14 タノシイ

 

「あー、面白い……愉快でたまらないわ……」

 彼女は楽し気に笑いながら、後ろに誰もいないことを確認して、足を止めた。目立つ水色の髪を隠そうとまとめるが、帽子がないことに気づいて渋々フードを上げた。

 もうすでに体は馴染んでいる。しかし、まだ制御ができていないせいで、髪までが変わってしまっていた。

 彼女はため息をついて、空を仰いだ。

「一体、今は何年なのかしらね……」

 心晴とその学友たちは高校生というのはわかっていた。つまり、それだけ自分が知らない間に、時が流れている。

 自分が知る時代では食品などの購入は商店街の利用が主流だった。しかし、周りを見れば商店街のほとんどシャッターが下りていて、読めない店名が並んでいる。米語や仏語なのか、見たことのない横文字が彼女の頭を困惑させた。

「まるで、浦島太郎ね……」

 心晴が着る制服も自分が知るセーラーやジャンパースカートとは違う。ただ浮かんだのはモダンファッションというものだが、それとも違っていた。そして、問題は彼らの魔法だ。

 棒状のものから現れた魔法陣。そして、簡易的な詠唱。普通ならば、魔法は魔法陣の展開から呪文の書き込みをしなければならない。魔法陣を展開しない場合も同じだ。呪文を読み上げ、元素を構築させて魔法を発動させるのだ。すでに元素の塊を持つ精霊石とは違い、まずは呪文に魔力を乗せて、魔素や元素を集める必要がある。しかし、彼らは魔法名だけで魔法を発動して見せた。

 はじめこそは、魔法界の学生が人間界にいられるほど、世間は進んでいるとは思えなかった。しかし、どうやら自分が思っている以上に進んでいたようだ。

「もうちょっと静かにしていても良かったかしら……でも……」

 彼女の青い瞳が鋭く光った。

「そうは言ってられないのよねぇ……」

 カバンからペットボトルを取り出して、口に少し含んだ。

「見つけたぞ!」

 あの二人がもう、追いついてきた。

「あらあら、ずいぶんと早いご到着ですこと……」

 まだ追いかけてくるとは呆れたものだ。自分はこんな未熟な魔法使いに捕まるほど落ちぶれてはいない。特にあの小さな少年は、奇抜な魔法を使うが問題視するほどではない。しかし、その隣にいた金髪の少年は違う。明らかに異質な力を纏っている。

「まったく、なんでそこまで私を追ってくるのかしら? 本当に私のファンなの?」

 冗談めかしにそう言うが、彼らの表情は真剣だった。それに観念して彼女は考えを改めた。

「そういえば、あなた達はこの子の学友くんだったものね。心晴のことが心配なの?」

 彼らが追ってくる理由は心晴かと思った。確か彼らは数少ない心晴の学友のはず。友人を思って追いかけてきたなら、真剣な顔をしているのも頷けた。

 不機嫌な顔をした小さな少年が、口を開いた。

「お前、御影の髪が綺麗って言ってたな?」

 意図が読めない質問に、怪訝に思いながらも頷いた。

「言ったわね、ブロンドの髪は結構好きよ?」

 陽に照らされて、動く度に煌めく髪はとても綺麗だ。昔、好きだったビスクドールを思い出す。

「なら、決定だな」

 再び、書き込みが終わった魔法陣が展開され、その色を確認する。

 緑、つまり元素の風魔法だ。

「ウィンデアス!」

 足元に展開された魔法が発動し、風の勢いに乗って、こちらとの距離を詰めてきた。

(まるで猪武者ね……)

 このまま逃げようと足を動かそうとした時、足が動かなかった。

「⁉」

 自分の影に魔法陣が書き込まれており、地面に縫い付けられたように動けなくなっていた。

(闇魔法か!)

 目の前に迫った少年がこちらに手を伸ばした。咄嗟とっさに持っていたペットボトルの水を撒いて、障壁しょうへきを作った。

「いでぇ!」

 少年は、どぷんと重たい音を立てて水の壁にぶつかり、それを見て安堵する。

「くっそ、あと少しなのに!」

「どいて陽ちゃん!」

 悪態をついた少年に、金髪の少年が声を上げた。

 金髪の少年が無数の魔法陣を展開する。紫色に輝くのは闇魔法。それを難なく展開させる技量がこの少年にはある。

 自分の足元の影が解放されたかと思うと、魔法陣があっという間に自分を取り囲んだ。

「逃がさないんだから!」

 こちらを睨む目を見て、にやりと笑った。

(ああ、そういうことか)

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