07 グーとパー
「んで、これからどうするんだ?」
ショッピングモールを出た四人はこれから髪切り魔を捕まえに行くのだが、大人数で行動していても仕方ない。そこで、深紅は二人組になることを提案した。
「相手が持つのは闇の精霊石。それに相対するのは光属性。そこで、光属性と相性が良いお二人の力がいりますわ」
御影と陽介は思わず顔を見合わせた。
「なんでオレたちが光属性と相性がいいんだよ?」
「ご自分の指輪を確認してないのですか?」
二人の指輪にはめられた精霊石。陽介は透明度が高く、御影は乳白色に輝いている。これは光属性と相性がいい証拠のようだ。深紅の精霊石は、紫色に輝いている。
そもそも、この指輪に嵌められた石は厳密には精霊石ではない。精霊石を作るための空の結晶なのだ。研究に研究を重ね、身に着けた者と相性のいい精霊が寄ってきて閉じ込めるようにしたようだ。ただし、中には他の属性の精霊も混じることもあり、透明度が高いほど一つの精霊がその結晶に入り込んでいるようだ。深紅の指輪は紫色。闇属性の精霊が多く集まったようだ。
そして、捕まえる手順を説明すると御影が苦い顔をした。
「でもアタシ、光魔法なんて使ったことあまりないんだけど……」
「オレもだな……せいぜい懐中電灯の代わりに使うぐらい?」
そう二人がいうと、深紅はクロコを呼び付け、分厚いファイルを取り出す。その開いたページにはずらりと並んだ光魔法の呪文の数々が記されていた。
それを見てぎょっとする二人に、深紅は微笑みかけた。
「フラッシュメモリーに保存しなさい。いますぐ」
「……うっす」
二人は短く返事をし、大人しくフラッシュメモリーに呪文を書き込んだ。
書き込みが終わるまでの動作を心晴が目を輝かせてみていた。
「ねぇ、真霧さん。あれってなに?」
心晴にとって、魔法とは童話や小説のように呪文を唱えて使うものだと思っているだろう。深紅もどこか嬉しそうに「あれはね」と説明をしていた。
「終わったぞ…………」
「アタシも……」
膨大な量の呪文をフラッシュメモリーに保存した二人に、深紅は満足げに頷いた。
「それじゃ、チーム分けね? グーパーでいいかしら? 雨海さんは私とね」
「うん!」
「陽ちゃん、チョキ出しちゃだめよ?」
「誰がそんな大ボケかますかよ。はい、せーの」
陽介の声に合わせてじゃんけんをし、チーム分けが決まった。
まず、陽介と深紅。そして、御影と心晴だ。駅を中心に西と東に分かれて調べ、一時間後に落ちあうことにした。
「んじゃ、行くぞ。真霧」
「ええ」
深紅と陽介の後をクロコがちょこちょことついていく。その様子を見て、御影は心晴の方を向いた。
「じゃあ、アタシ達も行こうか」
「うんっ!」
どこか緊張した様子で心晴は頷いた。御影は他愛のない話をしながら歩いていたいと思うが、がちがちに緊張しきった心晴が、しきりに辺りをきょろきょろしていた。
(かわいい……)
精霊琥珀と比べてしまうのがいけないのか、彼女の挙動の一つ一つが可愛くてたまらない。とにかく、彼女を宥めようと笑顔を作った。
「もう、心晴ちゃん。そんなに警戒しなくていいのよ~」
「そ、そうかな……?」
不安げに見上げる心晴。
ドスッ
御影の中で再び心臓を刺されたような音がし、思わず自分の胸を触った。
(大丈夫、刺されてない。刺されてない)
「御影ちゃん、どうしたの? 大丈夫?」
「あ、いえ……何でもないわ」
思えば、ここまで女の子を意識したことなんてあっただろうか。過去のことを思い返しても同級生の女の子は、好きなものを共有する仲間という意識の方が強かった気がする。
(というか、女の子って同類と思ってないと生きてられなかったって感じ……)
今までのことを顧みて、御影は思わず遠い目をする。
魔女族で男は宝。例えるならば三毛猫の雄並みの出生率だ。特殊な血筋なせいか、生まれたとしても長生きできないのが常だ。魔法界でも魔女族と知られて追い回され、実家では待望の男児だと追い回され、挙句の果てに別集落の魔女族に誘拐されかけた。女装を始めたきっかけは、魔女族の女児であると誤魔化すことだったが、可愛いものが元々好きだったことと、実家が女の子ばかりで違和感がなかった。
大きくなれば同級生の男子に女装のことで馬鹿にされたが、今は割とどうでもいい。女子だって、御影が女性口調で可愛いもの好きであるおかげで男として見ず、女友達のような扱い方だ。その方が御影も落ち着く。
(落ち着くはずなんだけど…………)
隣でちょこちょこしている心晴が可愛い。思わず語彙力が低下してしまうほどかわいい。こう、胸の奥でざわつく何かがある。
(なんでこんなに可愛いと思うのかしら……)
