15 魔女族

「逃がさないんだから!」

 御影が魔法陣を展開させると、その魔法陣から黒い手が心晴に向かって伸びていった。

 しかし、彼女がにやりと笑うと、その手はすべて切り落とした。

「⁉」

 彼女の手には水で作られた剣が握られている。街灯に照らされた刃はまるで波立つ海のように白く輝き、揺らめいている。

 御影はそのまま同じ魔法陣を展開させて、呪文を書き込んでいく。

 それを見た彼女は目をキラキラと輝かせた。

「そっかぁ…………そっか、そっか! 貴方、そういうことか!」

 嬉しそうに声を弾ませる彼女に、御影は不気味な物を見るような視線を送った。

「何よ……?」

「貴方のその目! 貴方、魔女族ね!」

「‼」

 陽介はそれを聞いて御影の目を見た。黒いはずの瞳が、紫色に変わっている。御影ははっと我に返ると、いつもの黒い瞳に戻った。

 彼女は恍惚とした表情で御影を見つめた。その表情は心晴の顔とは思えないほど、大人びたものだった。

「闇魔法の無数展開。それにその目。いいわ……いいわ! 素晴らしい!」

 御影の足元にあった水たまりが大きくうねる。それを見た陽介がハッとして声を上げた。

「御影!」

「え? いやっ!」

 うねった水は大蛇の姿になり、御影を捕えた。大口を開けた大蛇は、今にも御影を飲み込もうとしていた。

「御影っ!」

 御影を助けようと、陽介が背を向けた時、背中から蹴り飛ばされた。

「うっ……っ!」

 水色の魔法陣を展開し、陽介の体を拘束する。

「あ、これもらってこ」

 陽介からフラッシュメモリーを奪い、にっこりと御影に微笑みかけた。

「ねぇ、現代の魔女さん? 私と取引しない?」

「取引?」

 いぶに御影が言うと、彼女は「ええ」と頷いた。

 どうみても彼女の方が優勢なのに取引を持ち掛けるとはどういうことなのだろう。

 彼女は言った。

「私が今知っていることをできる限り話すわ。その代わり、私がこれからする質問に偽りなく答えなさい。そして、心晴から石を奪わないこと。心晴のお友達をやめないこと。それを約束するなら、私は貴方たちと協力関係になってあげる」

 にっこりと笑って彼女はそう言うが、なぜそんな約束事をさせるのかが分からない。

「何よ……それ?」

「分かりやすく簡単でしょ? どう?」

 御影は完全敗北の状態であった為、渋々頷いた。

「……いいわ。あなたが魔女族を知ってるってことは、貴方も魔女族こっちの関係者なんでしょ?」

「ご名答! じゃあ、取引成立ね」

 彼女は二人の拘束を取ると、服にしみ込んだ水分を全て飛ばした。

 カラカラに乾いた服に驚いていると、彼女は二人に近づいて言った。

「じゃあ、まず私に聞きたいことは何かしら?」

 にっこり微笑んだ相手に、御影は単刀直入に言った。

「貴方は、この街で騒いでる髪切り魔なの?」

「違うわ」

 彼女は即答し、陽介はそれを聞いて眉間に皺を寄せた。

「じゃあ、お前は何をしてたんだ? それに、何者なんだ?」

 陽介の問いに、彼女は少し考えてから口を開いた。

「貴方たちは精霊石を知っているわね? 私は精霊琥珀せいれいこはくっていうの」

 陽介はいまいちピンとこなかったが、御影はぎょっと目を見開いた。

「はぁ⁉ 精霊琥珀⁉」

 御影が声を上げた。

「精霊琥珀っていったら、精霊石の中でも上質も上質じゃない!」

 御影の反応が満足いくものだったのか、彼女は上機嫌な顔をしていた。

「そうよ? 驚いた? 私は心晴の祖母、タツの手元を離れ、心晴に譲渡されたの。せっかく新しい体も手に入れたし、出歩いてたの。まあ、ちょっと面倒なことあって、探し物もしているんだけどね?」

