04 魔法界と人間界
放課後、陽介、御影、心晴の三人は一緒に下校していた。心晴は胸元にある魔装具を見て言った。
「なんで出てきてくれないのかな…………」
あの後、何度も精霊琥珀と会話しようと試みたが、精霊琥珀が応えてくれることはなかった。
「ねぇ、御影ちゃんと陽介くんの石も話したりできるの?」
「いえ、精霊琥珀は特別なのよ」
それに二人が持つ精霊石はほんの小さな欠片だ。意志を持つなんてありえないのだ。心晴の持つ精霊琥珀だからこそ、意思の疎通ができるのだろう。
精霊琥珀は自在に心晴と人格を変えられるようだったが、心晴がすぐにできるとは二人も思わなかった。
「まあ、そのうち出てくるって。切り札だと思っていればいいじゃん?」
陽介がそういうと、御影も頷いた。
「陽ちゃん、いいこと言うわね!」
「切り札…………その時は力を貸してくれるかな……?」
少し不安げな心晴に、御影はトンと背中を叩いた。
「もう! そんな辛気臭い顔したら可愛い顔が台無しよ! せっかく可愛い顔してるんだから!」
ほら、笑って笑ってと御影は指で心晴の口角を持ち上げた。
「ほら、可愛い! やっぱり女の子は笑顔が可愛いわ!」
「みひゃけひゃん、くるひーおー」
無理やり口角を持ち上げられた心晴の顔を御影は穏やかな目で見下ろす。
「大丈夫よ。心配しなくなって、あの精霊琥珀は心晴ちゃんを守ってくれるわ」
自分が魔法使いの血筋だと今まで知らなかった心晴にとって、不安なところは多いだろう。そもそも、別人格になって外に出歩いていた事実は、信じられないことだ。それに精霊琥珀が干渉してこなければ、彼女は自分が魔法使いの血筋であることに気づかなかったかもしれない。
御影は心晴の不安を和らげようと、にっこり笑う。
「まあ、あの精霊琥珀が出てくるまで、アタシと陽ちゃんがしっかり心晴ちゃんを守ってあげる! ね、陽ちゃん?」
「そうだな。お前に何かあったら、あの精霊琥珀に殺されかねないし」
昨晩の戦いであの精霊琥珀の強さを十分に思い知った。魔導遺物に保管されている精霊琥珀は、二人の想像を遥かに超える代物だ。持ち主に害を為せば、全力で守ろうとするだろう。
昨日のことを思い出した二人は身震いをした後、首を小さく横に振った。
「ま、何はともあれ。今度こそ、捕まえるぞ」
今夜こそ、髪切り魔を捕まえる。今度は深紅も調査に加わるのだ。これ以上被害を出さないためにも、あの髪切り魔を捕獲せねば。
三人はいつもの分かれ道で足を止める。
「それじゃ、心晴ちゃん。また約束の時間でね」
「遅れんなよ!」
御影と陽介はそう言って、心晴に手を振った。
「うん、またね」
心晴と別れ、彼女の姿が見えなくなるとと、御影は小さなため息をついた。どこかお思い詰めたような顔をしている御影に陽介は首を傾げる。
「なあ、御影。お前、暗い顔してるけど、どうした?」
御影は苦笑してこちらを見下ろす。
「なんか、悪いことしちゃったなって」
「悪いこと?」
御影が言っていることが分からず、陽介はオウム返しで言った。
さっきまでのことを思い返しても、彼が心晴に何か悪いことをしたとは思えなかった。むしろ、彼女を励ましている。
「別に、お前は何もやってねぇじゃん」
陽介がそういうと、御影は首を横に振った。
「実は、心晴ちゃんのおじいちゃんとおばあちゃんは魔法界から抜け出したかったのかなって。うちは魔法界っていうより実家から抜け出したいって感じだったけど…………」
魔法界の暮らしに嫌気をさして普通の人間の暮らしに溶け込む魔法使いも少なくない。陽介の家は違うが、御影の家は魔法界から逃げ出そうとして人間界に移住したのだ。
「まあ、生まれたアタシが男だったから、逃げ切れなかったけどね。実家からも魔法界からも」
どこか遠い目をしている御影は、陽介と出会う前のことを思い出したのか、沈んだ顔をしている。
「お前の実家ってそんなにヤバいのかよ?」
陽介は彼の母方の実家について、詳しく聞いた事がない。昔、どんな所か御影にそれとなく聞いたが「そんなに他所と変わらないけど、人間界や魔法界の方が空気も美味しいし、暖かいよ」と言っていたくらいだ。
魔女族はその多くが謎に包まれている。陽介には想像もつかない何かがあるのだろうか。御影は歯切れが悪そうに言う。
「ヤバいっていうか……アタシが男だから余計ちょっと……うちは女系だから男子は希少価値が高くて宝みたいなものなのよ」
「あー……」
魔女族というくらいだ。男児の出生率はかなり低いのだろう。
御影は額に手を置いてため息をついた。
「魔女族はしがらみが多いのよ……できることならパパもママも普通に生きたかったのよね。そんな親を見てきたからこそ、心晴ちゃんのおじいちゃんとおばあちゃんに悪いと思ったの。もしかしたら、魔法界が嫌になって人間界に移住したのかなって」
「考え過ぎだろ? そうだとしてもお前が気に病むことねぇって」
「そうかな…………でも……」
「でもは無しだ。お前はなんでも考えすぎなんだよ。アイツのじーさん、ばーさんがどうであれ。選ぶのは心晴だ」
彼女が魔法使いの道を選ぶか、人間の道を選ぶか、いずれ選択を迫られることになる。それは魔法界の人間がいつぶつかってもおかしくない問題だ。
「だから、気負うな。それがお前のせいだっていうなら、それはオレも同じだ」
心晴を巻き込んだのは、陽介も同じだ。それに精霊琥珀を持った彼女は遅かれ早かれ、魔法界の問題に足を踏み入れてしまうのだ。その原因の一端が二人にあるだけだ。
「オレは、心晴の問題を投げ出そうとは思わない。お前もだろ?」
御影は一瞬ポカンとした顔をした後、口元を緩ませた。
「うん……ありがとう。やっぱり、陽ちゃんは陽ちゃんね」
御影はそう言って笑うと、陽介は「何言ってんだ」と一蹴する。
「とりあえず、今は髪切り魔を捕まえる。それが最優先だ」
陽介はそういうと、歩調を速めた。御影は陽介の背中を追った。
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