03 第一回 精霊石探し会議

「第一回、精霊石探し会議~!」

 別校舎にある空き教室で、御影はそう言いながら拍手をした。御影の前には呆れる陽介、意味が分からないと言わんばかりに頭を抱える深紅がいた。

 午後の最後の授業が終わる前に、御影は突然「そうだ!」と何かを思いついたと思うとスマホで何かやっていたのを陽介は見ていた。そして、授業後に理由も聞かされないまま御影に連れていかれたのは、別校舎の空き教室。そして、そこに、あの真霧まぎり深紅しんくが待っていた。

「一体、なんなんですの?」

 どうやら陽介同様に、深紅もなぜ呼び出されたのか分からないようだった。

 怪訝な顔をする深紅に、御影はにこにこしながら言ったのだ。

「もちろん、会議よ! 精霊石探しの!」

「「はい?」」

 陽介と深紅の声が重なった。

「ほら、アタシ達ってチームでしょ! 少しは作戦会議をしないと!」

 楽し気にそう御影はいうが、深紅と陽介は互いに顔を見合わせた。

 確かに、御影、陽介、深紅は三人でチームだ。本来、二つのペアが一つのチームとなるが、深紅にペアがいないのもある。御影はとにかく仲間内でわいわいやるがの好きな性分もあり、作戦会議と銘打ったのだろう。

「あのね……作戦会議って、子どもじゃないんだから……」

 深紅も呆れた顔をしていうが、御影はぶんぶんと首を横に振る。

「子どもとか関係ないわよ! それにアタシ達って学校どころか生活圏も、文化も違うじゃない!」

 人間界で普通の人間と接して暮らしてきた御影と陽介とは違い、深紅は生粋の魔法界育ちだ。昨日はそれで言い合いのようになってしまったので、御影は少なからず気にしていていた。これからチームとしてやっていくなら少しは考えや意見をすり合わせた方がいい。

「やっぱり、考え方って人それぞれだし、受け入れられないことっていっぱいあるわ。現に陽ちゃんだって! いつまでもアタシたちのペア決めは腐れ縁のせいだっていうし!」

「腐れ縁だろうが」

「運命って言ってるでしょ!」

 およよとわざとらしく泣いて見せたあと、御影は続けた。

「こんな感じで、長年幼馴染をやってるのに食い違いが出るんだから、深紅嬢が人間に不信感を抱いて、人と関われないのもおかしくないわ」

「食い違いじゃねぇよ、事実だよ」

「というわけで、会議って言ったら情報の共有よ!」

 陽介の言い分を華麗に流した御影は、クリアファイルに入っていたルーズリーフを取り出した。

「実は、今日の新聞で髪切り魔の事件について知ったの! これから情報収集をしようと思ってるわ!」

 それは御影が授業を全く聞かずに書いていた、髪切り魔についてまとめたものだった。

 犯行日時、被害者、犯行手順の予想などなど、そのほとんどは憶測だが、粗悪品の精霊石の属性の予想も書かれていた。

「三人目の被害者も犯人の姿は見てないし、すぐ仲間で犯人捜ししたのに見つからないっておかしいもの! 絶対精霊石を使った犯行よ。どうかしら、深紅嬢」

 深紅はルーズリーフを受け取って一通り目を通した後、大きなため息をついた。

「いくら何でも調べが遅すぎですわ」

 深紅はそういうと、リング式のクリアファイルを取り出した。その中を見ると、この街の地図、ここ一年内にあった事件についての新聞の切り抜き、そして、被害者の個人情報が事細かに記されて、綺麗にファイリングされていた。

