03 作戦会議

「この作戦会議に部外者を連れてくるなんて、どんな了見ですの?」

 翌日の昼休み、いつもの空き教室で待っていた深紅が物凄い剣幕けんまくで三人を、特に御影を睨みつけていた。

「終夜御影! まさか、魔法界のおきてまで忘れたんじゃないでしょうね! 私たちや魔法の存在を知られたらどうなるか分かっていますの⁉」

「深紅嬢、落ち着いて」

 その剣幕に珍しく気圧されている御影はたじろいてしまう。しかし、わざと空気を読まずに陽介が口を開く。

「真霧、こいつは精霊石の本物を持ってるんだ」

 過去の持ち主の人格を反転させ、人格を手に入れた心晴の精霊石。その精霊石が粗悪品の所在を感知することができる。そして、その精霊石を探していたことを伝えると、深紅は訝し気に顔をしかめた。

「その精霊石が協力すると? なぜです?」

 深紅も不審がるのも分からなくもない。正直、二人もなぜあの精霊琥珀がそんな条件を持ち出したのか分からなかった。

「精霊石の解放が目的だって言ってたけど? 精霊石を壊して、現世に返すのが習わしだって」

 それを聞いて深紅はどこか納得しない顔で言った。

「精霊石の解放……精霊石が?」

「そうだよ。協力する条件に心晴も一緒に参加させろだってよ」

「……ちなみに、その精霊石は水かしら?」

「ああ、お前の予想通りの水だ。水の中に映ってたのは、コイツの精霊石の力だ」

「じゃあ、犯人は闇の精霊石を持っているということね」

 深紅は納得したように言い、心晴に目を向けた。

「貴方、名前は?」

雨海あまみ心晴こはるです」

 彼女は真っすぐと心晴を見つめて言った。

「雨海さん。私は真霧深紅。この二人とチームを組んで髪切り魔を追っているわ」

 よろしく、と深紅は手を差し出し心晴はその手を握った。

「この二人は人間界出身らしいけど、私は魔法界の人間だから何かと不便をかけると思うわ」

「わ、私も、魔法とかその石のこととか、まだよく分かってないことが多くて迷惑を掛けると思います。頑張ります!」

 そういうと、深紅はクスリと笑った。

 それを見て御影と陽介がぎょっとする。

「おい、真霧が笑ったぞ?」

「それにあれだけキレておいてあのセリフ……きっと頭を打ったか悪いものを食べたに違いないわ!」

「そこの野郎二人、聞こえていますわよ!」

 二人の大きなひそひそ話を聞いて、額に青筋を浮かべた深紅。

「まったく、確かに私は人間が嫌いですが、協力者としては仲良くしたいと思っていますの……それに、どう見たって貴方たちよりこの子の方がまともそうですもの!」

 それをお前がいうかとあからさまに顔に出す陽介が御影を見上げた。御影も同じ気持ちであるが、このメンツでは深紅の気持ちも分からなくもなかった。

 口の悪いチビ、ハーフで女性口調野郎。精霊琥珀のことを差し引いても、心晴の方が断然まともだ。

「なんですか、その顔は?」

「なんでもねぇーよ。んで、これからどうするんだ?」

 髪切り魔と遭遇したが、捕まえることはできなかった。なんせ相手は姿を消すことができるのだ。見つけるのも困難だろう。

「そういえば、学校に連絡するのはどうしたんだ?」

「もう少し材料をそろえようと思っていましたが、雨海さんのこともあるので先延ばしです。あの映像の正体は雨海さんですし」

 そうだったと納得した二人は、少しホッとした表情をした。下手したら心晴は、魔法界の警察に捕まるかもしれなかったのだ。そう考えると、深紅に報告したのはやはり正しかった。

 しかし、そんな二人の心情に気づかない深紅は御影の髪をじっと見て言った。

「というか、終夜御影。貴方、あの長かった髪はどうしたのです?」

「え…………あっ!」

 はっとして御影は無くなった髪を触ろうとして空振りをした。それを見て、深紅は怒りを含んだ視線を送る。

「まさか…………髪切り魔に遭遇したの……?」

 隠しきれない事実に御影は冷汗を掻きながらも、不敵に笑った。

「やっぱりアタシのブロンドは、髪切り魔も魅了するものだったと証明するわ!」

「馬鹿言っている場合ですか!」

 深紅は一喝した後、頭を抱えてうなだれた。

「せっかくのチャンスだったというのに、取り逃がしたのですか! 髪も切られて!」

 あの時はパトカーのサイレンも聞こえて、大急ぎで逃げ出したのだ。さすがに二度も補導されてはこちらが怪しまれてしまう。

 深紅は仕方ないとばかりに、頭を抑えてため息をついた。

「やはり相手は姿が見えなかったのかしら?」

 深紅の言葉に御影は首を横に振った。

「たしかに姿は見えなかったけど、声は聞いたわ。間違いなく、女の子ね……」

 その声は紛れもなく少女の声だった。深紅が推測していた通り、髪切り魔は調子に乗っている。あの時に聞こえた声は絶対に捕まるわけがないという自信に満ち溢れたものだった。でなければ、犯行中に声なんて出さなかっただろう。

「そういえば、お前は警察署にいったんだろ?」

 深紅はパトカーで連れて行かれた男を見に行ったはずだ。それを聞くと、深紅は簡単にその時のことを話した。

 男は被害者の他にもう一人、女の子がいたことと影を見たと言っていたようだ。

 路地から影がすっと現れ、そこを除いたら二人の少女がいた。被害者の傍にいた少女は、警察と救急車を呼んでほしいと頼み、彼が警察に連絡をしている途中で姿を消してしまった。

「姿を消した少女が心晴の精霊石か、犯人かってことか」

「どっちかしらね…………」

 三人の視線が心晴に注がれ、「え、私⁉」と心晴が戸惑う。

「ねぇ、雨海さん。その精霊石の人格を引き出すことってできるのかしら? できれば、私も話をしてみたいわ」

 それは御影も陽介も賛成だった。精霊琥珀が持っている情報をもう少し知りたかった。きっと消えた少女のことも出てきた影のことも分かるだろう。

 しかし、心晴は首を傾げて言った。

「いいけど……どうやったら出てくるのか、私にもさっぱりで……」

(そうだった!)

