02 魔女族と精霊石
「どうすんだよ? 心晴のヤツ、魔法界の魔の字も知らないぞ?」
「心晴ちゃんのおじいちゃんおばあちゃんが魔法界の人だって言ってたから、ちょっとは期待してたんだけど……あの様子じゃ、本当に何もわからなさそうね。でも、魔法使いの素養が十分にあるのは間違いないわ」
精霊琥珀との闘いで彼女の力は十分に分かった。あれだけ魔法を自在に使えるなら、精霊琥珀の言っていたことは信じていいだろう。
「つか、精霊琥珀ってなんだよ?」
陽介は特殊専門科で少しは勉強をしていたが、精霊琥珀なんて聞いたことがなかった。
他にも御影に問いただしたいことがあった。
「それに、お前の目! お前が魔女族だっていうのは知ってたけど、その目のことは聞いてないぞ!」
御影が魔女族だということは、初めて会った時から知っていた。そもそも彼の家族が人間界で暮らす理由は、御影の母親が魔女族であるからだ。かつて魔法界で魔女族の迫害する大事件があった。それから魔女族は魔法界から姿を隠して暮らしているのだ。
「魔女族が特殊な力を持ってるのは聞いたことがあるけど。お前の目、なんかあんの?」
陽介が問い詰めると、御影は目を泳がせた。普段だったら、「なんもないわよ~」と嘘でも何でもそうやって誤魔化しているのだが、今回ばかりは違った。
もともと謎が多い一族だ。だから話すのに抵抗があるのはわかる。しかし、ずっと一緒にいて隠し事があったのは、少し悲しい部分もあった。
陽介が真っすぐ見つめると、御影はしょんぼりした様子で口を開いた。
「えーっとね……今は話せないの…………ごめんね」
「は?」
「い、いつかは話したいと思うのよ! でも、こればっかりはちょっと……この目、ママも持ってないから……」
御影の母親も持っていない。その意味は分からないが、腑に落ちないものを感じながら、陽介は口をへの字に曲げた。
「分かったよ、今日はそれで納得してやるよ」
かつて、特別な技術と力を持った魔女族は魔法界を追いやられてしまった。人間が魔法使いを迫害したように、深紅が人間を嫌うように、きっと御影もどこか思うところがあるのだろう。
「そういえば、さっき悲鳴が聞こえた子は大丈夫だったの?」
話題を変えようと思ったのか御影がそういい、陽介は先ほどのことを思い出して、眉間に皺を寄せた。
「…………いなかった」
「え?」
「悲鳴を上げた女はいなかった。誰も」
そう、陽介は声の方まで向かったが、悲鳴を上げた人物を見つけることはできなかった。その間に御影たちが襲われたいたことを考えると、あれは髪切り魔が三人を分断させようと大声を出したのかもしれない。
「とりあえず、心晴のところに戻るぞ」
「ええ、そうね」
二人は脱いだ服を洗濯機に投げ入れた後、居間に戻る。ソファに座った心晴が戻ってきた二人を見て、どこか安心な顔をした。
「ごめん。お待たせ」
御影がそういうと、心晴は首を横に振る。
「ううん、大丈夫……」
「どこまで話したっけ? オレ達が魔法使いだって話はしたんだよな?」
「うん。でも、なんで私のその話をしてくれたの?」
「あー、そうだな……この間さ、天然石の話しただろ?」
ショッピングセンターで祖母からもらった天然石が何かわからない。一体どんな石なのか知りたい。そう心晴は言っていた。
「う、うん……御影ちゃんが、ブルーアンバーかもしれないって言ってたよね?」
「お前、その石を今持ってるだろ?」
「え、なんでわかるの⁉」
わかるも何も、その石に二人はずぶ濡れにされたのだ。
「実はアタシ達、その石と同じものを探してるのよ。精霊石っていうの」
「精霊石?」
「ちょっとその石を見せてくれる?」
「う、うん……」
心晴はパーカーの下からペンダントを取り出し、チェーンを首から外した。
心晴の手の中にあるペンダントは、まるで中身を守るように格子のようなもので囲まれている。その格子にも細かな
「すげぇ……まるでシルバーアクセサリーみたいだな……」