 それを見て、陽介と御影はぎょっと目を剥く。この学校に編入するまでに一週間ほどの時間があったが、彼女はその短い間にここまでの調べ出したのだ。

「この街に来るとわかっていたのですから、下調べは当たり前ですわ。むしろ、調べていない方がおかしいです。あなた達は、何しにここへ来たのですか!」

「…………ごめんなさい」

 昨日、深紅の「自覚しろ」という説教はこういうことか。彼女が怒るのも無理はない。納得した御影と陽介は、思わず謝った。

「まったくです! でも、目の付け所はよろしいと思うわ!」

 怒りながらも深紅はファイリングした事件を書き出したページを開いた。

 ここ一年で起きた事件を時系列順に並べ、その事件の犯人や犯行手順まで書かれている。その事件のほとんどは大学生や大人がほとんどだ。

「見ての通り、ここ一年での犯罪はひったくりや空き巣。き逃げがほとんどです。学校で報告された実例のような軽犯罪なんて新聞にあまり載らないですしね。それなら未解決の事件か近くの学校で起こした生徒の不祥事を調べた方がいいと思って、私も髪切り魔について調べを進めています」

 御影と陽介はそのファイリングした資料をまじまじと目を通し、その内容の詳しさに感心する。

「すげぇな……」

「本当、どうやってやったのこれ……」

 そんなことをいう御影と陽介を見て、気分が良くなったのか、深紅は自慢げに笑う。

「ふふっ! 当たり前ですわ! この真霧深紅の手に掛かれば、このぐらい! 私には優秀な使い魔がいるんですもの!」

 真霧家は優秀なテイマーの家系だ。使い魔をこの街に放って調べたのだろう。それならこれだけの情報を集められるのも納得する。しかし、このファイリングの細かいながらの見易いまとめ方は、本人の力があっての代物だろう。これには彼女を称賛せざるを得ない。

「それで髪切り魔の話ですけど。今、私の使い魔が被害者の襲われた場所を探しています。場所の特定ができ次第お伝えしますわ」

「じゃ、それまでオレたちは別の捜査をするか」

 深紅の資料を見ていると、地図にいくつかのしるしを見つけた。

「なぁ、この印ってなんだ?」

 犯行現場は同じ印で統一されており、そのほかに種類の違う印が書かれていた。

 深紅もその地図を見て、「ああ」と思い出す。

「この市内で学生がよくいく場所もリストアップしていたのでした」

 ゲームセンター、カラオケ、ショッピングモール、本屋や雑貨、カフェなど、ショップジャンル別に書かれていた。そこは昨日、御影と陽介が遊びに行った場所もあったが、まだまだ知らない場所も多い。