 あの精霊琥珀は心晴が気づかないうちに人格を入れ替えていた。そもそも、彼女は魔法使いの血筋であることを昨日まで知らなかったのだ。そんな彼女にもう一人の人格を引っ張り出せなんて無茶ぶりもいいことだ。

 それに気づいた深紅も頭を悩ませた。

「そういえば、魔法も使ったことなさそうですものね……」

 そう言って、彼女は指輪がついた手を前に出した。彼女の指輪には紫色の石が嵌っている。おそらく、闇属性の精霊石だ。

「いいですか。精霊石の使い方は魔力を送り込むか、中にいる精霊に語りかけることです。私は魔力を送り込んで、魔法陣を展開させることが多いわ」

 深紅の指輪の上で小さな魔法陣が展開する。そこからクロコが現れ、深紅の肩に飛び乗った。

「語りかけの時は呪文の詠唱が手っ取り早いですが、したいことを願うことで魔法ができるそうです」

「したいことを願う…………」

 深紅の言葉をオウム返しで呟いたあと、両手を祈るように握った。

「精霊さん! おしゃべりをしたいので、出てきてください! お願いします!」

 お願いっと言葉を強くして言ったが、精霊琥珀が出ることはなかった。

 その様子に「ダメね」と肩を落とす三人。

「ま、待って! 私、名案があるから!」

「名案?」

 そう言った彼女は自信満々に頷いた。

「そう、本人に直接お話します!」

 本人に直接話す。深紅はともかく、御影も陽介もその真意が分からなかった。

 そもそも、本人は精霊琥珀の中にいるのだ。精霊琥珀そのものは対話ができないはずだ。それに、本体は彼女が持つ魔装具の中に保管されている。

 心晴が胸元に手を伸ばした時、御影と陽介はハッとした。

「ストーーーーーーーーーーーーップ!」

 二人が精霊石を取り出そうとする心晴の手を止めた。

「え、何⁉ どうしたの⁉」

「バカ! 昨日、オレたちが止めたのを忘れたのか!」

「ちょっと学校で開けるのはまずいわ! ダメよ、あれはパンドラの箱を開けるようなものよ!」

 あの魔導遺物から放たれた冷気を思い出しながら、二人が全力で止める。しかし、本人はそれほど危機感を感じないようで、「うん、わかった」と魔装具をしまった。

「そんなにすごい精霊石なんですの?」

 まだ精霊琥珀を見たことがない彼女には分からないだろう。そもそも、他の精霊石とは比べ物にならないほどの力を秘めているのだ。本体にある魔力と心晴の魔力を使ったものでも、無尽蔵と思えるほどの魔力だった。

「まあ、本物であるなら私たちが持っている精霊石よりは質が良いはずですね。私たちのは、ほんの小さな欠片ですから」

 自分の精霊石を眺めながら深紅は言うと、小さなため息をついた。

「まあ、いいわ。おそらく、今夜も髪切り魔が出ると思います。私も、調査に同行しますわ」

 相手は完全に調子に乗っている。おそらく、今夜も出てくるだろう。

「実は、放課後にちょっと用事があるので、夜に出歩く時間を確保できそうです」

 深紅の言葉に、御影は何も思わなかったが、陽介はにやっと笑った。

「なんだ、友達とでかけるのかよ?」

 嫌味のつもりで言ったのだろう。まったく意地の悪いと御影が苦笑していると、深紅は真面目な顔で言った。

「ええ、クラスメイトと出かけるの。何か文句でも?」

 なん……だと…………⁉

 深紅の言葉に陽介と御影が衝撃を受けていると、その反応に気に食わなかった深紅が顔を真っ赤にさせた。

「なんです! その反応は!」

「なんでって……人間嫌いのお前が……クラスメイトと出かけるなんて……」

「陽ちゃん‼ 大変よ、明日は雪が……いえ、槍が降ってくるに違いないわ!」

 天変地異の前触れに違いないと大げさに言いだす二人に、心晴も戸惑いながらも口を挟んだ。

「ふ、二人とも失礼だよ!」

「本当ですわ! 私も、この合同演習の趣旨に基づいて人間の中に溶け込もうと思っているのに!」

「そういって、初めてできた友達に少し浮かれてたり……あいたぁっ!」

 御影が茶化した途端、近くにいたクロコが御影に飛び蹴りをかました。見事決まった飛び蹴りにクロコは満足げに尻尾を振る。

「それ以上言ったら怒りますから!」

 三人は「もうすでに怒ってるじゃん」と顔を見合わせたが、顔を真っ赤にさせて睨む深紅を見ると、図星なのだろう。御影もそれ以上茶化さずに、「うっす」と短く返事をした。


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