06 チームメイト

 心晴と別れた後、二人は人通りが少ない通路に入る。すると、背後から足音が聞こえてきた。その足音を聞いて御影は苦笑し、陽介はため息を漏らした。

「いるな」

「いるわねぇ~」

 そして、静かに振り返った。

「何か用かよ?」

 そこには、二人と同じ制服をまとう少女がいた。腰まで伸びる黒髪は、癖があり、墨で描かれた海のように波打っている。カチューシャのように編み込まれた三つ編みは真っ赤なリボンで整えられていた。凛とした瞳はどこか愛らしく、色白で小さな顔、まるで丁寧に作られたドールのような印象を持たせた。しかし、彼女の綺麗な顔は、陽介の一言で崩れた。きゅっと眉間に皺を寄せた彼女を見て、御影は慌てる。

「もう、陽ちゃん! 言い方、言い方!」

「知らねぇよ…………」

 陽介の物言いに呆れた御影は困った顔をして、その少女を見た。

「もう…………えーっと、何か御用ですか? 深紅しんくじょう?」

 真霧深紅。彼女は魔法界の名門校に通う少女だった。彼女の家は魔法界では知らない人はいないほど、有名な一族の一角だ。

 彼女は整った眉をつり上げ、額に青筋を浮かべた。

「何か御用? じゃないですわ‼」

 二人に一喝いっかつし、深紅はずんずんと二人の前に来た。

「貴方たち、自分たちの使命を分かっているの? わたくしたちは学生でありながら重大な任務を受けているのですよ!」

 それを聞いて、二人は「ああ~」と先日あった合同説明会のことを思い出す。

 先日、二人の学校に魔法界と人間界にある魔法学校の、それも特殊専門学科の生徒が集められた。本来、特殊専門学科は魔導遺物を研究する専門学科だ。合同の校外演習という名目で集められた生徒たちは、とある任務を与えられた。

 それは、精霊石の回収。

 今、魔法界では旧世代で作られた精霊石の回収を行っていた。精霊石は精霊を結晶化した物のことだが、その技術を持つのは魔女族だけだ。今では精霊石を使うことが少なくなり、その数は激減。魔法界でも精霊石は高額で取引され、そのほとんどが装飾や装具に加工されたものだ。現代では、その加工されたものが人間界で発見されていることが問題にされている。

 精霊石を製造した魔女族は、魔法界では生ける伝説とまで言われている。魔女族の特殊な技術は精霊石の製造だけでなく、他にも数々の魔導遺物をこの世に残してきた。その性能は神々の時代に作られた人工遺物アーティファクトにも並ぶ強力なものだ。その精霊石は魔力を持たない人間にも使えるため、人間界への悪影響を懸念けねんしていた。

 しかし、御影たちが回収するのは、ただの精霊石ではない。

「たしか、学生を狙った粗悪品の精霊石の回収…………だったか?」

 魔法界の人間がその精霊石を加工し、パワーストーンや天然石と偽って売買している事態が発生していた。その標的は高校生だった。

「今って天然石もお小遣いで手軽に買えるものね……ショッピングモールにもお店とかあったりするし」

 人間界で生活している御影や陽介も出かけ先で見かけることがある。同級生の間でパワーストーンが流行っていたこともあった。手軽な値段で買えて、アクセサリーやお守り代わりに購入する人も少なくはない。

「その手軽に買えるって部分を利用したあくどい商売ですわ…………貴方たち、その粗悪品が人間に及ぼす悪影響も分かっているでしょう?」

 本来の精霊石は、精霊石に宿る力を引き出して魔法を使うことができる。しかし、その粗悪品は、精霊石を核に魔獣素材や魔法薬でわずかな精霊石の力を増幅させたほか、何かを捧げれば、魔力に変換できるのだ。

 古来から強力な魔法を使うために、そういう儀式は元々存在していた。捧げるものは本来であれば血液や命といった生贄。しかし、この粗悪品は持ち主の精神を不安定にする作用があるほかに、感情や五感を奪う性質もあった。被害者の中には味覚や視覚、痛覚まで奪われた者までおり、魔法界で治療を受けている者もいるとの話だ。

「ひでぇ話だよな。中にはその粗悪品で犯罪行為までしてる奴もいるんだっけか?」

「そのほとんどは万引きとか軽犯罪だけどね…………だからこそ、学生が精霊石の存在に気付いたのでしょうけど」

 その粗悪品を最初に発見したのは、人間界の学校に通う魔法学科の男子生徒だった。

 その生徒は他の生徒たちに誘われて万引きに加担しようとしたのだ。思春期の男の子にはよくある話だ。度胸試しと称して、火遊び感覚で百円もしない菓子を盗んでくるというものだった。その男子生徒は、部活で普通学科に通う人間の生徒と交流があり、部活帰りに誘われたという。