「高校生が標的にされているから、もしかしたら精霊石の取引もそういった場所で行われていると思って」

 遊ぶ場所を探していた御影はまるで宝の地図を見つけたかのように目をキラキラさせた。

「深紅嬢、すごい! 私、このお店行ってみたい!」

「遊ぶ気満々かよ…………」

 学校の近くにある巨大ショッピングモールを指さす御影に呆れていうと、御影は頬を膨らませる。

「現地調査よ! 現地調査!」

「はいはい…………とりあえず、オレたちもちょこちょこ探りを入れてみるわ……まあ、オレたちは編入生だから学校であった突っ込んだ事情は聞けないかもだけど」

 そう言って陽介が席を立つと、深紅は資料をしまった。

「あとで、この資料も見やすく共有できるようににしておきますわ…………あ、そういえば……」

 思い出したように、深紅は顔を上げた。

「そういえば、貴方たちって夜の外出はできたりするの?」

 深紅の質問に、御影と陽介が首を傾げた。

 御影と陽介は貸家で、とくに世話人もいないので門限は存在しない。これが学生寮だったら、門限やらルームシェアやらで、他のことで気を揉んでいたであろう。

「アタシ達、貸家で二人暮らしだから、寮と違ってそういう細かい制限ってないの」

 それを聞くと、深紅は「そう……」と小さくため息を漏らした。

「私は、学校で用意したマンションだからちょっと世話人がうるさくて……夜の外出が難しいのよね……」

 魔法界の旧家の娘で、通っているのも名門校。そんなお嬢様が夜に外出して何かあったら大変だ。世話人も預かっているお偉いさんの娘が怪我をしたら気が気でないだろう。

「私は行動に制限があるので、もし、この髪切り魔が精霊石を使用した者だった時は夜にも行動できるように説得しますわ」

「ああ、分かった。無理はすんなよ?」

「そうそう、深紅嬢のことを心配してのことだと思うし」

 そういうと、深紅も頷く。

「もちろんです。ですので、もし夜に行動する時は教えてください。私の代わりに使い魔を送りたいと思います。今はいないので紹介はできませんが、それは後日に」

「わかったわ」

 そう言って、二人は深紅と別れ昇降口に向かった。そこで、陽介が不意に言葉を漏らした。

「なんか、意外だったな」

 昨日、少し言い合いのような感じになってしまって、陽介も少しは気にしていた。しかし、彼女はそれを引きずることなく、話に応じてくれたのだ。この作戦会議を発案した御影も少しくらい話がこじれて、陽介か深紅の機嫌を損ねるだろうと思っていた。

「そうね、深紅嬢が真面目っていうのもあったけど、あそこまで積極的に情報を教えてくれたっていうのは驚きだわ」

 おそらく、自分が住んでいるマンジョンの世話人のせいだろう。自分だけ行動制限が掛けられているため、御影や陽介のように捜査することはできない。その為、情報の共有をすることにしたのだろう。使い魔の力であそこまで資料を作れるのだ。もし、これで夜も行動できるのならすごい戦力だ。

「ホント、なんであの子にパートナーができなかったのかしら…………あら?」

 昇降口で御影の視線が止まり、陽介はその視線を追う。そこには下履きに履き替えた女子生徒がいた。

「心晴じゃん」

 陽介の声が届いたのか、心晴が驚いた表情でこちらを向いた。

「あれ……? 御影ちゃんと陽介くん。二人とも私より先に教室にでなかったっけ?」

「そうそう、先に出たんだけど、ちょっと色々やってたら時間すぎちゃったのよ。心晴ちゃんは?」

「私は、図書室で本を返してきた」

 御影の何気ない会話を聞いて、陽介は感心する。

(よくもホイホイと言葉がでるなぁ……)

 陽介は御影を見上げていると、彼と視線がかち合う。そして、何かを思いついたように、にこっと笑った。

「ねぇ、心晴ちゃん。この後ヒマ?」

「え……?」

「一緒に買い物に行かない?」

「おい、御影!」

 陽介は御影を心晴から離すと、御影はどこか嬉しそうな顔をする。

「いやーん、嫉妬? もちろん陽ちゃんも一緒よ!」

「ちげぇよ!」

 昨日の帰り、雨が降ったせいで、駅ビルで雨宿りする羽目になり、そこで遊んだばかりだった。まだ遊びたりないのかと陽介は言ったが、御影は「だって、新しいお友達とも遊びたいじゃない!」と駄々をこね、三人は近くのショッピングモールへと行くことになった。

 そこは電車と直通のバスに乗っていく。御影と陽介の地元では大型ショッピングモールは遠すぎて授業が早く終わるようなテスト最終日や休日にしかいけない。深紅の地図で見つけた大型ショッピングモールに目を付けたのも頷ける。とくに地元と比べると都会な街なので余計楽しみなのだろう。バスに乗っている間も御影はご機嫌だった。

真霧まぎりに自覚しろって怒られたばかりだっていうのに…………)

 高校生がよく遊びに行く場所だからと深紅は言っていたが、それは本当のようだ。バスに乗っている乗客は学生が多く、実際に目的地につくと他校の生徒もよく目についた。

 御影はそんなこと気にせずに、にこにこしながら心晴と楽しげに会話をしていた。

「あ。心晴ちゃん、見てみて! あれ可愛い!」

「え、あ。本当!」

 教室では大人しく暗い印象が強かった心晴だが、御影と話している時はよく笑っている。昼休みもそうだったが、昨日の困ったように笑う顔とは違って楽しげだ。

(ちゃんと笑えるじゃん)

