02 動機
「え? 髪切り魔?」
昼休み、屋上で心晴と昼食を摂っていた時だった。
髪切り魔の話を心晴に振ると、意外にも知らないという反応だった。
「たしか、今朝、クラスのみんなが話してたやつ?」
「そうそう。実は今日、髪切り魔が出たって話を聞いたのよ! 心晴ちゃん、何か知らない?」
今日の朝、クラスでは噂の髪切り魔の話でも持ちきりだった。この学校は校則で髪を染めることを禁止しているが、守ってない生徒の方が多い。だからか、冗談めいて「襲われたらどうしよう」と話しているのが聞こえていた。
心晴は少し考えたあと、小さく首を振った。
「ごめんね、御影ちゃん。実は私、あまり詳しく知らないんだ……」
「あ、そうなの?」
「うん。私、入学式直前にちょっと色々あって学校に通えなくて…………たぶん、その事件があった時、地元を離れてて、そんなのがあったなんて知らなかったんだ」
少し気まずい話を聞いてしまい、「あー、なんかごめんね!」と御影が謝っている横で、紙パックの牛乳を飲んでいた陽介がボソッと言った。
「あー、だから友達いねぇのか」
「陽ちゃん‼」
陽介のデリカシーのない発言に御影は怒るが、心晴が御影を
「だ、大丈夫! わ、私、気にしてないから!」
「気にしてるとか、気にしてないとかの問題じゃないわ!」
今度はぷんぷんと心晴を怒り出す。
「心晴ちゃんのお友達にはアタシがいるわ‼ 同じクラスで、隣の席! ちょっと個性的で申し訳ないけど、アタシは心晴ちゃんのお友達よ! 友達がいないなんて言わせないわ!」
「み、御影ちゃん…………」
御影は心晴の手を握り、少ししょげた顔で心晴を見つめた。
「アタシ、男だし、こんななりだし…………アタシが心晴ちゃんのお友達でいたいって言ったら迷惑かしら?」
御影がそういうと心晴は大きく首を横に振った。
「ううん! そんなことないよ! あ、あの…………えーっとね……」
恥ずかしいのか、
「…………すごい……うれしい…………」
消えそうなくらい小さな声だったが、それを聞いた御影の表情がぱっと明るくなる。
「アタシも、すごい嬉しい!」
もし、御影が犬だったら、振り切れんばかりに尻尾を振っていたであろう。
その様子を陽介は眩しいものを見るような目をし、呆れたように言った。
「どこがちょっとだよ……個性的というか、色物だろ」
毒を吐き続ける陽介に、御影はキッと睨む。しかし、急にニヤッと笑いだした。
「ねぇ、陽ちゃん! 陽ちゃんもそうよね!」
「あ?」
「陽ちゃんも、心晴ちゃんと友達よね!」
「あのな……人を巻き込む………」
御影の背後からまるで小動物のように陽介を見つめる心晴を見て、思わず陽介は黙る。少し不安げな目をして「おともだちに、なってくれるの?」とそわそわしている様子だった。
「うっ」
そんな目で見られてしまうと、いくら口が悪い陽介でも断れない。
「べ、べつに! まぁ、なんだ……教科書も見せてもらってるし、こうして一緒に飯も食ってるし、赤の他人ってわけじゃないわけでもないというか…………」
陽介も自分で言っていることが分からなくなってきたのか、口をへの字に曲げた。
「友達……なんじゃねぇの?」
不器用な言い方に御影は苦笑する。
「もう、素直じゃないんだから」
「うるせぇ……」
照れているのか、耳を真っ赤にさせる陽介。二人のやり取りに羨ましく思いながら心晴は笑ってしまっていた。口が悪い陽介だが、それは素直になれない裏返しなのかもしれないと心晴も思えてきたのだろう。
心晴と陽介の視線がかち合い、彼は「そういえば……」と口を開く。
「お前って帰りいつも一人じゃん? 髪切り魔とか怖くないのかよ?」
「んー……本当に知らなかったから……怖くないって言ったら嘘になるんだけど」
「大丈夫よ! 心晴ちゃんは髪も染めてないし、長くないもの」
髪切り魔が狙うのは女子高生だが、髪を染めている長髪の子だ。黒髪で肩に付くくらいの長さしかない心晴は対象外だろう。