 はじめこそは反対していたが、「弱虫」や「チキン野郎」などとあおられて、売り文句に買い文句と言った流れで参加することになった。

 異変に気付いたのは、その度胸試しが始まって少ししてからだった。その中で、お調子者でその主犯とも言える生徒が、頭痛をうったえ始めたのだ。彼は過去にも度胸試しとして何度も万引きをしていた生徒で、その日も入った店で万引きをしていた。

 周りは「ビビってんのかよ」と特に気にすることなく笑っていた。しかし、三件目に入った店で問題が起きた。

 その生徒が突然、店内で叫び声をあげて暴れだしたのだ。店内の棚を破壊し、「ふざけんな! 消えろ! 消えろ! これはオレのだ!」と意味不明なことを口走っていたらしい。

 店内は騒然とし、大暴れした彼を止めようとした同級生が彼を押し倒してしまい、頭を打った彼は気絶。すぐに救急車で運ばれ、意識が戻った後、幻覚が見えている状況が続いていた。

 主犯の生徒は部活で活躍を期待されていた為、過度なストレスからくる幻覚症状だろうと診断された。

 表向きでは部活のエースが期待されすぎたストレスからおかしくなったと処理されたが、事実は違う。魔法学科の男子生徒は主犯の彼の万引きを見た時に、おかしいと思ったらしい。はじめは何度も万引きをしているから手際がいいのかと思った。しかし、それにしてはやり方が雑だった。魔法学科の生徒がよく見ると、本当に目の前のものが消えたように見えたのだ。そして、彼がつけていたミサンガの石が光ったようにも見えた。

 それで、不思議に思った男子生徒はその彼に「ちょっとそのミサンガ見せてよ」と聞いたのだ。すると、彼は鬼のような形相で言った。

「お前もこれを盗ろうとすんのかよ!」

 そして、急に見えない何かに怯えて暴れ出したのだ。

 魔法学科の生徒はこれを教師に報告し、こっぴどく怒られたあと、そのミサンガを調べた。そのミサンガについている石が精霊石の粗悪品だったのだ。

 他にもその粗悪品は様々な形で見つかっている。しかし、一体どこで手に入れたのか覚えていないのだ。

 おそらく、魔法か何かで覚えていない可能性がある。高校生を狙っているのも警戒心が薄くて単純に魔法が掛けやすいのが理由だろう。警察もパトロール強化などをしてみたが、効果はなかった。生徒一人一人を尾行しているわけにもいかないため、学校側に協力を求めた。

 それは粗悪品の精霊石を見つけ、報告すること。ただ危ないことはできないので深入りしない。あくまでも調査に協力することだ。どうやって高校生達が精霊石を入手するのか。その売買人までは見つけられなくても、手口さえわかれば糸口はつかめる。

 それに特殊専門学科は魔導遺物について授業で触れており、優秀な生徒も多いとされている。人間界の特殊専門学科はそうでもないが、魔法界の特殊専門学科は倍率が高いらしい。

 二人の目の前にいる彼女は魔法界でも名門校の特殊専門学科に通っており、優秀な人材ともいえるだろう。

「本来なら、学生ではなく、警察や専門家が行う調査を特別にたずさわらせてもらってるのです! もうちょっと自覚をもっていただきたいわ!」

 きっと彼女は真面目な性格なのだろう。された任務を忠実に、確実にこなしたいのと、二人にもひしひしと伝わってくる。

「自覚って…………」

 うんざりした様子で、ため息交じりに呟く陽介に御影は「まぁまぁ」となだめた。

「それに貴方たちは魔法界の人間であることを自覚しているのですか! 人間界の人間と慣れ合うなんて、どうかしています! 何がまた明日ですか!」

 深紅の言葉に、二人は顔を見合わせた。

 そして、陽介が言った。

「何がいけないんだよ?」

「何って……!」

?」

「なっ!」

 陽介と御影は何もおかしなことはしていない。ただ、同級生と話していただけだ。

「同級生って……あの子は人間よ! 魔法も何も知らない、ただの!」

 深紅がそう言って、ようやく二人は彼女が言っていることが飲み込めた。

「あー、お前……人間嫌いか」

 過去の歴史で、魔法界では人間を毛嫌いする者もいた。歴史背景だけでなく、魔法を使えないことで人間を見下しているのだ。旧家の人間である深紅が、人間をよく思っていないのも分かる。特に、真霧家は日本の旧家の中でも異色な家系なのだ。

「あ、あの……深紅嬢? アタシ達は人間界の学校を通ってて、特に人間と関わることに違和感がないの。だから、魔法界にいた貴女には理解できないかもしれないけど、これがアタシ達の普通で、これがこの世界の普通なの」

