06 かわいいの正体

 そのあと深紅が私服に着替えている間に、心晴の帽子を買うことになり、御影は心晴の買い物についていった。心晴が帽子を見て悩む姿を隣で眺めながら、先ほどの陽介との会話を思い出していた。

(好き…………? アタシが、心晴ちゃんを?)

 全く自覚していなかったが、心晴が可愛いと思っているのは本心だ。可愛いものは可愛いと普段から口にしていることもあり、それに違和感はなかった。

(可愛い=好き? いや、確かにそうだし女の子は好きだけど…………)

 真剣な顔で悩みながら帽子を選ぶ心晴と見つめていると、その視線に気づいた心晴が御影を見上げた。

「御影ちゃん、どうしたの?」

 自分を上目遣いで見上げる心晴に、御影はドスッと心臓を刺されるような音がしたような気がした。

(くっ、やっぱり可愛い…………)

 長年で染みついた可愛いものを好きと呼ぶ習性なのか、恋として好きなのか、今の御影には分からない。

「ううん、なんでもないわ」

 御影はそう言いながら、心晴に似合いそうな帽子を探す。

(そもそも、アタシは陽ちゃんのことも好きって言ってるじゃない。陽ちゃんは友達として大好きだし……たぶん心晴ちゃんもそうよね……編入先で新しくできた友達に舞い上がってたのかも…………)

 そう自分に言い聞かせるように思いながら、心晴に似合いそうな帽子を見つけた。

「心晴ちゃん、この帽子なんてどう…………」

 すぐ隣にいた心晴の方を向くと、ひどく冷めた青い瞳が御影を見上げていた。

「あら、どうも」

 その冷め切った声に御影は凍り付いた。そして、みるみると水色の髪が伸びていくのを見て、御影ははっと息を吸い込んだ。

「あぁあああああああっ⁉」

 声は遅れて出たが、心晴にフードを被せたその手は素早かった。客と店員の視線が御影に突き刺さり、「なんでもないです」と笑ってごまかした。視線が遠のいていくのが分かると、御影は安堵を漏らしてから心晴を見下ろす。

「な、な……っ! なんで出てきたのよ、精霊琥珀!」

「なんでとは失礼ね」

 不機嫌そうに青い瞳が御影を見上げていた。水色の髪をまとめてフードの中にしまい込み、ふんと鼻を鳴らした。

「帽子を選ぶって聞こえたから出てきたのよ。心晴も悩んでたみたいだし」

 そういうと、御影が持ってきた帽子を被る。そして、鏡を見てから小さく頷いた。

「この帽子にするわ。せっかく選んでくれたわけだし、現代のファッションはわからないし…………」

 精霊琥珀は再び、じっと御影を見上げた。海のような色をした瞳はひどく冷めており、見られると身構えてしまう。

「な、何かしら……?」

「髪…………」

「え?」

 すっと手を伸ばされ、ブロンドに触れられる。

「髪、切られちゃったわね……綺麗だったのに」

 御影の髪をいじる指が首に当たり、こそばゆいものを感じながら御影は苦笑した。

「あ、ああ…………これね」

 ばっさりと切られてしまった髪を彼女は憂い顔で見つめたあと、その目の奥で仄暗く光ったものが見えた。

「次は寝ないで起きているから……」

 その言葉は、自分に非を感じて言ったのだろうか。彼女はそれを口には出さなかったが、フードを目深く被り、会計を済ませた。

「ねぇ、精霊琥珀」

「何かしら?」

 買った帽子のタグを取り、精霊琥珀は髪を帽子の中にしまい込みながら、返事をする。

「なんで、心晴ちゃんを巻き込ませたの?」

「なんでって、私の役目でありタツの役目だったからよ。タツから譲渡されたなら、この子はその役目を受け継ぐ必要があるわ。ま、手っ取り早く魔法を使えるようにっていうのが本音だけど」

 彼女を魔法使いとして成長させるのには、学生である御影たちに任せるのがいいと思ったのだろう。役目という言葉も気になるが、おそらくそこを深く聞いてもはぐらかされるだろう。それにタツというのは、心晴の祖母で魔法界の人間だと言っていたような。

「心晴ちゃんのおばあちゃん、タツさんは魔女族の血筋なのよね?」

「そうね。タツの代ではかなり血は薄まっているけど、タツは立派な魔女だったわ。虚にいる他の魔女族よりずっと優秀な子」

 そういうと、彼女の瞳が翳ったのが分かった。何か考え込んでいるのか、短い沈黙が流れたあと、彼女は小さく首を振った。

「また戻るわ。心晴をよろしくね」

 すっと瞳の色が変わる。みるみると髪の色が戻って行き、目をぱちくりさせた心晴がいた。

「あれ…………もしかしてまた?」

 その顔を見て、緊張感からようやく解放された御影は安堵を漏らした。それに驚いた心晴がおろおろとし出す。

「ど、どうしたの? 御影ちゃん⁉」

「ううん、やっぱり心晴ちゃんは天使…………天使」

 おそらく、この胸の動悸どうきもあの精霊琥珀から解放された安心感から来ているものに違いない。そう御影は自分に言い聞かせた。



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