五章 光と影

01 暗闇




 自分のことが嫌いで嫌いでしょうがなかった。

 何をしても否定される。

 何を言っても肯定されない。

 返ってくるのは、ため息交じりの呆れた声ばかり。

 その言葉とため息の意味が、自分をふるいに掛けるものだと知ったのは大きくなってからだった。

 だから、こんな世界が大っ嫌いだった。



 ◇



 上も下も分からない暗闇の中、陽介は目を覚ました。

(どこだ、ここ……)

 とりあえず足元を蹴ってみる。

 こんっと、つま先に固い何かが当たった。どうやら、そこが床らしい。

 陽介はフラッシュメモリーから光魔法を引き出した。

「ライトニング」

 魔法陣から現れた手のひらほどの大きさの光体が、辺りを照らす。その光で見えたのは、自分の姿だけだった。まるで世界が闇に飲まれてしまったかのように、奥まで光が届くことはなかった。

(ここは、どこだ?)

 陽介は周囲を警戒しながら歩き出した。

 もしここが結界の中なら、きっと壁があるはずだ。そう思った陽介だったが、その推測は外れた。いくら歩いても壁にはぶつからず、ただ暗闇が続いていた。

「なんなんだ……ここは……」

 思わずため息が漏れる。

 ライトニングで明かりを増やせば、先が見えないかとも考えたが、魔力の無駄だと諦める。

 御影のように魔眼の一つでもあれば違っただろうかと、陽介が肩を落とした時だった。

「ふふっ……」

「……っ!」

 背後から笑い声が聞こえ、弾かれたように振り返る。

 そこにいたのは、小柄で白いワンピースが良く似合う金髪の子どもだった。

 長い金髪は背中まで伸びていて、ワンピースの裾から見える肌は驚くほど白い。一見、少女とも見間違えるほどの姿に、陽介は見覚えがあった。

「お前……っ!」

「………………」

 その子どもはクスクスと笑って、陽介に背を向けて駆け出した。

「ま、待てっ!」

 陽介はその背中を追った。しかし、どんなに追いかけても、その距離は縮まらない。

「おい、待て……! 待てって!」

 笑い声が木霊し、だんだん距離を離されていく。

「待てっ! おい、聞こえないのかよっ! おい…………御影っ!」

 そう陽介が叫んだ時、何もない空間に風が吹き抜けた。辺りが急に明るくなり、その眩しさに目を閉じた。

「な、なんだ…………⁉」

 再び目を開けた時、陽介は愕然とする。

 一面緑に覆われた林の中だった。辺りでは季節外れの蝉の鳴き声が響き渡る。

 ここを、自分は知っている。忘れるはずもなかった。

「あははっ!」

「……っ!」

 あの笑い声が聞こえ、その方を見た。林の奥で白いワンピースが見え、陽介は駆け出した。

 獣道の斜面を蹴り上げて、たどり着いたのは丘の上に立った大きな木だった。

 強い日差しは眩しいはずなのに、その暑さも感じさせない。ただ、蝉の鳴き声だけが季節を感じさせた。

 丘の上にある木の下に、ワンピース姿の彼がいた。

 陽介は彼に近づくと、その目線がだんだん近しいものになっていく。

「…………」

 俯いてワンピースの裾をぎゅっと掴んだ彼を、陽介は訝し気に見つめた。

「…………お前は、誰だ?」

 自分の知る彼は、もうこんな可憐な少女のような姿ではない。

 自分よりも遥かに背が高く、触れたら壊れそうなんて微塵にも思えないほどの体格だ。

 そう、目の前にいるには自分の幼馴染ではない。

 幼馴染の姿をした何かだった。

 ふふっと笑ったその何かは、顔を上げた。

 そこには深い深い闇があった。

「⁉」

 腕を掴まれて、それを払おうにも見た目からは想像もつかないほどの力で逃げられなかった。

「クソっ! てめぇ……」

 身動きを封じられた陽介は、その闇に食われた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る