04 帰り道

「心晴ちゃん、大丈夫? 送らなくて平気?」

 買い物が終わり、外はだいぶ真っ暗だ。三人とも学校まで徒歩圏内なのでまた電車を使って戻る。電車を降りた後、二人が家まで送ると申し出たが、心晴は首を横に振った。

「大丈夫。二人も帰りが遅くなっちゃうし」

「大丈夫よ~! 野郎二人が少しぐらい遅く帰ったところでどうってことないわよ! むしろ、アタシは女の子を一人で帰らせるのがね」

 髪切り魔の標的の対象には程遠いが、心晴は女の子だ。買い物に誘った手前、御影も心配していた。

「ありがとう、でも…………」

「迷惑だった……?」

 御影が子犬のようにしょげていると、心晴が慌てて首を振った。

「ち、違うよ! わ、私、友達がいなさ過ぎて家に友達というか、男の子が来たら色々喜んじゃう!」

「あー……」

 なんとなく状況が理解できた。特に高校生となれば両親が彼氏やらなんやらと誤解するのもあるだろう。

「じゃあ、しょうがないわね…………」

 御影も渋々納得したといった感じだった。心晴は少し離れるとこちらに手を振った。

「ばいばい、御影ちゃん。陽介くん」

「じゃーな」

「また明日~」

 心晴の姿が見えなくなると御影と陽介も歩き出した。隣で御影が買った袋を見ていた。鼻歌まじりで上機嫌なのは見て取れた。

「お前、今日はやけにテンション高くないか……?」

「え、そうかしら⁉」

 自分でも気づいてなかったのか、驚いているようだったが、御影は低く唸りながら考え出した。

「まあ、こっちで初めてできた友達と買い物が嬉しかったっていうのもあるけど……」

 まだ納得できないところがあるのか、首をかしげている。

「どこかほっとけないのよね、誰かに似てるっていうかー……」

「ふーん」

 聞いておいて興味なさそうに陽介は言うと、御影はさらに首を捻った。

「なんでかしらね…………あ、そうそう陽ちゃん、コレあげる」

「ん、何?」

 御影は買った袋からさらに小袋を取り出し、陽介に渡す。陽介はその中身を見ると中にはイヤホンジャックが入っていた。白いクマの首だけのもので、不機嫌そうに眼がつり上げっていて絆創膏ばんそうこうがついていた。御影を見ると、にんまりした顔で陽介にもう一つの袋を見せた。

「じゃーん! なんと、アタシ、陽ちゃん、心晴ちゃん、三人お揃いイヤホンジャックでーす」

 御影はピンクでハートの目をしたクマのイヤホンジャックだった。

「えへへ、ちなみに、心晴ちゃんは青いクマさんよ! やっぱりお友達とはお揃いを持ちたいわよね~」

「女子かよ…………」

 思わず、陽介は言葉に漏らすと、御影はそれでも嬉しそうな顔が崩れなかった。

「だって、陽ちゃんとはペアリングつけてるのに、心晴ちゃんとは何もないなんて寂しいじゃない」

「この魔装具はペアリングじゃねぇよ」

 御影の中指にはまっている指輪は特専学科に生徒は皆もっているものだ。陽介にとって男同士でお揃いなんて恥ずかしさしかない。今は指に付けずにチェーンを通してネックレスにしている。常備しているよう言われてなければ外しているところだ。乙女思考の御影は当然のように言った。

「じゃあ、もっとお揃い増やしましょ! はじめは同じシャーペンと消しゴムからよ! そして、ゆくゆくはペアマグカップよ!」

「意味が分かんねぇよ。お前、オレのこと大好きかよ」

「大好きよ‼ 何度も言わせないでちょうだい!」

 大真面目にいう御影に、陽介は頭がいたくなり、「はいはい」と適当に返事した。

 御影はピンクのクマをスマホに差し込み、満足そうに眺めていた。その様子を見ながら、陽介はなんとなく昔のことを思い出す。

(昔はこんなグイグイくるような性格じゃなかったような……)

 初めての出会いが相当そうとう前のことなので、出会った日のインパクトが大きかったせいで、他の思い出が朧気おぼろげだった。

「ほら、陽ちゃんもつけてよ!」

 御影が陽介のスマホに白いクマを差し込んで、さらに上機嫌になる。まさに浮足立っている様子に陽介は呆れながら自分のスマホについたクマを眺めた。

 不機嫌そうな吊り上がった目、大きく不格好な絆創膏。どこか既視感を感じるが、それがなんなのかわからなかった。

 隣で鼻歌を歌う幼馴染を見上げ、陽介は呆れたようにため息をついた。

「ありがとな……」

 陽介の言葉に御影は豆鉄砲を食らった鳩のような顔をする。そして、にやっと笑った。

「どういたしまして!」

 そう、御影が笑った時だった。

 きらりと二人の指輪にはめ込んである精霊石が光った。

「え?」

 蛍のように点滅する光は次第に強くなっていく。

「なにこれ……」

「きゃぁあああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 近くで誰かの叫び声が聞こえ、二人はハッとして顔を見合わせた。

「陽ちゃん!」

「こっちからだ!」

 二人は声が聞こえた方へ駆け出す。曲がり角を曲がったところに、その声の主はいた。頭を抱えてその場に小さく座り込んで震えていた。

「大丈夫⁉」

 御影がそばに駆け寄り、陽介は一本道の通路を見たが、そこに誰もいない。

「くそっ!」

 陽介は悪態をつくと、御影が駆け寄った人物のところへいった。

 陽介たちと同じ学校の制服を着ており、染められた髪は不格好に真っすぐに切られている。足元にはわずかに髪が散らばっていた。

「怪我とかない?」

 御影が問いかけると、その女子生徒はやっと声を絞り出したように小さく言った。

「耳が…………いたい」

「え…………?」

 つーっと彼女の手から赤い雫が伝う。それを見て、陽介は急いでスマホを取り出す。

「御影! オレは警察にかけるから救急車を呼べ!」

「わ、分かったわ!」

 陽介は110番をし、すぐに通話が繋がった。

『もしもし、事故ですか? 事件ですか?』

「事件です! 髪を切られた子が……」

 内心で舌打ちをしたい気持ちでいっぱいになりながら、状況を説明した。



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