02 捜索

「クソ! アイツ、どこ行ったんだ!」

 気絶した佐々木は深紅に任せ、陽介たちは精霊琥珀を探していた。しかし、彼女が行きそうな場所を二人はまったく分からなかった。

 相手は水の中まで行き来する。そんな相手が一体どこに行くかなんて検討がつかない。追いついたとしてもすぐに逃げられてしまうだろう。

「おい、御影! お前も真面目に探せよ!」

「ん~っ! ちょっと待ってっ!」

 御影はそう低く唸りながら「私の精霊の声を聞く聴覚よ。戻ってこーい」と呟いていた。

 それを見た陽介はムッとして御影の背中を強く叩いた。

「痛いっ!」

「真面目に探せって言ってんだろ! 何が聴覚だ!」

「ちょっ、陽ちゃん! アタシは別にふざけてるわけじゃないの!」

 叩かれた背中を擦りながら、御影は言う。

「さっき精霊琥珀を見つける時に、声が聞こえたの……たぶん……粗悪品の精霊石の声だと思う」

 苦しい、痛いと泣いている声が、今も耳にこびりついている。あんな声を聞いてしまえば、同朋である精霊琥珀じゃなくたって助けたくなってしまう。

「なんでそんなのが急に聞こえたんだよ?」

「それがよく分からなくて……精霊琥珀の魔導遺物の中身を見させられたせいだと思うけど……」

 あの中身を見たのかよと陽介はぎょっとするが、首を横に振る。

「まあいい。でもどうする? 指輪もこんなになっちまったし」

 二人の指輪についている精霊石の欠片は真っ黒に変色してしまっている。魔力を流しても魔法も発動しなかった。ただの指輪になってしまった魔装具に、精霊石探しには当てにできない。

「どうなってんだよ……精霊石がこうなるなんて……」

 そうぼやく陽介に、御影は苦々しく口を開いた。

「魔女の魔眼のせいよ…………」

 それを聞いて、陽介は怪訝な顔をする。

「それってあの紫色の目のことか……?」

 心晴の目が青から紫色に変わった。それは陽介にも見覚えがあった。何度か御影も紫色に変わっているのだ。

「そう…………魔女族の血筋でも希少な目なの……精霊を視認して、魔力で縛り付けることができるらしいけど、アタシはあまり詳しくないの。ママも持ってないし……」

 精霊を魔力で縛り付ける。魔装具の精霊石は精霊を集めるものだったはずだ。つまり、石に精霊を宿らせないようにしたのかもしれない。

「おいおい。お前は使えないのか?」

「…………ごめんね」

 御影は苦笑して言い、陽介はムッとした表情をする。

 そして、御影の丸まった背をバンッと大きな音がするほど強く叩いた。

「痛っ!」

「謝んなっ! 次の方法を探すぞ!」

 陽介はスマホを取り出して、心晴の連絡先を引っ張り出した。

「奇跡でもいいから反応しねぇかな!」

 もはや、やけくそと言ってもいい。二人で心晴にメッセージ送り付ける。精霊琥珀がスマホを扱えるかも怪しかったが、偶然でもいいから反応しないだろうか。淡い期待も儚く散り、再び二人は頭を抱えた。

「おい、御影。この間みたいに闇魔法でアイツの影とか追えないのか!」

「あれは先に相手の影に魔法を組み込まないといけなのよ……陽ちゃんこそ、フラッシュメモリーになんかいい魔法とか残ってないの⁉」

 御影はあまり現代魔法を使わない。魔女族である彼の魔力は通常よりも強い。魔力の保存は箪笥の肥やしなりかねない上に、あっという間に容量がいっぱいになってしまう。陽介のようにフラッシュメモリーに頼らないせいか、自分の得意な闇魔法しか使わないのだ。

 陽介に至っては、人間界の現代科学の文化に染まり切っている。人探しや連絡手段は魔法ではなく、スマホで事が足りてしまっている。そう言った魔法はフラッシュメモリーに入れてはいない。

