11 遭遇

「ん? 何あれ?」

 御影と陽介がショッピングモールに向かっている途中、人だかりができていた。そこにはパトカーと救急車が止まっており、救急車がサイレンを鳴らして発車する。

「本当だって! オレ、見たんだよ!」

「とりあえず、詳しいことは署で聞くから……」

 大きな声が聞こえてきたが、何が起きているのが陽介と陽介には見えなかった。

「なになに? 何があったの?」

 人だかりの向こうに黄色いテープが貼られているのが見えた。おそらく、事件か何かがあったのだろう。

「ねぇ、陽ちゃん。何があったのかな?」

「さぁ……救急車もパトカーも来てたってことは、けっこう大ごとじゃ…………ん?」

 人だかりができているその上、宙に浮かぶ黒い物体が見えた。

 ピンと立った三角の黒い耳、そして、太くてふわふわした三本の尻尾をした生き物だ。

「おい、御影。あれ……」

「あれってたしか……クロコちゃん……?」

 そう、それは深紅の使い魔だった。

 二人の声が聞こえたのか、クロコがこちらを向いて、ふわっと二人の傍に来た。

「あら、来ていらしたのね」

 クロコの口から出たのは深紅の声だった。それにぎょっとしていると、クロコが手招きをした。

「こっちよ」

 クロコに促されて、そのあとをついていくと、人気ひとけのないに公園についた。

「貴方たちがいるのは思わなかったわ」

 クロコが地面に埋め込まれたタイヤに座ると、後ろ脚で首の付け根を掻いた。

「お前こそ、なんだよそれ」

 陽介がそういうと、クロコはあくびをしながら言う。

「何って、クロコはわたくしの使い魔です。私の手足となり、口となることも可能ですわ」

 使い魔を持たない二人にはわからないが、どうやらそういうこともできるらしい。

「というか、終夜御影。なんですか、貴方の格好。ふざけているのですか?」

 女子制服を身に纏った御影を見て、クロコが不機嫌そうに尻尾を揺らす。

「あら、似合うかしら?」

「似合うも何も、まるで女の子じゃないですか! それで髪切り魔を捕まえるつもりですか?」

「そうよ! このブロンド美少女に引っかからない男なんていないわ!」

 自信満々に言う御影に、クロコの口からため息が出てきた。

「頭が痛いわ……囮捜査にしてもガバガバすぎる……」

「わかるわ…………」

 思わず同意した陽介に、御影は頬を膨らませた。

「陽ちゃんまでひどいわ! そういう深紅嬢は何をしてたのよ!」

「もちろん、捜査です。さっききたばかりなので、さっきの事件はなんだったのか、分かっていませんが」

 そういうと、クロコはさらに尻尾を振ってタイヤから飛び降りた。

「本当だったら、貴方たちの捜査にも同行したいのですが、さきほどパトカーに乗せられた男性が気になるので、そちらに行きますわ。それでは、ごきげんよう。髪切り魔が釣れるといいですわね」

 クロコはその場でジャンプし、くるりと宙返りをした。すると、クロコの姿は闇に溶けて消えてしまった。

「そうそう、その女装。全く似合いませんわ、鏡でも見て出直してきなさい!」

 消える間際にそう言い残し、御影は額に青筋が浮いた。

「何よ! まごうことなき、美少女でしょアタシ‼」

「まごうことなきっていうか、お前は男だから」

 そもそも、彼女から見たら御影は男に見えるのだから、似合わないと言われてもしょうがない。

「じゃあ、アタシ達も捜査よ! さっさと髪切り魔を呼び寄せて、アタシがブロンドの美少女だって証明させてあげる!」

「いや、目的が食い違ってるから。つか、なんでそんなにムキになってるんだよ……」

 放課後のことがあったからと言って、普段の御影がここまで引きずるような性格ではない。だいたい能天気に忘れている方が多い。

「なんとなく腹が立つの! それにアタシは売られた喧嘩は買うわ!」

「はいはい…………」

 そう陽介が言った時だった。

 ふっと魔装具の精霊石が淡く光った。

「!」

 二人はあたりを見渡すと、道路に灰色のパーカーを着た人物の姿が見えた。その姿が見えたのは一瞬だったが、二人はすぐにその後姿を追いかけた。

 その人物は人気ひとけのない路地に入っていき、次第に辺りにある街灯の数がまばらになっていく。そして、追いかけた二人がついた先は森林公園だった。その人物はようやく足を止め、こちらに振り返った。

