02 虚
「陽ちゃんっ!」
黒い何かに吸い込まれ、陽介の姿が消えた。
「陽ちゃん、陽ちゃん! どこに行ったの⁉」
御影は彼の姿を必死に探す。
あれは一体なんだ?
何か大きな音が聞こえ、黒い何かが陽介を覆ったのだ。
理解が追い付かない御影は、ただ混乱するばかりだ。
「彼は虚に行ったわ」
ひどく落ち着いた声がし、御影はその声の方へ向いた。
ボロボロになった精霊琥珀が不機嫌そうな顔でこちらを見ている。
「う…………虚? 虚って、まさかあの虚⁉」
魔女族の隠れ里、それが虚だ。しかし、何故そんな場所に行ってしまったのだ。
「知らないの? 虚は元々精霊の住処。精霊石がその空間へ行ける道を作れてもおかしくはないわ」
冷静な彼女は「まぁ、あの子の力じゃ魔女族の里にはたどり着けないでしょうけどね……」と付け加えた。
「でも、なんで…………虚なんかに?」
御影の言葉に精霊琥珀は嘆息を漏らす。
「もちろん、お腹が空いてるからでしょうね…………あの子、喰われるわよ?」
青い瞳が冷たく光り、御影は寒いものを感じた。
「喰われる……?」
佐々木が精霊石を使っている時もそんなことを言っていたような気がする。
喰われるとは一体、どういう事だろう。
御影の考えを察したのか精霊琥珀は、首から下げている棺に触れた。
「ねぇ、御影。精霊はどこから魔力を引き出していると思う?」
「え……それは命とかじゃないの?」
使えなくなった精霊石は、壊してしまうのが習わしだ。力尽きたから壊すものだと思っていた。それを聞いて精霊琥珀は首を横に振った。
「人間と同じよ。精霊はその属性に適したものを体内に取り入れるの。私なら、水ね」
言われてみれば、彼女はいつもペットボトルを手にしていた。てっきり攻撃用だと思っていたが、魔力の補給だったということか。
「使えなくなった精霊石は壊してしまうのは、精霊を解放して魔力を補給させる為。魔力がなくなった状態を飢餓と呼び、暴走した精霊石はその持ち主を喰らうわ」
「喰らうって……具体的には?」
「あら? 御影たちは粗悪品が及ぼす影響を知っていたと思うけど?」
「──ッ⁉」
御影は粗悪品の被害者の状態を思い出し、顔を青く染めた。そして、精霊琥珀がさらに追い打ちをかけた。
「最終的にたどり着くのは廃人ね…………精神汚染に、彼はどのくらい耐えられるかしら?」
ことは一刻を争う。そんな事態であるというのに、精霊琥珀は悠長に話し始める。
「飢餓状態の精霊は人間を虚に拐して、力を補給するわ。世間では神隠しっていうらしいけど、魔女族は虚喰いって呼ぶわ」
精霊琥珀は淡々というと、口端を持ち上げる。
「嗚呼、可哀そう。力がない精霊が作った虚なんて、使い捨てもいいところ…………心晴の学友くんの一人が、虚に一人残されて、そのままサヨウナラだなんて……」
どこか楽し気に話す彼女の肩を御影は乱暴に掴んだ。
「どうしたら…………陽ちゃんを助け出せるの?」
「……………………」
真っすぐに見つめたその目は、静かに揺らいでいた。
「答えて、精霊琥珀。どうしたら、陽ちゃんを助けられるの?」
「……………………」
何も答えない精霊琥珀に、苛立った御影の奥歯が軋む。
「答えなさいっ! 鏡花‼」
その声はもはや叫び声に近かった。一刻も早く助けなければ、彼が死んでしまう。冷静さが欠けた御影に、精霊琥珀は呆れたように言った。
「真名を呼ばなくなって答えるわよ……」
御影の手を払い除けると、彼女は棺を首から外す。
「虚への道を開けたことは?」
精霊琥珀の問いに、御影は首を横に振った。母の実家には幼い頃に行ったきりだ。その時も、母が実家までの通路を開いていた。
それを聞くと、精霊琥珀はジト目で御影を見やった。
「いいわ。虚への道は私が開けてあげる。彼を見つけるのはお願いね」
「陽ちゃんを見つけるだけでいいの?」
「本当なら精霊そのものも回収したいわね…………でないと代わりに誰かが喰われるだけ」
そういうと、精霊琥珀は黒くなった魔装具の石を見た。その石は徐々に色が薄くなっていき、透明になっていく。
「石は空っぽにしておいたわ。魔眼で無理やりにでも捕まえてきて」
精霊琥珀はカバンからペットボトルをもう一本取り出し、封を切った。そして、それを一気に飲み干した。そのいい飲みっぷりに御影は不安になる。
「貴方、そんなに飲んで心晴ちゃんの体は大丈夫なの?」
「バケツ三つがあったって足りないくらいよ。本当だったら、本体に直接飲ませたいけどね」
ペットボトルを潰すと、目を閉じて肩を回した。
「…………ま、この子の魔力の回復量も早いし、もろもろのことは心配しなくて平気よ」
精霊琥珀が再び目を開けた時、魔眼が解放された。
「行くわよ」
そういうと、空間に真っ黒な穴が開いた。それは、陽介を吸い込んで行った黒い何かと似ていた。
まるで奥が見えない穴に、御影は深淵とはこのことを言うんだなと思った。
思わず、息を呑む御影に、すっと精霊琥珀がこちらに手を伸ばす。
真っすぐこちらを見上げる青い瞳は、なんとも力強い眼差しだった。
意を決して、御影は精霊琥珀の手を取った。その時、彼女の唇がにやりと笑う。
「へっ…………?」
御影の足元が宙に浮いたと思うと、ぐるんと視界が回る。
「オラァ! 行ってこい‼」
心晴の声とは思えない野太い声と共に、御影は宙に放り出された。
「精霊琥珀ぅうううううううううううっ!」
御影は恨めしそうに叫びながら、闇の中に落ちて行った。
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