それを聞いて、心晴もどこか安心したような顔をした後、首を傾げた。
「でも、なんでその人は女の子の髪を切るのかな?」
「さぁ? お前はどうしてだと思う?」
陽介が何気なく振ってみると、心晴は少し驚いた顔をしてから考え込んだ。そして、首を傾げた。
「逆恨み……とか?」
新しい線に御影と陽介が不意を突かれたような気持になった。御影が「なんで? なんで?」と心晴に聞くと、彼女はおどおどしながら答えた。
「えーっと、たしか無差別なんだよね? だから、私の考えはちょっと変っていうか……絶対違うと思うけど……」
自信なさげに彼女は続けた。
「昔読んだ小説で、こんな感じの犯人がいたの…………」
それはミステリーもので、この髪切り魔と同じような無差別で女性を狙う事件の話だ。
犯人は特定の容姿をした女性ばかりを狙い殺していくのだ。その犯人が狙う女性の特徴は、赤い服が似合う髪の長い女性。物語の終盤で、犯人はなぜその女性を狙ったのかを白状する。
それは同じ容姿をした女性に振られたから。その犯人は赤い服がよく似合う長髪の女性に一目惚れをし告白した。しかし、振られてしまい、逆上した犯人はその女性を殺してしまう。その後、街で同じような女性を見かけてしまうと、その時のことを思い出してしまうのだ。そして、その憎しみから無関係な女性を襲っていくようになってしまった。
「こんな感じで、その犯人も好きな人が茶髪の子で、振られたショックで色んな子を襲ってる……とか…………どうかな?」
陽介も御影もそんな考えが思いつかなったようで、驚いたような顔をしていた。陽介は難しい顔をして低く唸った後、ため息をついた。
「なんかサイコパスみたいな話になってきたな。まあ、どっかの誰かの変態説よりはマシか」
愉快犯説と収集癖のある変態説を語った御影を横目で見ながら、陽介がいうと、御影は唇を尖らせた。
「何よー、アタシだって真剣に考えたのよ~」
愉快犯説は納得できるところはあったが、収集癖のある変態説は真面目に考えたとは思えない。陽介が言いたい気持ちを抑えていると、心晴は苦笑しながら言った。
「編入してすぐにこんな事件あると怖いよね」
「ホントよ~、アタシもいつ自慢のブロンドが狙われるか心配だわ~」
「まだいうか、お前」
呆れる陽介とのやりとりに心晴は控えめに笑う。
「でも、御影ちゃんの髪ってお人形さんみたいに綺麗だから、犯人も思わず狙っちゃうかもね」
心晴の言葉に、冗談めかしにいったつもりの御影も少し照れたような顔をする。御影の意外な一面を見た陽介は少し驚く。
御影は少し照れて耳を赤くした後、両手で顔を覆った。
「陽ちゃん…………」
「なんだよ?」
「ここに天使が…………」
「それはもういいから」
「ふふっ」
とうとう笑い声を漏らした心晴に、二人の視線が彼女に向く。
二人の視線が自分に集まっていることに気づいた心晴は、ハッとして笑うのをやめた。
「ごめんね。なんか二人って面白いし、仲良くて羨ましいなって」
「あー」
そう言われて二人は思わず納得してしまった。
前の学校では凸凹コンビやら夫婦漫才と散々言われてた二人にとって、いつものことだった。いつも二人がワンセットになっていることに陽介は不本意なところがあったが、御影は嬉しそうな顔をしていた。
「えへへ! だって、小学校からの付き合いですもの!」
「え、そんな長いの⁉」
驚く心晴に、陽介はあくびをしながら言う。
「うちは幼稚園から大学までのエスカレーター式だしな。それにコイツとは腐れ縁だし、一緒にされることが多いだけだよ」
「何よ~! あの日から腐れ縁は運命に変わったって言ってるでしょ!」
「その言い方やめろ」
頬を膨らませる御影は「陽ちゃんの照れ屋!」と言いながら陽介の頭をわしゃわしゃと撫でまわし、それを心晴は微笑ましそうに見ていた。
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