「探し物?」

 陽介がそういうが、彼女は答えなかった。

「次は私の質問よ。今の年号は何?」

「平成だよ。もうすぐ年号が変わる」

「平成…………? じゃあ、大正から昭和、その次が平成なのかしら?」

「そうだよ」

 それを聞くと彼女は、口元に手を当てた。そして、考えるように一点を見つめた後、再び口を開く。

「……あなた達は魔法界出身なのかしら? わざわざ他校に編入までして、一体何しに来たわけ? それに、あの髪切り魔をどうして追っているのかしら?」

「それは…………」

 矢継ぎ早に質問を畳みかける精霊琥珀に、陽介が答えあぐねていると、御影が陽介の前に出た。

「貴方が、精霊琥珀だから敬意を持って答えるわ。私たちは精霊石を改良した粗悪品を探してるの」

「粗悪品?」

「そう、それを使って精神が壊れた人もいるのよ」

 それを聞いた精霊琥珀は呆れ切った顔をして、大きなため息をついた。

「馬鹿ねぇ……精霊石は使いやすく加工したものなのに、わざわざそれを作り変えるなんて、改悪もいいとこだわ。それで、私がその改悪品だと思って追っていたのね?」

「そういうことよ。次はこっちの質問でいいかしら?」

「いいわよ?」

「貴方以外に、精霊石の反応はあるの?」

 精霊石が他の石と呼応することは分かっている。それなら精霊琥珀である彼女もその力はあるはずだ。御影のその読みは間違っていなかった。

「あるわ。私もその子を探しているの。複数ある反応の中で、それが貴方たちと、もう一人。女の子がいるわね? あの子が所持者であることはわかっているわ。問題はもう一つ」

「もう一つ?」

「そう、その子はずっと泣いてるの。助けてって。私はその精霊石を探しているのよ」

 彼女の青い瞳にかげが差したのを御影は見逃さなかった。

「単独で? なんのために?」

「決まってるでしょ? 精霊の解放よ。精霊石を破壊して、現世に返すわ。精霊石はそれが習わしでしょう?」

 彼女の瞳に苛立った色が浮ぶ。彼女も精霊なのだ。仲間を思う気持ちがあるのだろう。

「…………じゃあ、最後。心晴ちゃんの家系は魔法使いの血筋を引いてるの?」

「そうよ。正確には、この子の母方の祖父母が魔法界出身者なの。今度は私からよ。そこの君」

 ピシッと指を指さしたのは、御影だった。

「え? アタシ?」

 戸惑い気味にそういうと、精霊琥珀は「そうよ」と怒った口調で続ける。

「君は魔女族の出ね? 男の子は滅多に生まれないから忘れていたけど。魔女族の目を隠せないなら、うろに帰りなさい!」

 それは子どもを叱るような口調だった。思い当たることがある御影は言葉を詰まらせていると、精霊琥珀は続けた。

「貴方の目がどれだけ価値のあるものか知っているでしょう?」

「…………ええ、分かってるわ。でも、私は虚には帰らない」

 御影がそういうと、強い意志が含んだ眼差しで精霊琥珀を見た。すると、精霊琥珀は仕方ないわねと言わんばかりに呆れた顔をする。

「それなら、今回の件を心晴にも一枚かませなさい」

「は⁉」

「ちょっと! 心晴ちゃんは人間よ!」

 彼女は人間界の人間だ。そもそも魔法使いの家系であるなら、本来なら魔法学校に通っているはずだ。それなのに人間界の学校に通っていると言うことは、魔法の存在を知らない可能性が高い。