 ますますお手上げ状態になってきた二人。しかし、御影がハッとした顔をする。

「……ああっ! そうだった!」

 御影が声を上げてスマホを操作する。

「なんかいい案あったのか?」

「GPSよ!」

 たしかに、位置情報が分かれば心晴のスマホの位置を特定できる。しかし、他人の位置を特定するには色々条件があったような気がする。

「実は、精霊琥珀のことを知ってから心晴ちゃんの場所を特定できるように設定しておいたのよね…………精霊琥珀のことってアタシよくわからなかったし」

「なんでそんな重要なことを忘れてんだよ!」

 御影のスマホを確認すると、地図に心晴の位置情報が提示される。

「これは…………小学校?」

 ここから遠くない場所に学校があった。心晴はそこから動いていないように見える。

「近いわね、行こう。陽ちゃん!」

 走り出そうとする御影の服を陽介は掴んだ。

「馬鹿野郎。ちんたら走ってたら遅い。飛ぶぞ」

「…………え?」

 遅い?

 そう言われた後に陽介に頼まれて、御影は姿くらましの魔法を自分たちに付与した。陽介はスマホで目的地の方向を確認して頷き、フラッシュメモリーから魔法陣を足元に形成する。自分よりも大きい御影を抱えて詠唱する。

「ウィンデアス!」

「きゃぁッ⁉」

 緑色の魔法陣から風が舞い上がり、二人の体が空高く打ちあがった。眼下に広がるのは、宝石のように煌めく街の灯。しかし、すでに絶叫マシーンに乗ったような感覚に陥った御影に、そんな光景をゆっくりと眺める暇はなかった。

「ようちゃ──」

 青ざめた顔で名前を呼ぼうとする幼馴染を見て、陽介はにやりと笑った。緊急用にフラッシュメモリーに貯めていた魔力を引き出し、御影の背よりも大きな魔法陣を形成した。

「ウィンデアス……アサルト!」

 魔法が発動し、まるで台風の時のような暴風が二人を襲った。

「いやぁあああああああああああああああああっ!」

 御影が叫び声を上げながら、必死で自分から魔力を引き上げた。このままどこかに地面に激突すれば、文字通り跡形も残らない。そう瞬時に悟った。

 自分たちに魔法を付与すると、ただひたすら無事に着地できることを祈った。

 目標の学校が見え、陽介がさらに魔法陣を展開する。これから落ちる場所に無数の魔法陣を設置すると、こちらの勢いを打ち消すように風魔法を発動させた。しかし、それで勢いは止まらなかった。

「げっ」

 地面に激突すると思った時、思わず目を瞑った。その時、どぶんと水の中に落ちる音がし、陽介は目を開ける。

(お…………?)

 そこは真っ暗だったが、まるで水中にいるようなふわふわとした感覚がする。

(御影の闇魔法か…………?)

 頭上に光が見えたと思うと、力いっぱいに誰かが陽介の腕を引っ張った。

「ぷはぁっ!」

 浮上した陽介は自分を引き上げた相手を見上げた。緑色が帯びた黒い瞳が不機嫌そうにこちらを見ていた。

「よ・う・ちゃ・ん?」

 にこやかに微笑むその顔には青筋が浮かんでいる。

「もう、その魔法はアタシがいない時は絶対に使わないで! 絶対によ‼」

「お、おう…………」

 どうやら、御影の魔法で影の中に入り込んでいたらしい。これで固い地面に着地していたら無傷では済まない。むしろ、無傷で済んだのは御影のおかげだ。

「まったく……無茶するんだから……おかげで五分も掛からずに着いたけど……」

 二人が目の前の建物を見上げる。それは小さな小学校だった。地元の小学校と比べると小さく、二階建てだ。もう廃校になっているのか校庭には雑草が伸びきっていて、まるで原っぱのようだ。

「ここに精霊琥珀がいるのか?」

「間違いないわね。まだ移動はしてないみたい」

 スマホを確認した御影がそう言い、二人は校舎に入れそうな場所を探した。ちょうど窓が開いている場所があり中に入ると埃の臭いが充満していた。

「アイツ、どこにいるんだ?」

「二手で探すか?」

 二人の精霊石が使えない今、しらみ潰しに探すしかない。幸いにも小さな学校だから探すことにそれほど時間はかからないだろう。

「そうね、アタシは二階を探すわ」

「じゃ、オレは一階。見つけたら連絡しろよ」

 階段で別れると、御影は階段を上がっていった。陽介は一階の教室から探していった。





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