じっと見つめていると、その後ろ姿に既視感を覚えた。そう、よく見る後ろ姿に。
(あ、サイズかぁ~~~~~~~~~~~~)
どこかの誰かさんと似た身長差に、思わず御影は
その理由さえ分かれば、戸惑う必要もない。心晴も陽介も可愛い。
御影は心晴の隣にしっかりと並んだ。
やはり、陽介との身長差があまり変わらないおかげで、心晴の隣はしっくりくる。昔の陽介は御影と身長差があまりなかったが、今思うとかなり差が開いてしまった。いつも一緒にいるせいか御影との身長差を比べられることが多かった。そのせいか『お前の背なんてあっという間に抜いてやるからな! オレにはまだ第二次成長期が残ってるんだ!』と怒ってように言っていたことを思い出す。
『アタシだって第二次成長期があるわ! きっとまだまだ伸びるはず!』
『お前はこれ以上、背を伸ばすなっ!』
当時のやり取りを思い出していると、心晴が不思議な顔をする。
「何か嬉しいことでもあったの?」
昔のことを思い出して口元が緩んでいたのだろう。御影は「昔のことを思い出してたの」と笑った。
「昔のこと?」
「そう、陽ちゃんは今も昔も変わらないなぁって」
見た目もだが、中身も今も変わらない。それが御影の中で救いだった。
「二人は、幼馴染なんだっけ?」
「そうよ! 小学校の夏休みにアタシが引っ越してきて、仲良くなったの!」
忘れもしない小学校二年生の夏休み。母親と一緒に引っ越しの挨拶に向かった先が陽介の家だった。
初めて会った時、女装した御影を女の子だと勘違いした陽介が「かわいい」と呟いていたことを昨日のことにように覚えている。
「女装してたの?」
「家の事情もあるけど、ほとんどは好きだったから着てたわね。自他ともに認める美少女だったわよ~! まあ、それで男子が女の子と勘違いして告白、そして男だって知って腹いせに、いじめに遭うまでがいつもの流れだったんだけど。陽ちゃんだけは違ったわね」
陽介に男であることを話した時は絶交されるのではないかとドキドキした。
それでも、彼は夏休み中ずっと一緒に遊んでくれた。学校で「オカマ」と男子からいじめられた時も助けてくれたのだ。
「すごいね、陽介くん」
「格好良かったわよ~! 『スカート履いてる御影より、陰でコソコソいじめてるお前の方がよっぽど女々しいっつーの、この玉無し野郎!』って相手を殴ってくれたの」
「つ、つよい……」
「でも、その後すごい大ごとになっちゃって……」
ガキ大将のポジションだった相手との喧嘩で誰も止められなかったのだ。先生を呼びに行った同級生を待てないほどの喧嘩だった。
どうしよう、どうしようと原因である御影が焦って出た言葉がこれだった。
『やめて! アタシの為に争わないで!』
その時、世界の時間が止まったのではないかと思うほどの静寂が教室中に流れた。
そして『何も間違ってねぇけど、お前はすっこんでろっ!』と陽介に怒鳴られたのだった。
「それ以来、夫婦漫才やら凸凹コンビと一緒にされてからかわれたりしたけど、別に一緒にいるのが楽しかったから嫌じゃなかったわ」
エスカレーター式の学校というのもあり、陽介とはずっと一緒だった。ペアを組むことになった時も、月並みだけど嬉しかった。
「本当、仲がいいんだね」
心晴は何か思うことがあるのか少し俯く。それを見た御影は、とんと優しく心晴の背を叩いて笑った。
「もちろん、心晴ちゃんともずっと仲良しだからね?」
「え?」
「新しい学校の初めてのお友達だもん。妙なことに巻き込んじゃったけど、心晴ちゃんが精霊琥珀の持ち主じゃなくたって友達だったと思うわ」
御影がそう言うと、心晴は目を瞠った。そして、どこか居心地が悪そうに俯く。
「あ…………あのね、御影ちゃん」
「なに?」
「私、今がとても楽しいの」
「え?」
「二人が友達になってくれて毎日が楽しい。友達とお揃いの物も連絡先を交換したのも初めてで嬉しかった。ずっと独りぼっちだったから……二人がいる学校が毎日楽しいの」
心晴はスマホについている青いクマのイヤホンジャックを撫でる。
「だから、これからもいっぱい遊んでね」
「もちろんっ! またお揃いを増やしましょうね」
「うんっ」
そう言って笑った心晴を見て、再び心臓にドスッと何かが刺さる音がした。
(何だろう……嬉しいし、可愛いと思うのに……?)
御影が内心で首を捻っていた時だった。
すっと周囲の温度が下がったような気がし、ハッとして心晴を見た。
ひどく冷めた瞳が遠くを見据え、静かに口を開いた。
「来たわ、あの子が」
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