 しかし、精霊琥珀は首を横に振った。

「いえ、タツによって私が譲渡されたことで、心晴は魔法使いの素養があるわ。それは貴方たちの目でよく見ていたでしょう? それに、これは私たちの役目でもあるの」

「役目……?」

 そう聞き返すが、彼女は答えずに鼻を鳴らした。

「魔法界への報告方法は任せる。それに、私はもうこの体になじんだからね」

 すっと心晴の髪の色が戻っていく。黒髪は肩に届く程度の長さに、瞳も青い煌めきが消えた。

「あれ……?」

 心晴は不思議そうな顔で御影と陽介を見上げた。

「どうしたの? なんで、ここに二人が? 私、家にいたような……それに……」

 心晴が御影のスカートを凝視する。

「スカート…………?」

 不安そうに御影を見上げると、御影は「あわわわ」と狼狽える。

「えーっと心晴ちゃん、これにはちょっと誤解が……」

 御影が何とか事情を話そうとした時だった。

「きゃぁあああああああああああ」

「!?」

 突如、悲鳴が聞こえ、陽介が弾かれたようにその声が聞こえた方へ駆けだした。

「御影! お前は心晴と一緒にいろ!」

「分かったわ!」

「え? え? 御影ちゃん、なにが……あっ」

 状況がつかめていない心晴の体がふらっと傾いた。御影は慌てて心晴の体を支える。あの精霊琥珀が魔法を使い過ぎたせいで心晴の体に負担がかかっていたのかもしれない。御影は心晴をその場に座らせて、一緒にしゃがんだ。

「あのね、心晴ちゃん。今はちょっと混乱してるかもしれないけど。心晴ちゃんには色々話さないといけないことができちゃった……」

「話さないといけないこと?」

 不安を隠せない心晴の瞳がこちらを見上げ、御影はゆっくり頷いた。

「そう。たぶん、この間言っていた石の話と……それから……」

 ふっと御影の精霊石が光った。

 驚いた御影が立ち上がろうとした時、後ろから髪を鷲掴みにされる。

「なっ?!」

「御影ちゃん!?」

 顔を真っ青にした心晴が悲鳴に近い声を上げた。

 御影の視界の端で、きらりと光るものが見えた。

 じょきんっ

 嫌な音が耳元で聞こえ、はらはらと足元に何かが散らばる。

「御影ちゃん! 大丈夫⁉」

「え、ええ?」

 はらはらと髪が落ちているのを見て、御影は髪に触れる。自慢のブロンドの髪がなくなっていた。

「なんだ、お前……男?」

 そんな声が暗闇から聞こえる。まだ若く御影たちと同じくらいの声だ。

 その声の方向には、切られた御影の髪が浮いていた。

「しかも、見た目は完璧に女だと思ったのに……女装とか変態? うわっ、気持ち悪……」

 切られた御影の髪がスッと闇に消えた。それをぎょっとして見ると、パンパンと手で何かを払う音がした。

 その声の主の姿は全く見えず、御影は心晴を庇うように立った。

「変態はどっちよ! 女の子の髪ばかり狙って、一体なにが目的なわけ⁉」

 御影がそういうと、その声はふっと鼻で笑った。

「目的? そんなの一つしかない……言わないけど‼」

 そして、バタバタと走る音が聞こえて、ここから離れていく音がした。

「クソ! 待ちなさい!」

 姿は見えないが足音が聞こえる方へ走ろうとすると、心晴が御影の腕をつかんだ。

「ちょっ! 心晴ちゃん、放して! アイツを追いかけないと!」

 御影が腕を放させようと彼女に顔を向けると、彼女は少し怯えた顔でこちらを見上げていた。

「御影ちゃん、顔……!」

「え?」

「御影ーっ!」

 陽介の声が聞こえ、彼が手を振りながらこちらにやってくる。彼は御影を見るなり目を見開いた。

「御影、お前のその頭!」

 切られた髪を見た陽介が思わず、声を上げた。

 近くでサイレンの音が聞こえて、陽介は「げっ」とさらに声を上げた。

「とりあえず、逃げるぞ! 心晴、お前もこい!」

「え、うん!」

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