10 ハッケン

 ぴちゃっ…………

 足元で水が小さく跳ねた。

 街灯で照らされた水面はゆらゆらと煌めき、やがて静止する。

(ああ、綺麗…………)

 ぴちゃっ…………

 水が跳ねる音は静かに響いて、心を癒していく。

 真っ黒な水面を覗き込むと、そこには自分の顔が浮かび上がった。どこにでもいそうな、平凡そのものと言っていいほど、普通の顔。しかし、その顔はどこか見覚えがあり、そのおかげなのか、この体に馴染なじむのが早かった。

 さらりとフードの奥に押し込めていた髪が落ちてきた。変色した髪を一瞥し、苛立ちにも似た感情が浮かび上がった。

 ぱしゃっ…………

 思いきり水面を蹴り上げ、水しぶきを上げた。きらきらと輝く水の粒は宙に静止し、そして、地面に落ちて行った。

 薄暗い路地に水音が響き、水面に波紋はもんが広がっていく。その波紋の先には少女が力なく倒れ込んでいた。泥水で衣服が汚れた少女の襟首や袖口は真っ赤に染まっていた。

「た、たすけっ……助けて………………っ!」

 ふり絞った声は震え、なんとも弱々しい。思わず口端も持ち上げて、少女を見下ろすと、目が合った。

「ひっ!」

 こちらを見上げる少女の顔が恐怖で歪む。それが愉快でたまらない。

「あら、生きていたの?」

 声を弾ませながら、白くきらめく刃を向けた。

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