04 追憶
目覚めてからずっと考えていた。自分の存在意義を。
久しぶりに棺の蓋を開けられた時、降ってきた声は自分が良く知る人と似たものだった。
『初めまして、雨海心晴です。よろしくね』
少しおどけた優しい声は、幼き頃の彼女を彷彿させる。顔は、そんなに可愛くない。かといってとりわけ不細工というわけでもない。平凡の中の平凡。どこまでも彼女にそっくりだ。
彼女の顔、そして聞いた事のある名前。きっとこの子はタツの孫なのだろう。この棺を開けられたということは、それだけの魔力を持っている。娘の
日にちを掛けてじっくりと魔力を蓄え、徐々に視界が明るくなっていく。
(さてさて、外の景色でも見てやるか)
彼女の目を通して見えた光景に、精霊琥珀は絶句した。
信じられないものばかりだった。
壁一面に張られた白黒の幕。
真っ黒な喪服に身を包んだ人間達は涙を流し、坊主が真っ白な棺の前で経を読み上げていた。
坊主の目の前には、こちらに微笑みかけているタツの写真が黒い額縁に入って置かれている。
──嘘だ。
最後に真っ白な棺の窓を覗き込んだ。窓から見えたタツの顔は、真っ白な死化粧で不自然なほど白い。
心にぽっかりと開いた穴が塞がるよりも先に、棺の窓が閉じられる。
(嘘だ…………こんなの、嘘だ!)
火葬場へ運ばれていくタツの棺。まだ心晴の体に自分の魔力が馴染んでいないせいで、後を追うことも手を伸ばすことすらもできない。
(待って! 行かないでタツ!)
自分の声が届くはずもなく、棺は火葬場の奥へと消えて見えなくなってしまった。
(タツ…………タツ…………私、まだお別れを言ってないよ…………セイイチロウにたくさん意地悪したことも謝れてないよ…………まだ話したいことだってあったよ。最期にありがとうって言いたかったよ…………タツ…………タツ…………)
人間に寿命があることは知っている。
今までの持ち主たちもどんな形であれ、必ず命が尽きていった。
終夜タツという人間は、最も長く自分を所有し、最も近しい存在だった。彼女が死ぬ時は自分も涙するだろう。そう思っていた。
しかし、最期の別れは涙も流せなかった。
しばらくして、何も知らない心晴の体を借り、夜の街を歩いた。
様変わりした世の中に、ただただ嘆いた。
本当に、独りぼっちになってしまった。
自分の存在を知る者は誰一人としていない。今の所持者である心晴は、終夜の名も、魔法も、何もかも知らないだろう。
──ねぇ、タツ。私はどうしたらいいの?
『痛いよぉ…………』
(──っ!)
喧しく流れる音楽に交じって、かすかに聞こえた声があった。
『痛いよぉ…………苦しい……助けて…………』
それは精霊が嘆く声だった。遠くの方で助けを呼ぶ仲間の声は、こちらに痛みが伝わりそうなものだった。
気づけば、精霊琥珀はその場を駆けだしていた。まだ馴染み切ってない体で息を切らしながらその声の方へ向かった。
──そうだ、私にはこれしかない。
◇
最後に一発食らわせ、姿を眩ませようと思った。無数に展開した魔法陣に自身の魔力を注ぐ。
「今度こそ、王手よ。学友くん達…………うっ!」
急に痛み出した頭を押さえると、魔法陣の色が薄れていく。再び魔法陣を展開させることに集中するが、痛みが邪魔していた。
(なんで……?)
今までこんなことはなかった。タツの体でさえ、こんな痛みを感じたことがない。
(ダメだよ!)
激しい頭痛と共に、頭の中で木霊する少女の声。
「心晴…………!」
押さえ込んでいた心晴の人格が顔を出していた。まさかこんなに早く介入してくるとは思わなかった。
精霊琥珀は目の前にいる心晴の人格に向かって叫んだ。
(邪魔しないで、心晴っ!)
(嫌だよ! これ以上、御影ちゃんたちをいじめないでっ!)
(うるさい……うるさいうるさいっ! 魔女族の誇りも、終夜家の責務も知らないくせにっ! 友達もまともに作れない臆病者がこんな時にだけしゃしゃり出てくるなっ! 根暗は根暗らしく日蔭で丸くなってろっ!)
精霊琥珀の強い言葉に心晴は小さく震える。
(何も知らないくせに……この子がどんなに苦しんでいるかも、なんで私がこの子のために動いているかも…………タツから何も聞かされずに渡された……ただの小娘が!)
徐々に収拾がつかなくなってきた感情は、もはやただの八つ当たりだった。
(私は…………私は、アンタなんかに譲渡されるなら……タツと同じ棺で眠りたかったよ……)
心晴はそんな精霊琥珀から一度も目を逸らさなかった。
(確かに、私はまともに友達も作れない臆病ものだよ…………魔法のことも、魔女族が何なのかも分からない…………)
心晴は声を震わせながらも、拳を強く握った。
(でも、これから変わることも…………知ることもできるよっ!)
(──っ!)
(貴方の記憶を見て、おばあちゃんがどんなに大切な存在か痛いほど伝わってきた…………だから、今度は私が…………貴方と向き合うよ)
精霊琥珀は奥歯を軋ませた。
「なんて生意気なの…………タツの孫のくせにっ!」
「精霊琥珀っ!」
ハッと我に返り、精霊琥珀は顔を上げた。
目の前にいる心晴の学友たちが魔法陣を展開しているのを見て、精霊石を握る手に力を込める。
「この……っ!」
棺の中にある本体から魔力を引き上げようとした時だった。
「鏡花!」
名前を呼ばれ、体の自由が利かなくなる。
(まさか……っ!)
御影の方を見ると、彼の瞳が紫色に輝いていた。
それは魔女族の魔眼。精霊を縛り付ける力を持つが、名を与えられた精霊琥珀には効力が低いものだった。しかし、名前を呼ばれたせいで魔眼の力が作用している。
(どこで私の名前を…………)
精霊琥珀は、あの時自分の記憶を見せたことを思い出した。
「魔女の名を終夜御影。汝の名に我が名を刻むわっ!」
棺の中にある本体が淡い光を放った。
「くっ!」
すぅっと教室内に風が流れ込む。陽介の魔法陣から風の塊が生成されたのを見て、目を見開いた。
「ウィンデアス・スフィア!」
放たれた風の塊が精霊琥珀に直撃した。その衝撃で握っていたものを手放してしまった。
どす黒く変色した精霊石にひびが生えたのが見えた。
(──しまっ……!)
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