一流の職人が丹精込めて作った作品と言っても過言ではない。御影はそれを注意深くじっと見つめていた。
「おばあちゃんが、まだ小さい頃に自分のおばあちゃんにもらったものだって言ってた。代々自分の子どもや孫にあげるんだって」
「それ、触ってもいい?」
「いいよ。はい」
心晴がそれを気兼ねなく差し出し、御影はそれをそっと受け取った。
そして壊れ物を扱うように丁寧に触れ、じっくりと観察して目を瞠る。
「すごい……これも
御影はそのペンダントの意匠を指でなぞるように触れながら目で追った。
「……間違いないわ。この格子の意匠、全部呪文よ。それも、魔女族の特殊字体……」
「はぁ⁉」
思わず声を上げて、陽介が身を乗り出す。
魔女族の特殊字体と言えば、最古の魔法とも言われる代物だ。魔法界の研究者が喉から手がでるほど欲しい品物だ。
「そんなすげぇ代物がなんでコイツの家にあるんだよ!」
御影は短くなった髪を耳にかけて、真剣な顔で言った。
「魔女族は自分の子どもや孫にこういった魔装具を譲渡する風習があるわ。アタシのママも大婆様からもらった物があるわ。たぶん、心晴ちゃんのおばあちゃんの家系に魔女族がいたのかも……」
「私の家系に魔女がいたの?」
心晴はわからず、首を傾げた。しかし、心晴は聞いたことがない言葉を一気に聞いたせいで、よくわかっていない顔をする。
「心晴ちゃん、順を追ってちゃんと説明するわね。アタシ達は学校で、魔女族が作ったものについてを勉強しているの」
「魔女族は、ただの魔女とは違うの?」
何も知らない心晴には、まずそこから説明しないといけないだろう。
「魔女族は、特別な魔法を扱う一族なの。アタシも、その一族の一人よ」
御影はそう言って、苦笑する。
「本当は隠しておかないといけないことなんだけど、心晴ちゃんは無関係の人じゃないみたいだから話しておくわね」
大昔、魔女族は魔法界で迫害を受け、人間界からも魔法界からも隠れて暮らすようになった。その迫害された理由は、強すぎる魔力とその特殊な技術のせいだった。
「私たちは、電気とかそういうのがなかった時代を旧世代っていうんだけど、どうしても人里離れて暮らすと、人手も何もないでしょう? だから、魔女族はその人手不足や暮らしを豊かにするために、魔力を込めた道具を作ったの。それが魔導遺物」
そのほとんどは、装飾品や道具に偽装している。二人が探している精霊石もその一つ。
「そして、心晴ちゃんが持ってるそのペンダント。中身は精霊石って言って、精霊を結晶化させたものなの」
「たしか、二人が探してるものだよね? 渡した方がいいの?」
「ううん。私たちが探しているのは、その精霊石を改悪してる粗悪品なの。きちんと持ち主がいる精霊石は受け取れないわ」
あくまでも、二人の目的は粗悪品の回収だ。心晴のようにちゃんと持ち主がいるものを回収するわけにはいかない。
「それに、心晴ちゃんが持っているそれはただの精霊石じゃないの。精霊琥珀って言って、具現化した精霊を結晶化したものなの。私はただの迷信だと思ってたわ」
陽介も初耳だ。御影も実物を見たのは初めてだっただろう。
「精霊を具現化? すでに結晶化してるのに?」
陽介が思わず口を挟むと、御影は強く頷いた。
「精霊は本来、視認できない。それを魔女は真名を与えて無理やり具現化させた。それが精霊琥珀。力は精霊石のなんて比じゃないわ。だって、琥珀の中にいる精霊には自我があって持ち主を選ぶの。陽ちゃんだって見たでしょう?」
心晴の体を借りて人と会話をし、自在に魔法を操る。正直、怖い以外感想がない。あんなものを生み出す魔女族が生ける伝説と言われるのも頷くしかない。
「だから、魔女族は迫害されたのよ。しょうがないわ」
「二人は……何を見たの?」
自分が知らない間に何があったのか分からず、不安になっていた心晴に二人が説明する。そのことを聞いた心晴はぎょっと目を剥いた。
「え⁉ あ、だから私、あそこにいたの⁉」
自分の知らないところで体を使われていたとは思わないだろう。まるで夢遊病のような話だ。
