13 正体
「あははははははっ! あー、楽しい!」
大きな笑い声を上げている少女を陽介と御影は恨めしそうに見ていた。
「ぜぇー……はぁー……お前、嘘だろ…………」
あれから三十分以上経っているが、一向に少女を捕まえることができずにいた。二人はずぶ濡れで、水分を吸いきった衣服のせいでだいぶ体が重い。
「ぜぇー……はぁー……ぜぇー……はぁー……チクショウ…………」
「なんて体力……なの…………」
ずっと走り回っていた彼らは、肩で息をしながら地面に膝をつけていた。
「おかしいわ……魔力も無尽蔵、体力も無尽蔵……馬鹿なの?」
「山猿よりタチが悪いぞ、アイツ」
おまけに相手は現代魔法を一度も使っていない。魔法陣の書き込みによる魔法は、魔法陣の展開から呪文の書き込みまで魔力の消費が激しいのだ。それを無数に展開し続ける彼女の底が見えない。
彼女は全く疲れた様子もなく、こちらをニヤニヤしながら見ていた。
「ふふふっ……もうお終いなの? 若いのに体力がないのね……おまけに魔法の技量もないなんて」
わざとらしくため息をつく彼女に、かちんときた陽介が立ち上がった。
「言ったな、この野郎……ッ!」
陽介がボディバックからフラッシュメモリーを取り出した。それを見た彼女は首をかしげる。
「なぁに? その小さい棒」
「こう使うんだよ! ウィンデアス展開!」
フラッシュメモリーに魔力を捧げると、緑色に輝く魔法陣が陽介の足元に展開される。それを見て、彼女は「お?」と興味深そうに言うと目を見開いた。
その魔法陣にはすでに呪文が書き込まれており、陽介が足で魔法陣をずらすと、その魔法陣がコピーされる。
「インストール!」
魔法陣が靴に移り込むと、靴に呪文が書き込まれた。フラッシュメモリーから現れた魔法陣。それは人間界の現代の技術で生まれた簡易型魔法陣だった。フラッシュメモリーにあらかじめ、書き込みをして保存することで瞬時に魔法を展開できるのだ。
「完了! これでもくらいやがれ! ウィンデアス・スフィア!」
陽介はそのまま空を蹴り上げると、見えない塊が少女めがけて飛んで行った。
「?!」
その塊は少女の頬をかすめていった。
バッと少女のフードと帽子が外れる。ばさりと髪が流れ落ち、彼女の素顔があらわになった。
「‼」
離れた街灯の明かりが仄かに照らす髪は、晴れた空のような水色。少女は長い髪を背中に払うと、まるで海のような輝きを放つ瞳を陽介に向けた。
「へぇ、変わった魔法を使うのね……威力は低そうだけど」
「……え……お前…………!」
少女の姿を見て、二人は思わず固まる。
「…………心晴ちゃん?」
そう、それは心晴だった。髪も瞳の色も全く違うが、その顔は間違いなく心晴そのものだ。彼女は名前を呼ばれて、首を傾げたあと、「ああ」と思い出した顔をした。
「心晴? あー、そっか。そう言えば、そんな名前だったわね」
何かに納得した心晴は、普段では想像できない胡散臭い笑みを浮かべていた。
「初めまして、心晴の学友くん達! いつもあの子から君たちのことを聞いているわ!」
そして、御影を指さした。
「特に、そこのハイカラな髪の君!」
「え、アタシ⁉」
彼女はうんうんと頷いて、うっとりとした目で御影を見た。
「そう、貴方の小金色の髪。まるで夕暮れの太陽のよう…………私、きらきらしたものが大好きなの…………ええ、実にいいわ。素敵!」
目を細めていう彼女に、御影は寒いものを感じて身構えた。
「貴方、精霊石のせいで生まれた別人格ってわけじゃなさそうね?」
精霊石には、人格を変えてしまうような副作用を持つ物もある。粗悪品ほどではないが、精霊石が宿す力に、精神的な負荷を与えてしまうのだ。
彼女は「ご名答」と言って微笑み返した。
「かすめたご褒美に教えてあげるわ。私と心晴は別存在よ。私の人格も、この子を元に作られたものではないわ」
つまり、精霊石による副作用で二重人格になったわけでは無さそうだった。
今の彼女は文字通りの別人。
「お前が街を騒がす髪切り魔なのか?」
陽介が単刀直入に言うと、彼女は唇に指を立てた。
「残念、ここから先は別途で料金が発生するわ。知りたかったら、私を捕まえてごらんなさい」
「やってやろうじゃねぇか!」
わかりやすい挑発に乗った陽介を見て、彼女はにやりと笑う。
「その意気よ、若者」
心晴の姿をした彼女は足元の水たまりを踏みつけると、その水たまりが霧状に変化した。
その霧は一気に辺りを覆い、彼女の笑い声だけが響いた。
「クッソ!」
フラッシュメモリから魔法陣を展開し、魔力を込めた。
「ウィンデアス!」
陽介がそう叫ぶと、陽介を中心に風が渦巻いて霧を吹き飛ばした。辺りが一気に鮮明になる。しかし、そこに心晴の姿はなかった。
「どこ行った⁉」
「陽ちゃん! あそこ!」
水色の髪が走っていく姿が見え、陽介は地団太を踏んだ。
「逃げやがったなぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「大丈夫よ、陽ちゃん」
御影の足元に紫色の魔法陣がすでに展開され、それは御影の影の中に流れ込んでいく。
「もう、追ってるから」
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