08 本音



 二人と別れてから、しばらく陽介と深紅の間に会話らしい会話はなかった。気まずい沈黙が流れる中、先に口を開いたのは陽介だった。

「なあ、真霧。お前は御影が嫌いなのか?」

「はい?」

 超ド直球な質問に、深紅は困惑した顔をしていた。

「何をいきなり言い出すのですか?」

「だって、ほら。お前、いつも敵意剥き出しだし、御影には食ってかかるだろ? でもその割には調べたこととか惜しみなく教えてくれるじゃん?」

 そう、彼女は何かとぎゃんぎゃん騒ぎ立てるが、事件のことについての情報共有はしっかりとしていて協力的である。公私を分けていると言えばそれまでだが、彼女は御影をいじめたいわけでも何でもないと陽介は思っていた。

「普段つんけんしてるけど、お前っていうほど悪い性格してないし。御影になんかあんの?」

 自分でもかなり踏み込んだ話をしていると思う。そんなことを聞けば、かなり嫌な顔をされるだろう。実際、深紅は「いきなり何言ってんだコイツ」という目をしていた。

 彼女はため息をついた。

「てっきり、貴方は私のことを嫌っていると思っていましたわ……よく見てますね」

「そりゃ、これから長くなるかもしれない付き合いじゃん? それに、お前のことは御影の次に面倒臭いと思ってる」

 堂々とした陽介の言葉に、ぎょっと深紅が目を見開き、戸惑い気味に口を開く。

「貴方達……お友達なのよね?」

「ああ、友達だ。親友っていうか」

「なのに、面倒臭いって…………その……悪口じゃない?」

 悪口。それはちょっと違うなと陽介は首を傾げた。

「友達の悪いところって、目をつぶる必要があるのか?」

「は?」

「正直、御影は面倒臭いし、オレのことはすぐ可愛いっていうし、背が伸びないように念を掛けてくる。おまけにうるさいし、おしゃべり。喧嘩もしたな?」

 エスカレーター式で付き合いが長い同級生はいるが、一緒に休日に遊んだり、放課後に出かけたりするのは御影が圧倒的に多い。

「でも、そういうところを含めてオレは御影が好きだ。面倒臭くて関わりたくないとか、面倒がないから関わるっていうのは、ただの利害関係の一致だろ? そこからの友達関係っていうのは、もちろんある。でも、それだけが友達じゃないとオレは思う。だから、お前も面倒くさいとは思うが嫌いじゃない」

 深紅はまるで理解できないと言うように首を横に振った。

「貴方、真っすぐすぎない?」

「世の中には、誰とも仲良くなる才能を八方美人や無関心って揚げ足とるヤツもいるぞ?」

「そうね…………そうね」

 一言目は自分に言い聞かせるように、そして二言目は、何かを思い出したように同じ言葉を繰り返して、深紅はため息をついた。

「そういえば、終夜御影に何かあるかって話だったわね?」

「ん? ああ、そうだな?」

 彼女は吹っ切れたように鼻で笑う。



「ふふっ……何かあるかって? そんなの……あるに決まってるでしょ!」



 突然大声を出した深紅にびっくりして、クロコが陽介の腕の中に飛び乗った。

「いきなり大声だすなよ!」

「ごめんなさい……でも、これだけは譲れないのよっ!」

 声の大きさが抑えられたが、それでも彼女の怒りは言葉尻から漏れ出ていた。

「なんで…………ですか?」

「は?」

「なんで……私より、アイツが注目されるのですか!」

「…………はい?」

 なぜって言われても……と返答に困った陽介だったが、彼女は陽介の返答も待たずに話し続けた。

「いいですか! 魔法界でも旧家の一角、名門校でおまけに特殊専門学科主席の私が、人間界で評価されないのはわかりますわ! それでも! 容姿丹精、才色兼備、立てば芍薬しゃくやく、座れば牡丹ぼたん、歩く姿は百合の花とまで言われたお嬢様のこの私が! 誰にも注目されずに一日を過ごすなんて初めてですわ‼」

 そう、彼女はいつも注目の的だった。真霧家の末娘で、名門校の特専学科に通い、そこらへんにいる女子より容姿も魔法も何もかも優れていると自覚もあった。

 自分とペアになる人物はさぞかし優秀で、深紅とペアになったことを誇るだろう。そう思っていた。

 しかし、ペア決めの時、深紅のペアとなる人物は現れなかった。あの時は各校の生徒が全員参加したのだ。しかし、余ってしまった。赤い糸で三人チームになったところもあるのに、彼女だけが残されてしまったのだ。

 それは別にいい。自分に見合う力がある者がいなかったのだ。そう思うことにした。

 そして、問題の人間界の学校へ編入初日。掴みはばっちりだったと自分でも思う。特に男子からの視線は痛いほどだった。

(ふふふっ、これで人間界でも注目の的ね!)

 そう思っていた。

 ホームルームが終わった後、視線が深紅に向かった時だった。

「おい、七組にオカマのハーフがいるぞ!」

 クラスに駆け込んできた他クラスの生徒の言葉に、教室中がどよめいた。

「は? オカマ? ハーフ?」

「マジだって! しかも、デケェの!」

「マジかよ!」

「おい、見に行こうぜ!」

 ばたばたとクラスの半数が出て行ってしまい、深紅を気にしてきてくれたのは、クラス委員長の少女だけだった。

 そう、クラスの話題は全て終夜御影ハーフのオカマに持っていかれてしまったのだ。

 今までずっと注目の的であった深紅にとって、屈辱だった。

「おかしいでしょ! なんで私がオカマに先を越されるのですか!」

 ここに御影がいたら、「オカマじゃないわよ!」と叫んでいたであろう。

 これには陽介も同情する。

「そりゃ、高身長で、女口調のハーフが同時に編入してきたらお前なんて霞むわ」

「それが納得いかないの!」

 彼女のプライドが許せなかった。これは敵視ではなく、ライバル視だ。

「なるほど……だから御影をねぇ……」

「それだけじゃないですわ」

「ん? なんだよ、まだあんのか?」

「だって、彼は終夜家の人間でしょ? 終夜って言ったら、魔導遺物の研究で有名な一族じゃない?」

「…………は?」

 そんなの初耳だ。彼が魔女族であることは知っているが、御影の父は魔法界の人間でも会社員と言っていた。御影自身も一般家庭だと常々言っている。

「貴方は知らなかったのですか?」

「だって、アイツの親父は会社員で……」

(いや、でも……)

 御影は自分の目のことで隠し事をしている。家のことで陽介に隠し事をしていないとは限らない。

 深紅は怪訝な顔をして陽介を見た。

「貴方、旧家を知らないなんて本当に魔法界の人?」

「オレは生まれも育ちも人間界なんでね。母さんは人間で、親父が魔法界の人。親父も単身赴任だしな。魔法界だって片手数えるほどしか行ったことねぇよ」

 それを聞いて、「ああ、なるほど」と深紅が半目になる。

「本当、ちぐはぐね……私たち」

 そう、深紅が言って、沈黙が流れた時だった。

 よく聴く流行りの曲が静寂の中に流れる。それは陽介のスマホから聞こえた。

「どうした、御影?」

『陽ちゃんっ! 大変なのっ! 心晴ちゃんが、見つけたって言って、飛び出して行って!』

「わかった、とにかく今から行くから!」

 陽介はスマホを切って、深紅の方を向いた。

「アイツが何か見つけたらしい、行くぞ」

「ええ!」

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