 魔法界の人間も人間界もそんなに変わりない。そもそも、魔力がないだけで同じ人間なのだ。魔法という文化のせいである程度の考えの違いはあるが、それを除けば関わりになんら影響はない。

「それにアタシ達が、校外演習としてこの学校に編入した理由は精霊石の件の他にもあったと思うわ」

 校外演習には他の目的もあった。それは人間の普通の生活を触れることだ。人間界には魔法界とは違う資源の使用方法が数えきれないほど存在する。魔法界では経験できない魔法を使わない文化を経験することも目的の一つだ。

 人間界暮らしの二人にとってなんら変わりない日常だが、魔法界で暮らしてきた者には異世界そのものだ。人間界の暮らしを学ぶなら、人間との関わりは避けられない。長年、魔法界で暮らしてきた彼女にとって、関わることに抵抗があるだろう。

「別に魔法界も人間界の人間も変わりはねぇよ」

 陽介がそういうと、彼女はむっとした顔をする。

「何よ、人間が私たちを迫害したんでしょ! 魔法使いも、魔獣も! 誰のおかげで人間界が発展したのかも知らない恩知らずのせいで‼」

 意地になってきた深紅に、イラっとした陽介は眉間に皺を寄せた。

「何百年も大昔なことをぐちぐち言ってんじゃねーよ! そんな大昔の人間が、お前に何かしたのかよ‼」

「……っ!」

「変なプライド持って距離をとると、孤立して目立つぞ……?」

 まさか言い返されるとは思っていなかったのだろう。彼女は何も言い返せずに、ぎゅっと拳を作った。そして、悔しさで涙を浮かべていたようにも見えたが、ぐっとこらえていた。

「うっ……べ、別に! 俗世ぞくせに染まっているあなた達に忠告しただけです! それに、私はそこのオカマよりは全然目立ちませんし!」

「ひどい! アタシはオカマじゃないわよ!」

「お前はちょっと黙ってろ」

 陽介は御影を黙らせ、続けた。

「俗世に染まってて結構。そうやって少しでも擬態ぎたいしてないと、お前も動きづらくなるぞ?」

「ふんっ! 余計なお世話です。それでは、ごきげんよう!」

 そう言って、彼女はきびすを返して歩いて行った。

 彼女の姿が見えなくなると、二人は深いため息をついた。

「さすが真霧まぎり家ね…………堅物で、プライドが高いって本当だったのね……」

「ありゃ、指輪で相手も見つからねぇわ…………」

 先日、行われた説明会でペアが決まっていくなかで彼女のパートナーが見つからなかったのだ。

 高等部の特殊専門学科の全学年の生徒、百名以上いたにも関わらず、彼女の指輪からは糸は出てこなかった。それには教師たちも驚き、指輪の不良も考えたが、指輪は正常に働いていた。今回の校外演習では、二つのペアが一つの学校に編入する。教師たちは仕方なく、人間界の学校出身の二人と組ませることにしたのだ。相手が性格で選ばれるのか、魔力で選ばれるのかはわからないが、相手が見つからなかった彼女にとって気分のいいものではないだろう。三人で同じ学校に編入が決まった時も旧家であるプライドを崩さなかった。それとも深紅はペアが見つからなかったせいでやけになって見栄を張っているようにも見えた。

「大丈夫かよ、アイツ。あーいう女子はすぐに周りが離れていくからな」

「ちょっと心配よね……ちょこちょこ様子を見てきましょう。根は悪い子じゃないんだし」

「そうだな…………」

 陽介はそういうと、御影は「そうだ!」と声を上げた。

「陽ちゃん、せっかく新しい街に越してきたんだし、探検しましょ!」

「はぁ? 帰ってゲームしようと思ってたんだけど?」

「アタシたちは調査もするのも仕事なのよ! ここの学生がどんなお店に入るのか、どこで遊ぶのか調べるのも仕事よ!」

 胸を張って言う御影だが、彼の意図が読めた陽介は呆れたように笑う。

「とか言って、遊び場を探したいってだけだろ?」

「いいじゃない~! 地元だと、こんないっぱいお店があるところなんて、遠出しないといけないし!」

「はいはい、分かったよ。でも、ファンシーショップだけは行かねぇからな」

「やったぁ! 陽ちゃん、大好き!」

「やめろ、抱き着くな!」

「えーー、いいじゃない…………ん?」

 御影は自分の頬に何か当たったような気がして、空を見上げる。

 気づけば、あんなに晴れていた空が曇り空に変わっていた。

 ぽつっ…………ぽつっ………

「あれ……雨?」


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