09 名案

「アイツ、ホント、何考えてんだ?」

 いい案があると言って家に帰った途端とたん、御影は慌ただしく自室に引きこもった。

「一体なにしてんだか……」

 何も説明なしに取り残された陽介は冷蔵庫にあった炭酸を取り出す。コップに中身を出した時、二階から騒がしく階段を駆け降りる音が聞こえた。

 そして、その足音はこちらに向かってきた。

「じゃーーんっ!」

 そんな明るい声と共に陽介の前に現れた御影を見て、陽介はポカーンと口を開いた。

 二階から降りてきた御影の服装は、陽介も知っている学校の制服だ。そう、よく知っている制服だったが………… 

「お前……何してんの?」

 彼が着ているのは、女子制服だった。紺のブレザーに、白いワイシャツ、そしてショップに売っているリボン、チェックのスカート。スカートの下には薄手のストッキングを履いていた。

 若干顔を引きった陽介とは裏腹に、彼はふふっと不敵に笑った後、胸を張って言った。

「見ればわかるでしょう? 女装よ!」

「分かりたくもなかったよ、そんな現実」

 今、幼馴染が文化祭でもイベントでもないのに、嬉々として女装をしようとしている。そんな現実から陽介は目を逸らしたい気持ちでいっぱいだった。

「髪切り魔を捕まえる準備をするって聞いたのに、なんで女装なんだよ?」

「決まってるじゃない! 狙われているのは女子高生! つまり、女装をすればいいのよ!」

「極論すぎるだろ……」

 陽介は御影の全身を頭からつま先までを改めてみる。黒いストッキングが男のごつい足を柔らかく隠してくれているが、全体的に体格は男なのだ。御影と同じ背の女性は少なからずいるだろう。しかし、いくら服装を変えたとしても体つきまでは誤魔化せない。

 可愛いポーズをして感想待っている御影に、陽介は心底鬱陶しいという顔をする。

「何よ、その顔! アタシは女子よりも女子って言われた逸材よ! 女装と言えばアタシでしょ!」

「あのなぁ……お前、自分の格好をちゃんと見てみろよ……もの足りないものがあるから」

 御影は鏡で自分の姿を見ながら、「アタシに足りないもの……」と静かに呟いていた。

 そして、何か思いついた顔をする。その顔は明らかに陽介が求めていた回答とは違うひらめきをした顔だった。

「わかった。胸ね! 陽ちゃん、野球ボール持ってきて! 軟式のやつ!」

「お前はトイレットペーパーでも詰めてろよ」

「ひどい!」

 御影はそういうが、陽介はただただ呆れる。

「胸詰めたって、お前は男の体格だから無理だよ。てか、お前のいい案ってそれかよ?」

 まさか女装することだったとは思わなかった陽介は、正直がっかりした気持ちが大きい。実は男だったと暴露して精神攻撃を仕掛けるのが目的なら、今すぐにでも張り倒してやりたい。過去に奴の女装に騙された男は一人や二人ではないのだ。

「やぁね、これはあくまでも髪切り魔をおびき寄せるためのオマケ。隠し玉はちゃんとあるから安心してね!」

 笑って否定した御影は結局、それが何かは教えてもらえなかったが、おそらく家系に関わることなのだろう。陽介も深く追求するのはやめた。

「てか、例の髪切り魔があの女かもしれないだろ?」

 帰り道にすれば違った少女。彼女は二人とすれ違うとまるで幽霊のように消えてしまった。彼女を見失った時、二人がまず確認したのは、あの少女の存在だった。

「ホント、あの子、スッと消えたわね」

「魔法……にしてもあんな一瞬にできるか?」

「んー、魔法陣に魔力を注ぐだけだとしても、あんなにすぐには難しいんじゃない? だって、詠唱も必要だし」

 いくら現代技術を盛り込んで魔法を簡単に使えるようになったとしても、必要な手間というものはある。下準備があったとしても、あの少女のようにスッと消えることができるかは謎だ。

「精霊石だとどうなるんだ?」

「んー、アタシもあまり使ったことないからなぁ……確か、魔法を使う時は同じだったと思うわ。ただ、その精霊石も閉じ込めている精霊にもよってちょっと変わっちゃうのよね」

「変わる?」

「そう、得意不得意っていうのかしら?」

 結晶の中に閉じ込められた精霊が火であれば、火の魔法が使いやすい。その代わり、対局である水の魔法は扱いにくくなるのだ。

「魔女族ではよく使うものを結晶化しているらしいわ。旧世代ってやっぱり電気とかがなかった時代だし」

 迫害されていた時代だったせいもあり、隠れ住んでいた魔法使いたちは電気や火の資源を魔法で生み出して使っていた。しかし、長時間の利用は体に負担をかけてしまう。そこで生み出されたのが精霊石だった。

「魔法だってバレないように宝石のように加工したわけだけど。もし、人間界に間違って装飾品として流通に流れてしまったらなら、火の精霊石が多いと思うわね」

「まあ、火って便利だもんな」

「そうそう。あとは場所によっては魔女の風習で子どもや孫にその子に合った属性の精霊石を贈るものもあるわ……」

「色んなものがあるんだな……魔女族」

「まあね、アタシも下手な調べだから……」

「まあ、それより問題は髪切り魔よ! 行くわよ、陽ちゃん!」

「まて、ホントにその格好で行くのか⁉」

「当たり前でしょ! 髪切り魔は女の子を狙ってるんだから!」

「だから、根本的にお前は男なんだよ。お・と・こ! それに、そんな女装した大男の隣を歩きたくないからな!」

「もう、しょうがないわね……」

 御影はそういうと、足で円を描くようにその場をくるりと回った。すると、瞬時に魔法陣が展開する。深い紫色で浮かびあがった魔法陣に呪文スペルが書き込まれる。これは御影がもっとも得意とする無詠唱の魔法だ。呪文の書き込みが成功すると魔法陣は足元から上へと御影を通り過ぎていく。そして、魔法陣が消えると、御影はスマホを取り出すと、陽介に渡した。

「はい、陽ちゃん。これで写真撮ってよ」

「あ? しょうがねぇな……はい、ちー…………は?」

 ガタンッ

 カメラ越しで御影を見た陽介が、スマホを手から滑り落とした。

「ちょっと⁉ スマホ落とさないでよ!」

 御影がそう言ってカメラを拾い、陽介の肩を掴んでカメラを向けた。

 パシャッ

 シャッターが切られ、画面をみた御影が満足そうに笑った。

「うん、アタシってば美少女!」

 スマホの画面には、御影によく似た女の子が陽介の隣にいたのだった。

「どうどう?」

「なんだよ、その魔法……」

 今、目の前にいる御影はいつもの姿だが、カメラに映った御影は紛れもなく女の子だった。それに御影は満足したのか、誇らしげに言った。

「もちろん、幻影の魔法よ! 普通の人間にはアタシが美少女に見えるようにしてるわ。まあ、魔力がある人には効果は薄い程度に書き込んだから陽ちゃんには男の見えてると思うけど」

「心臓に悪いわ!」

 まるで幼少期の彼をそのまま成長させたような姿だ。これは絶対に人目を惹くだろう。

「ふふふ、この姿で道を踏み外しかけた男は数知れず……これで髪切り魔もアタシに釘付けね!」

「またお前の被害者が増えるのかよ……」

 過去にその被害者となった同級生たちを思い出しながら、陽介はまだ見ぬ被害者に同情する。

「じゃあ、行くわよ! 髪切り魔を捕まえに!」

「おー…………」



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