06 喧嘩
オレはとにかく走った。
教室から走り去るオレを止めるやつなんて、誰一人いなかった。
「ムカつくっ! ムカつくムカつく!」
そう口では言っても、その感情は苛立ちから出た言葉ではなく、悔しさからだった。
幼稚園から仲良くしてたって、誰もオレを友達だなんて思ってない。
今もオレの悪口を言っているに決まっている。
オレは、誰も知らない秘密の場所に足を運んだ。
近道の林の中に入り、獣道のような坂道を駆け上がった。
◇
そこは、真っ暗だった。
上も下も分からない。ただ、自分が横たわっているのが分かる。
「…………また振り出しね」
御影は体を起こすと、指輪に魔力を注ぐ。指輪から赤い糸が伸びていき、御影は安心する。
「これなら、陽ちゃんを探せそうね……」
魔法で光体を出し、暗闇の中を歩いた。
「あ…………」
赤い糸の先で、うずくまっている人物を見つけた。
「陽ちゃん!」
彼はなぜか暗闇の中だというのに、まるで彼だけ黒い背景の中にいるかのようにはっきりと姿が見えていた。
「陽ちゃん! 陽ちゃん!」
御影が駆け寄り、陽介を揺すると彼はゆっくり目を開けた。
「御影…………?」
「陽ちゃん!」
御影は彼の顔を見てホッとした。
「ずっと、心配してたのよ?」
涙が出そうになったのを必死にこらえてそう言うと、彼はどこか呆れた顔をしていた。
「…………なんできたんだよ?」
「え?」
陽介の言葉に、御影は目を瞠る。
「別に、オレのことなんてほっといても良かったのに……」
「なっ!」
まだそんなことを言うのかと御影は口をへの字に曲げると、陽介は言う。
「さっき、精霊石がオレの代わりに言ってただろ?」
「でも、それは精霊石が言わせた嘘でしょ?」
あれは御影を陥れる為に精霊石が言わせた言葉だ。まだ精霊石が陽介の中に残っているのかと思ったが、それは違った。
「本当だよ」
陽介は拳を握って続けた。
「どうせ、お前もオレの事が嫌いだろ? オレみたいに、人の気持ちなんて考えない口悪いやつなんて……!」
吐き捨てるように言った彼に、御影は首を横にふった。
「よ、陽ちゃんっ! アタシは、そんなこと全然思ってなんか…………」
「嘘つけよっ! ずっとオレに隠し事してたくせにっ!」
「そ、それは…………っ!」
陽介は嘲笑うように言った。
「オレと違って、お前は隠し事が上手だもんなっ! その真っ白い腹の下に、まだ何か隠してんだろ? 家のこととか、家のこととか、家のこととか!」
「ごめんね! 秘密が多い家で!」
でも、これ以上はアタシも知らないばかりなの!
たった一日で他人に暴露された家の秘密すらもあったのだ。これ以上、言及されても御影は答えることはできない。
「でも、アタシは陽ちゃんのことは嫌いじゃないわ!」
「それも嘘! 絶対そうだ!」
「嘘じゃないわよ!」
「嘘だ!」
「嘘じゃないっ!」
際限のない応酬のやり取りに、互いに息が上がってきた。
「ゼェー……ハァー……ぜったい……ぜぇえええええったいに、嘘だっ……」
「ハァー……うそじゃないって…………ハァー……いってるでしょう…………」
まるで子どもの口喧嘩。大昔にこんなことをやっていたような気もする。
しかし、この子どもじみた口喧嘩だったとしても、御影にとってこれだけは引き下がるわけにはいかない。
「第一にっ! アタシが陽ちゃんの事が嫌いだったら、こんなところにまで来ないわよ! 陽ちゃんがいなかったら、アタシは…………アタシは…………」
陽介がいなかったら、きっと御影は自分のことも、この世界のことも大っ嫌いだった。
きっと、特殊専門学科なんかに入らなかったし、魔法学校すらも入学しなかっただろう。
「陽ちゃんは…………なんでそんなことをいうの……?」
御影は、泣きそうになるのを抑えながら言うと、陽介はふんと鼻を鳴らした。
「みんな、そうだった…………」
「みんな…………?」
「オレは、思ったことはすぐに口にも顔にも出るし…………最悪、手も出したこともある。隠し事なんて出来たこともない」
彼は、何事にも真っすぐだ。御影もそれは重々承知している。
「でも、それは…………」
「世間では、粗雑で、思慮が足らねぇ奴なんだよ……煙たがれるんだ。お前も、よくオレに言うもんな? 言い方が悪いって」
「そ、それは別に…………」
「ああ、別に悪口でもなんでもない。お前はいつもオレに直接言ってくれる…………けどさ、何度言われたってオレは治らない。お前も、きっとオレを嫌いになるぞ?」
嫌いにならない。そう言っても彼は信じてくれないだろう。
御影は腹を括って、拳を握りしめた。
「ああっ! もう頭に来たわ! 分かった! なら、こうしましょう!」
御影はピシッと陽介を指さした。
「喧嘩よ、陽ちゃんっ!」
「なんだそりゃ?」