 御影と心晴がアクセサリーを見ている横で陽介がそう思っていると、御影が気に入ったアクセサリーを買いに行った。会計が終わるのを待っていると、心晴がじっと真剣に何かを見ていた。その視線の先を追う。

 それは天然石のついたアクセサリーだった。商品の下についている石の説明を読んでいるようだった。

「……お前、天然石とか好きなの?」

「わぁ⁉」

 予想外に驚かれ、陽介もぎょっとするが、思わず驚いた自分に笑ってしまった。

「そんなに驚くかよ?」

「ご、ごめん……ちょっと探してたものがあったから……」

「探してたもの?」

 陽介が聞き返すと、心晴は頷く。

「青い石……亡くなったおばあちゃんがくれたもので……名前を知りたくて……」

 心晴の祖母からもらったものなら、おそらく陽介たちが探している精霊石ではないだろう。どこかホッとして陽介は言った。

「青い石なら、サファイヤとかターコイズとかアクアマリンとか?」

 青い石はかなり種類がある。メジャーな石ならサファイヤやターコイズ、アクアマリンだが、ほかにもまだ種類がある。

 陽介が石の名前を列挙すると、彼女は目を丸くさせた。

「陽介くん、石の名前に詳しいの?」

「メジャーな奴だけだよ。それに御影がそういうのが好きなんだ」

 地元の学校では一時期パワーストーンが女子たちの間で流行っていた。その影響もあり、天然石にはまっていた御影のおかげで少しは覚えていた。

「たぶん、オレよか御影の方が詳しいと思うぞ?」

「えー、なになに~? 何の話~?」

 会計を済ませた御影が、にやにやしながらもどってきた。ちょうどいいと思った陽介がさっき話していたことを伝えると、ぱぁっと目を輝かせた。

「え、心晴ちゃん天然石好きななの? 見たい見た~い! 写真とかある?」

 大喜びで御影が聞くと、申し訳なさそうに心晴が言った。

「誰かに見せる予定とかなかったから、写真とかなくて……」

「そうなんだ…………どんな石なの? 何色?」

 心晴が考えながらゆっくり答えた。

「えーっと……まず全体的に青色でね……すごい透明感があって、他の色も混ざってるの……それで石の中に何か入ってるの」

 はじめは聞いていて、頭をひねっていた御影だったが、「石の中に何か入ってる」と聞いて、ハッと顔を上げた。

「それって、ブルーアンバーじゃない?」

「ブルーアンバー?」

 心晴だけでなく、陽介も聞いたことがない。御影はスマホで検索をして画像を見せた。

「わぁ! 綺麗!」

 画像を見た心晴は思わず声を上げた。

 画像に出されたブルーアンバーという石は青く、まるで海のように透明感のあるものだ。中にはまるで夕暮れのような水色からオレンジ色になっているものや、深い青から水色にグラデーションがかかったものある。

「ブルーアンバーって琥珀の一種なの」

「琥珀って黄色くて虫とか入ってる、あれ?」

「そう。琥珀って黄色が多いんだけど、珍しいものだと青いものもあるの。アタシも素人だし、違うかもしれないけど…………」

 御影がそういうと、心晴は首を振った。

「ううん、ありがとう……今度実物を見せてあげるね。おばあちゃんがくれたものなんだ」

「本当! わぁ、楽しみ!」

 御影がそういい、心晴がはにかんだ笑顔を見せた。それを見て、陽介は少し不思議に思いながら見ていると、心晴がこちらを向いた。

「も、もちろん、陽介くんもだからね!」

「え?」

 一瞬なんのことなのかわからなかったが、その石を見せてくれるということだと気づいた。

「ああ、うん?」

 豆鉄砲を食らった気分でいると、心晴はその返事を聞いてどこか嬉しそうに「あのね、御影ちゃん」と御影に話しかけていた。

(なんだ……?)



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