 フード付きのパーカーを被り、さらにその下にも帽子を被っている。まるでその姿は小さな不良のようだった。フードと帽子のせいで顔は見えないが、どこか楽し気に見えた。

「私に何か御用? もしかして、私のファンかしら?」

 その声は二人と同じくらいの歳ごろの少女の声だった。冗談めかしに彼女がそういうと、二人の指輪についた精霊石が強く輝きだした。

「お前、何者だ?」

 陽介の問いに、その人物は首を傾げながら考えるが、小さく首を横に振った。

「さあ? 貴方たちが欲しがるような回答はできないわ。むしろ、私が聞きたいわね。特にそこのスカートを履いたブロンドの彼…………」

 御影を指さした。

「綺麗ね…………とっても」

 にやりとした口元が見え、ぞわりと二人の背筋に冷たいものが走った。

 そして、その人物の周りに水色に光る魔法陣がいくつも展開し、瞬時に呪文が書き込まれた。

「なっ⁉」

 二人が同時に声を上げると、その魔法陣から水の塊が放たれた。

 物凄い速さで、二人の脇をかすめていき、水の塊は地面に落ちた。

 グシャリ

 嫌な音が聞こえて、二人が振り返ると、そこには大きく抉られた地面があった。

「マジか……」

 それを見て、二人はさっと血の気が引く音が聞こえたような気がした。

 彼女はその抉れた地面を見て、首を傾げた。

「あら、ダメねぇ……まだ加減ができなくて…………でもいいわ」

 さらに、魔法陣を増やし、瞬時に呪文が書き込まれた。

「げっ!」

 顔を青くする二人とは裏腹に、彼女の口元は笑っていた。

「同じくらいのお友達と遊ぶのが夢だったの。ドッチボールしましょう? 私、投げるからあなた達、的ね」

「それドッチボールじゃねぇーよ‼ うわぁ!」

「陽ちゃん⁉」

 容赦なく飛んでくる水の塊が陽介に当たり、後方へ吹っ飛ばされた。まるで巨大な水風船に当たったような衝撃を受け、地面に転がる。

「いてて……」

「陽ちゃん、大丈夫⁉」

「お、おう……なんとか」

 駆け寄った御影が陽介の無事を確認すると、安堵を漏らした。

「やった、命中!」

 嬉しそうに笑う彼女を御影が睨みつける。

「ちょっと! アンタ、一体なんでこんなことするの! これだけ魔法が扱えるってことは、魔法使いでしょう!」

 精霊石が反応しているということは、彼女も精霊石を持っている。それは確実だ。しかし、彼女が使っている魔法は粗悪品の精霊石で使える魔法の範疇を超えていた。

 彼女は興味が無さそうに目を細めた。

「さぁ? わからないわ。私は魔法使いなのかしら? まあ、そんなことはどうでもいいじゃない?」

「どうでもよくないわよ! 第一、その精霊石だって、どうやって手に入れたの? それ、本物でしょう!」

 そう言うと、彼女は怪訝な顔をして「はぁ?」と声を漏らした。

「精霊石に本物も何もないわ。私からしたらなんで魔法使い、それも学生がここにいるわけ? そもそも表舞台で立ち回るほど、魔法界は発展してないでしょう?」

 不機嫌そうに言った彼女の言葉を聞いて、御影は戸惑った。

「貴方、何言って…………?」

「んー、これ以上はボロがでそう……そうね」

 彼女は迷惑そうな顔から一転して、悪巧みを思いついた子どものような笑みを浮かべる。

「もし、聞きたかったら私を捕まえてごらんなさい? 一度でも私に触れることが出来たら、教えてあげるわ。でも……」

 二人を値踏みするかのような視線を送った。

「魔法界の小倅こせがれが私を捕まえられるかしら?」

 少女の挑発的な笑みに、陽介はゆらりと立ち上がった。

「その喧嘩…………買った!」

 声を低くして言い、陽介は拳を鳴らす。

「陽ちゃん、もう大丈夫なの?」

「おう……どこの誰だか知らねぇが、お前、色々知ってそうだしな」

 陽介が睨みつけると、彼女は嬉しそうに笑った。

 彼女は再び魔法陣が展開されて、呪文が高速で書き込まれていく。

「私を楽しませてね、小さな魔法使いさん?」



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