05 被害者

「ええぇええっ⁉ 二人とも大丈夫だったの⁉」

 翌日の昼休みに、いつもの屋上で心晴が声を上げた。

「そうなのよ! そのあと大変だったんだから!」

 襲われた女子高生は髪を切られる時に暴れていたせいで、はさみが耳に当たってしまったようだった。鋏が首に当たっていたら大騒ぎだっただろう。御影や陽介にも事情聴取をされ、身元引き渡しとして、深紅しんくとその世話人を呼ぶ羽目になった。

 その世話人は魔法界出身者なので、苦い顔をしながらも保護者代理として来てくれた。

『もう、なぜ私も呼んでくれなかったのですか!』

 偶然に遭遇したとはいえ、事件直後に呼ばれなかったことに腹を立てていた。陽介も余裕があればできたが、怪我人がいるとなるとそこまで気が回らなかった。もし、その場に彼女がいたら、使い魔で犯人を追っていたであろう。まだ学生というのもあって、御影も陽介も魔法がたくさん扱えるわけでもない。

 そのあと、深紅が犯人捜しをすると息を巻いていたが、それは世話人によって阻止された。御影も陽介も家まで送ってもらい、その日は終了となった。

「大変だったね…………犯人は見たの?」

「全然、姿形もなかったよ」

 あの場所は一本道で特に人が隠せるようなスペースもなかった。塀を登ったと言われれば、少しは納得するが、よじ登った痕跡もない。あの新聞記事に「幽霊のようだ」と冗談めかしに書かれたが、あながち間違っていなかった。本当に幽霊のようにあっという間に姿を消してしまっていたのだ。その後、警察も周辺警備や聞き込みもしてくれていたのにも関わらずにだ。おまけに切られた女子生徒の髪も持っていかれてしまったのだ。挙動不審な男の持ち物も確認したが、まったく見つからず終わったようだ。

「本当、幽霊みたいよね~、心晴ちゃんも気を付けて」

「大丈夫だよ、私は染めてないもん」

「わからないわよ! いつ犯人が幼気いたいけな少女の黒髪を狙うかわからないわ!」

 またわけわからないことを言って、と陽介が思わずため息をもらす。

 確かに髪切り魔が標的を変えないとも言い切れない。そもそも、なぜ髪切り魔が染めた髪を狙っているのかも不明なのだ。

「もしかしたら、今度は男の子が狙われるかもよ?」

 冗談めかしに心晴がいうと、慌てて御影が自分の髪を掴んだ。

「いやっ! 私のブロンドが狙われる!」

「誰も狙われねぇし、お前の頭なんて届かねぇよ」

 御影の身長は男子高校生の平均身長を優に超えている。おそらく、学校全体でも御影ほど高身長な生徒は片手で数えられる程度だ。そんな男の髪を切るには一筋縄でいかないだろう。

「平均身長くらいあれば届くわよ。まあ、陽ちゃんには無理でしょうけど」

「お、喧嘩売ったな? 高く買うぞコラ」

 御影と違って、平均身長をはるかに下回る陽介の頭は、御影の肩にも届かない。これでもじわじわと身長が伸びているのに、御影とこんなにも身長差がある。陽介は隣にいる心晴とそんなに変わらない程度の身長なのだ。

「いつかお前の身長を抜かしてやる!」

「いやーっ! アタシより大きな陽ちゃんなんて想像したくなーーーーい!」

 御影はそう言って陽介の頭を上から抑えた。

「絶対可愛くない! 大きくならないように呪いかけてやるぅ~!」

「やめろ、お前じゃシャレにならない!」

 ぎゃいぎゃいと騒ぐ二人と控えめに笑いながら、心晴は二人を眺めていた。

 ふと、心晴は昨日のことを思い出して「あ」と声を出した。

「そういえば、二人に……」

「見つけましたわ!」

 心晴の声に誰かの鋭い声が重なった。三人がその方を向くと、仁王立ちでこちらを見ている少女がいた。

 背中まで伸びる黒髪は墨汁で書かれた波立つ海のようで艶やかだ。こめかみからカチューシャのように編み込みがされ、真っ赤なリボンでまとめられていた。

「げ、真霧まぎり……」

 そう、真霧深紅だ。

 思わず出た言葉に、深紅の眼光が鋭くなる。

「げっ、とはなんですか! げっ、とは!」

 怒り出す深紅を御影がなだめに入る。

「まぁまぁ、深紅嬢。落ち着いて落ち着いて。何か御用があってきたんじゃ……?」

 心晴を見やると、深紅の気迫に圧されてわずかに後退あとずさりをしているのがわかる。たたでさえ臆病な性格の心晴にとって、深紅は恐怖の対象だろう。

 正直、あの御影すらも少し苦手そうに相手をしているのだ。

 深紅は不機嫌な顔のまま言った。

「そうよ、この子があなた達にお礼を言いたいそうです」

 深紅がそういうと、彼女の後ろから少女が現れた。黒い髪にショートカットの少女はおどおどした様子で二人を交互にみた。

「あ、あの……昨日はありがとうございました」

 彼女は深々と頭を下げた時に、耳にガーゼで保護されているのを見えた。それで二人は、その少女が誰なのかを思い出す。

「あれ……? もしかして昨日の?」

「はい、えーと真霧さんと同じクラスの佐々木です」

 あの時は暗かったというのと、彼女はすぐに救急車に、二人はパトカーに乗せられてしまったため、よく顔が見えなかったのだ。二人が覚えていたのは同じ学校ということだけだ。

「そっかー、良かった。心配してたのよ。耳の方は大丈夫?」

 御影の口調に少し驚きながらも彼女は頷いた。

 救急車で運ばれた後、すぐに医者に診てもらった。幸い、縫うような怪我ではなかったので良かった。髪もすっかり黒く染め直し、髪も綺麗に整えられていた。

「二人が来てくれたおかげですぐ病院に行けたし、警察も呼んでくれたから……本当にありがとうございました。それに、警察の事情聴取ですごい長い時間取られたって……迷惑すごい掛けたから…………」

「そんなことないわよ、怖かったでしょ?」

 御影の笑顔に少し緊張が和らいだのか、どこかホッとした表情をすると、彼女は続けた。

「今度、何かお礼させてね…………」

 そのあと、彼女は深紅と少し話してから屋上から出て行った。てっきり深紅も彼女と一緒に戻るのかと思っていたが、深紅は「ちょっと顔を貸しなさい」と仕草をする。

 仕方ないと言わんばかりに二人は立ち上がった。

「悪い、心晴。たぶん、話が長くなると思うから先に教室に戻っててくれ」

「え……うん」

「ごめんねー、心晴ちゃん!」

 三人が屋上から出て行き、心晴はため息を漏らした。

 心晴はスマホを取り出した。そのスマホにはぐるぐると目を回している青いクマのイヤホンジャックが差し込んである。

「せっかく……見せようと思ってたのに……」



 

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