御影は心晴のペンダントを見て、それに蓋があることに気づいた。
「心晴ちゃんは、この中身を見たことがあるんだっけ?」
「うん、綺麗な……青い石」
それを聞いて、御影は「わぁお」と声を漏らした。
「正直、アタシはこれを開けるのはちょっとためらうわね……魔女族の特殊字体が刻まれた魔導遺物よ。よく開けたわね……」
御影の表情から察するに、とてもすごいもののようだ。しかし、それがよく分からない心晴はきょとんとしている。
「え、でも普通だったよ?」
「そんなにヤバいものなのか?」
見た限りは普通のペンダントにも見える。魔女族の特殊字体と言っても、詠唱しなければ問題ないと陽介は思っていた。
「じゃあ、陽ちゃん開けてみてよ。持ち主の心晴ちゃんがいるから大丈夫だとは思うけど」
ペンダントを差し出されたが、陽介は首を振った。
「それはちょっと……」
「じゃあ、私が開けてあげるね」
「え…………?」
あまりにもあっさりと言った心晴の言葉に、二人が慌てた。
「ちょっと待って!」
「大丈夫なのか⁉」
「大丈夫だよ、おばあちゃんに開けて見せてもらったし、私も自分で開けたもん。おばあちゃんが『開けるよ』ってちゃんと声を掛ければいいって」
「え……?」
二人はぽかんとしてると、心晴は祖母の言葉を思い出しているのか「えーっとね」と言葉を続ける。
「なんか、天然石も情を込めれば力を発揮してくれるっておばあちゃんが言ってたよ? だから、挨拶とか一日の事とかお話してあげてって」
(それはきっと、琥珀にいる精霊に声をかけているんだよ!)
二人の心の叫びも届かず、心晴は魔装具に手を掛けた。
「それじゃ、開けるね」
心晴が二人の答えも聞かずに問答無用に蓋を開ける。
ぞわりと二人の頬を冷たいものが撫でた。
小さなペンダントだが、その中から凍り付くような風が吹いて、思わず二人の体がのけ反った。
「こ、心晴ちゃん、閉じて! それ閉じて!」
「今すぐ閉じろ、心晴!」
「え? うん」
ぱちんと閉じると、その冷たさは感じられなくなり二人は安堵を漏らしたが、心晴はあっけらかんとした顔をする。
「……どうしたの?」
「心晴、お前何も感じなかったのか?」
「え、うん。何も?」
恐怖すら感じる冷気に、心晴は何も感じなかったらしい。あれほどの冷気を感じられなかったのなら心晴が鈍感なのだろうか。それとも持ち主以外の者への敵意だったのか定かではないが、今後蓋は開けない方が良さそうだ。
「とりあえず、その石が精霊琥珀であるのは間違いなさそうね…………」
あの凍るような空気に、二人で腕を擦った。開けた当の本人は、きょとんとした顔でこちらを見ていた。そして、思い出したようにスマホを取り出した。
「あ、そういえば、写真撮ってたんだ」
「写真?」
「うん、二人に今日見せようと思ってたの。これ!」
心晴はスマホを差し出し、二人がそれを受け取った。
「すごい……綺麗……」
御影が思わず言葉を漏らした。
まるで深い海のような青。そして徐々に淡く色が変わり、夕暮れのような色合いになっていた。その石の中に小さな羽が見えた。しかし、とても透明感のある石なのに、肝心な姿ははっきりとは見えなかった。
「これが、精霊?」
「羽しか見えないわね……」
拡大してみるが、その姿ははっきりとはしない。実物を見れば、少しはわかるかもしれないが、再び開けるのは気が引けた。
「とりあえず、心晴ちゃんにお願いしたいことがあるの。一緒に精霊石探しを手伝ってほしい。精霊琥珀もそれが望みみたい」
「あ、でも……いいの?」
心晴が不安げに御影を見上げると、御影は「もちろんよ」と頷いた。しかし、その前にどうしても説得しないといけない相手がいた。
御影は両手を合わせて頭を下げた。
「……一人、話すべき奴がいるから……昼……一緒に来てくれない?」
「え?」
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