05 再会

「陽ちゃんっ!」

 御影は陽介のことを呼んだ。

 それは幻影ではない。彼の指に付けた指輪は赤い糸で繋がっていた。

「よかった、陽ちゃん! 無事だったのね、アタシ、ずっと心配して探して…………」

「なんできたんだよ?」

 御影の言葉を遮って陽介は冷たく言い、御影は足を止めた。

「……………………え?」

 まるで冷や水を浴びせかけられた気持ちだった。

 陽介は、まっすぐ過ぎる視線で御影に向ける。

「別に、オレのことなんてどうでもいいだろ? 早く向こうに帰れよ」

「なっ!」

 頭に血が上ったような感覚がした。御影は頬を膨らませて言った。

「陽ちゃんと一緒じゃなくちゃ、帰らないわよ!」

 そうだ。陽介が心配で追いかけてきたのだ。それなのに帰れとはどういう了見だ。それに、このまま彼をここに置いておけば、精霊石に喰われてしまう。

「アタシと帰りたくないなら、理由を言いなさい! 正当な! 理由を! 求めるわ!」

 御影がそういうと、心底うんざりした顔で陽介は御影を見やった。

 その顔を見て、御影はうっと言葉を詰まらせた。

 彼のそういう顔はいくらか見たことがあるが、今日はどこか雰囲気が違う。

「言われねぇと分かんねぇのかよ?」

 陽介はまるで吐き捨てるように言った。

「うぜぇんだよ」

「…………っ!」

 御影は絶句した。何も言葉が出なかった。

 そんな御影に容赦なく陽介は続ける。

「厄介事はなんでも持ってくるし、ベラベラ喋りまくってうるせぇし、はっきり言って迷惑なんだよっ!」

「そ、そんな……アタシは、そんなつもり……」

 確かに、昔から陽介になんでも頼る所はあった。おしゃべりは大好きだが、井戸端会議のようだと窘められたこともある。身に覚えしかない彼の言い分に、御影は返す言葉がなかった。

「昔から嫌だったんだよ、べたべたと纏わりつかれるのが。親友~とかいって隠し事ばかりしやがって…………それのどこが親友だよっ!」

「そ、それは…………」

 魔女族のことも確かに隠していることはまだある。自分が知らない終夜家のこともあった。しかし、いつかは話そうと思ってはいたが、彼がそこまで気にしているとは思わなかった。

「本当は友達だなんて思ってないくせにっ! オレは元々、お前のことなんて大っ嫌いだったんだよ!」

 陽介の叫びが周囲に木霊した。御影はその言葉にハッとして目を見開いた。

「嫌い…………?」

 御影は耳を疑った。陽介が、自分を嫌いと言った事実に拳を握り、真っすぐに前を向いた。

「嘘よ…………」

「は?」

「陽ちゃんは、そんなこと言わないわ」

 彼とは長い付き合いだ。御影は確信しかなかった。

「だって、本当に陽ちゃんがアタシの事が嫌いだったら…………ずっと前から友達じゃないもの」

 御影はそう言って、自分の指輪を見つめた。

 そう、彼はいつだって自分に真っすぐだった。そして、ちゃんと自分を見てくれていた。男だからとか女だからとか、魔女族だからとかそんな垣根はなかった。

 彼は終夜御影という人間を、見てくれていた。

「それに、陽ちゃんは意外に気が弱いから、真正面からアタシのこと嫌いなんて、嘘でもいえないわ。だから、陽ちゃんを返して。精霊石」

 陽介の冷たい目がこちらを見つめ、ふっと口元で笑って見せた。

「オナカスイタ……」

 彼の声とは思えない小さな子どもの声が、その口から漏れ出た。

 その瞬間に、まるで真冬のような寒さが御影を襲った。陽介の体から黒い靄が漏れ出て行く。それは佐々木から出ていたものと同じものだった。黒い靄は陽介の姿を覆っていき、「ううっ」と陽介が苦しそうに顔を手で覆った。

「オナカスイタ……イタイ、クルシイよぉ……」

 陽介の口から出た言葉はたどたどしく、声が震えていた。

「コイツジャタリナイ、コイツジャタリナイ。コイツハクエナイ。マジョノニオイ……」

 陽介は顔を覆っていた手を放し、御影は「うっ!」と顔を歪めた。

「オマエ、マジョ……マジョマジョマジョマジョマジョマジョマジョ!」

 陽介の顔が泥のように溶けていき、叫ぶような声で御影に手を伸ばした。

「タスケテ、タスケテ、タスケテッ!」

「!」

 精霊石は悲痛な叫び声をあげて御影の腕を掴んだ。陽介の体から漏れ出た黒い靄が体を飲み込んでいく。飲み込まれていく中、頭の中で走馬灯のように映像が頭の中で流れた。

「あははははっ!」

 それは少女の笑い声だった。

 狂ったように笑い声を上げる少女は、白銀に輝く鋏を振り上げていた。

『やめてっ! 助けてっ!』

 精霊石がそう叫び声を上げるが、ない魔力を無理やり引き出された。

 体が軋み声を上げて、激しい痛みが襲った。

『ああああああああっ! 痛い痛いっ!』

 痛みで蝕んでいく体、そして嫌な空腹感に頭がおかしくなりそうだった。

 御影は苦々しい顔で拳を振り上げた。

「…………ええ、今助けてあげるから」

 魔法陣を展開し、高速で呪文を書き込んだ。

「ライトニング!」

 叫ぶようにいうと、強い光がその靄を消し飛ばした。御影は魔眼を解放し、陽介から離れた靄を捉える。御影が指輪に力を込めると、その靄は指輪に吸い込まれていった。

 指輪の精霊石が紫色に変わり、御影は「よしっ!」と声を上げた。

 ピシッ

 まるで氷にひびが入るような音が、耳元で聞こえたような気がした。

「え…………」

 教室の壁や床に亀裂が入り、それが大きくなっていく。

 世界が崩れるような音がした。

 足元からそれは崩れ、御影は陽介に手を伸ばした。

「陽ちゃんっ!」



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