?」

「…………白だったな。光属性の」

 そう、御影の石は乳白色だった。陽介のように透明度は高くはないが、光属性の色だ。

「アタシね、実家で自分の適性を調べた時、適性は闇だったのよ?」

「はぁ⁉ じゃあ、なんで今は光なんだよ!」

 光と闇は相対しているのだ。教師に精霊石の話を聞いた時は、御影も驚いた。

「適性が変わることはあるらしいけど闇が光に変わることは、あまりないみたい。先生に聞いたら、他人との影響もあるって言ってたわ」

 陽介は、自分の精霊石を思い出した。

 陽介の石はかなり透明度が高い。それは光属性の強さを示していた。

 信じられない顔でこちらを見上げる陽介に御影は頷く。

「陽ちゃんがアタシを変えたのよ? だから、責任取ってよね、親友!」

 御影は陽介の背をバンッと叩いた。

「はいはい、オレは運命の友ですよ…………」

 諦めたように陽介は言うと、御影はにかっと笑った。

「じゃあ、腐れ縁はこれで解消ね!」

 そう言って御影は、陽介のヘアピンを撫でるように触れた。



 ◇



 あの場所からオレは家へ戻った。もうすぐ昼だ。学校にはもう戻れないし、家に帰ったとして母親はなんていうだろうか。

 クラスの奴らなんて、もうどうでもよかった。もうすぐ夏休みに入るし、アイツらの顔を見なくて済むと思うと清々した気分だ。

 オレはそんなことを思いながら家に着くと、玄関に誰かがいた。

 背の高い金髪の女の人だった。母親と話しているのを見ていると、あの人は外人なのに日本語がうまかった。

「あら……?」

 母親がオレを見て、目を見開いた。

 そりゃ、そうか。まだ学校の時間なのに、帰ってきたらおかしいもんな。

 でも、母親はオレにそれを問いただすことはなく、その女性にオレを紹介した。

「息子の陽介です。御影ちゃんと同い年なの」

「あらぁ~! そうなの?」

 御影? 誰だそれ?

 オレがそう思っていると、その女性の後ろに隠れていた人物が顔を出した。

 真っ白なワンピースを着た少女だった。袖や裾から見える真っ白い肌に、大きな瞳、そして金髪の髪をした少女は、恥ずかしそうにこちらを見ていた。

 よく見ると、黒い瞳は光の加減で緑色にも見える。

「こんにちは、はじめまして!」

 まるでお人形のようだった。

 薄桃色の頬に赤みが差して恥ずかしそうに笑う顔に、オレはドキリとした。

「可愛い…………」

 そう心の声を口にしてしまった。

 そのあと、どうしたのかよく覚えていない。しかし、アイツが帰った後、母親の口からアイツが男だと聞かされた時の衝撃は忘れないだろう。

 それが運命なのか、腐れ縁なのか分からないオレ達の始まりだった。

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