「男の喧嘩よっ! 拳でも魔法でも何でも来なさい! 先に立てなくなった方が負けっ! アタシが勝ったら問答無用で動けなくなった陽ちゃんを連れて帰るわ! 陽ちゃんが勝ったらどうせアタシは動けないし好きにして!」
きっと、彼は言葉で言っても納得はしないだろう。それなら直接対決しか方法はない。
どうせここは虚の中なのだ。いくら、魔法を使っても咎める者なんて誰一人いない。
「面白れぇ…………なよなよしてた泣き虫がどんだけ強くなったか見てやるよ」
「もうアタシは泣き虫なんかじゃ…………きゃっ!」
陽介の鋭い飛び蹴りが飛んできて、御影は小さな悲鳴を上げる。
「女みてぇな声出すんじゃねぇよ…………いや、オカマみてぇな声か? お前、野太い声してんもんなァ……?」
にやりと意地悪く笑う陽介に、御影はカッとなる。
「アタシはオカマじゃないわよ!」
御影はとんっと足元を鳴らすと、魔法陣が展開される。急いで呪文を書き込むが、その隙に陽介が新たに拳を繰り出した。
御影はそれをギリギリで避けていく。
「じゃあ、なんだよ? オネェか!」
「昔から言ってるじゃないっ! 私はオカマでもオネェでもないって!」
御影は陽介の拳を逸らすようにかわすと、足払いを掛けた。
しかし、陽介は軽々とそれを避けた。
「じゃあ、その女喋りはなんだよ! カテゴリ別で括れないそれは!」
「アタシのアイデンティティに決まってんでしょ! 簡単にカテゴリ別にされても困るわよ!」
「アイデンティティとか、普段英語が出来ねぇくせにいっぱしに英語使ってんじゃねぇぞ!」
「何よっ! 世の中に英語を使っちゃいけない決まりなんてないですぅ~! 英語は世界共通語ですぅ~!」
「誰が使うなって言ったんだよ? 何時何分何秒、地球が何回回った時ぃ~~?」
「出たぁ~~っ! その小学生みたいな喧嘩文句! 現代じゃネットで調べられるんだからね! 今に検索してやるから待ってなさい!」
「素直に検索してんじゃねぇよ‼」
陽介がフラッシュメモリーから魔法陣を展開する。
「インストール!」
陽介が得意とする風魔法が陽介の靴に書き込まれた。
「きゃっ!」
いっそう速さが増した陽介に動きに、御影は挑発的な笑みを浮かべた。
「ホント、陽ちゃんは小さいから動きが素早くて困るわ」
「言ったな、テメェ! いつかお前、背を抜かすからな!」
「うふふふ、絶対抜かせないわ。いつもご飯を作る時に『陽ちゃんの背がアタシを超えませんように』って念を込めてるもの」
「飯に嫌な念を込めてんじゃねぇよ! 呪いかよ!」
「失礼ね! 愛って言って欲しいわ!」
「それにしても重すぎるわ‼」
御影は書き込んだ魔法陣を複製し、無数に展開する。
魔法陣から黒い手が伸び、陽介を捕えようとするが、なかなか捕まらない。普段、フラッシュメモリを使わない御影の魔法は、威力はあるが時間がかかりすぎた。風魔法で速さが乗った陽介には追い付かない。
「くっ!」
「これで終わりだっ! 御影っ!」
陽介が新たに魔法陣を展開する。目の前に展開された魔法陣は大きく、すでに書き込みが終わっている。そして、その魔法陣は見覚えがあった。
「ウィンディアス・アサルト!」
陽介が呪文を唱えると、こちらに突撃してきた。
「もうっ! こうなったらっ!」
御影はフラッシュメモリからありったけの魔法陣を引き出し、展開する。そして、それを複合させ、巨大な魔法陣に作り変えた。
「!」
「ライトニング・バレット!」
光弾が魔法陣から放たれ、陽介を飲み込んだ。しかし、陽介の魔法が相殺しきれなかった。
「あいたぁっ!」
そのまま陽介にタックルされて、二人がその場に転がる。
「ぜぇー……はぁー……おい、みかげぇ……」
「なによぉ…………」
「互いに動けなかったらどうするんだぁー……?」
「スリーカウントで先に起きた方のかちぃー……」
「プロレスかよぉ……馬鹿じゃねぇのぉ……てか、どけよ?」
ちょうど、陽介は御影に押しつぶされたようになっていた。これでは陽介が起き上がることはできない。しかし、御影は構わず、わざと起き上がらなかった。
「すりー……つー……わーん……」
御影がゆっくり起き上がった。
「アタシの勝ちぃー…………」
「この卑怯者ぉー…………っぷ」
陽介の口から笑い声が漏れた。
それにつられて御影も笑う。
「あははっ!」
「あははははははははっ!」
互いになぜか笑い声が出てしまい、ひたすらに笑い転げた。
「お、終わったぁ~~~~~~っ!」
御影はそういうと、大の字に寝っ転がった陽介の傍に向かった。
「負けた…………あー、負けた。御影なんかに…………」
口をへの字に曲げた陽介が、見下ろす御影を見て言った。
「えへへっ! 今回はアタシの勝ちね…………」
疲れた御影は陽介の隣に寝転がった。
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