09 開眼
見つけた。
見つけた、見つけたっ! ようやく、泣いているあの子を見つけた。
精霊琥珀は、ただそれだけを考えながら駆け出した。
「精霊琥珀、待ちなさいっ!」
後ろから追ってくるのは、綺麗なブロンドの髪をした少年。長かった髪は短くなってしまったが、それも愛らしく見える。息を切らしながら追いかけてくる彼を見て、精霊琥珀は足を止めた。
ビスクドールのように整った顔立ちをしたその少年は、タツの遠い先祖と同じ血を持っている。
「ぜぇー……はぁー……貴方ねぇ! いきなりどこに行くのよぉ!」
普通の魔法使いは精霊の声を感知できない。しかし、彼は魔女族であるにも関わらず、精霊の声を感知できていない。精霊琥珀はその事実に嘆かずにはいられなかった。
(ああ、なんて勿体ないのかしら……)
世の魔法使いが喉から手が出るほど欲しがるものを持っていながら、その才能が埋もれてしまっている。まるで磨かずに捨てられた原石のようだ。
おそらく、今の彼では心晴よりも魔法が使えないだろう。
「どこって、あの子のところよ?」
「あの子…………?」
おそらく、誰の事か分からないだろう。声も聞こえないなら仕方ない。
「ええ、小さな精霊石。とても可哀そう……飢えて、美味しくもない供物を食べさせられるなんて……」
精霊石の力を使う代償に、何かしらの供物を与えているのだろう。しかし、それだけでは精霊石の力を補うことなんて出来ない。
「貴方……何言ってるの?」
怪訝な顔をして、彼はこちらを見上げた。
彼はまだ知識が乏しいのだろう。学生としてはまだいいが、魔女としては落第点だ。
「精霊石の持ち主が人間に少なからず影響を及ぼすのは知っているわね?」
「ええ、本物でも起こすのは知っているわ……それが何?」
「それはね、精霊石に宿った精霊が飢餓状態に陥った時に起こるの」
「飢餓…………?」
まだ分かっていない彼に、精霊琥珀は胸元の魔導遺物を握りしめた。
「ええ、そろそろ喰われるわよ? あの子……」
にやりと笑って、その蓋を開けた。
◇
彼女が言っている事を御影はあまり理解出来なかった。
しかし、彼女が言う飢餓状態で精霊石の副作用が起こるのなら、今は危険な状態なのではないか。
彼女は「可哀そう」と言いながらも、驚くほど落ち着いていた。
「そろそろ喰われるわよ? あの子……」
そう言って微笑んだ精霊琥珀は、胸元の魔導遺物の蓋を開けた。
「──ッ?!」
一瞬、御影の背筋が凍った。
彼女がその蓋を開けた時、中にいる何かと目が合った。
その瞬間、頭の中に走馬灯のように映像が流れてくる。
『お初にお目にかかります、せいれい様。タツと申します』
『きいて、せいれい様。私に許嫁ができたみたいなの』
頭に流れてきたのは心晴によく似た少女の姿だった。そして、次々と色々な声や映像が流れてくる。
『ねぇ、鏡花。今度初めて許嫁様に会うの』
『初めまして、終夜家のご令嬢。オレは狭間 セイイチロウと言います』
『あんな男のどこがいいのよ、タツ?』
『タツさん、オレに騙されてみませんか?』
『あぁあああああああああっ! まだるっこしいぃいい! セイイチロウぉおおおおおおっ! お前だけは絶対許さねぇえええええええ!』
『ぜったい、ぶっころ。まずは手始めにセイイチロウのお茶に冷飯つっこんでやる』
『湯飲みにお茶漬けなんて斬新な発想ですね、鏡花さん。あー、お茶漬けオイシイナァ』
『美味しいなぁ、じゃねぇよ。喜ぶな、この能天気ぃいいいっ!』
『鏡花、お腹の子は女の子なんだって』
『ねぇ、鏡花。私が死んでも、セイイチロウさんのことは忘れないでね』
『嫌でも忘れないわよ…………もちろん、タツのことも』
『ねえ、鏡花。孫の名前は心晴にしようと思うの』
『ねぇ、鏡花。役目のことは忘れて、もう休んでいいのよ?』
『嫌よ……ねぇ、タツ。タツってば!』
その映像と声が途切れ、御影はハッとする。
(何、今の……?)
戸惑っている御影は目の前に精霊琥珀を見ると、彼女はにっこり微笑んだままだった。
「精霊琥珀、今のは…………」
「御影―――――っ!」
御影が問い詰めようとした時、遠くから陽介の声が聞こえて振り返った。
「心晴は⁉」
陽介の言葉に、御影はハッとして精霊琥珀の方を向いた。そこに精霊琥珀の姿はなく、御影は顔を青く染める。
(ウソでしょ⁉)
あの一瞬でいなくなるとは思わなかった。陽介とは違い、彼女は指輪を付けていない。指輪で精霊琥珀の反応を見るにしても、それでは闇雲に探すことになる。
(どどどど、どうしよう! このままだと心晴ちゃんが、精霊琥珀にいいように使われちゃうっ!)
目覚めた心晴がぴよぴよ泣きながら「みかげちゃん、ようすけくん、たすけてー」と呼ぶ姿を勝手に想像する。
(やばい! 一大事だわ! どうしましょう…………)
ぽつ……ぽつ……
「ん?」
御影の頬に何か落ちてきて、顔を上げた。
「ウソ⁉ 雨⁉」
次第に雨脚は強くなり、さらに焦る御影の耳に誰かの話し声が聞こえてきた。
『痛いよぉ……』
「え?」
御影はやってきた陽介と深紅をまずは見た。しかし、彼らは怪我した様子は全くない。それに、声は小さな子どものような声だった。
『痛いよぉ……お腹空いたよ……』
「御影、どうした?」
陽介が怪訝な顔で御影を見上げていた。しかし、耳鳴りに似たノイズ音が頭の中に響き、別の映像が流れてくる。
『苦しいよぉ…………痛いよぉ』
その映像は、どこかの公園。抉られた地面と進入禁止の看板。周りには林に囲まれている。そして、急いで走る茶色の髪をした少女の後ろ姿。
『お腹空いた…………誰か…………誰か……』
目の前の少女に手を伸ばされた時、きらりと雨粒が光った。
『見つけたわ………………』
煌めく雨粒に映った、ひどく冷めた瞳と目が合った。
「御影っ!」
「⁉」
映像が途切れ、陽介がさっきとは違い、心配そうな顔をしていた。
「大丈夫か?」
「あ…………うん……それより、陽ちゃん! 心晴ちゃん、たぶん、森林公園にいる!」
「は⁉」
「いいから、ついてきて!」
御影はいきなり駆け出し、深紅と陽介はそのあとを追った。
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