第18話

先程歩いてきた道程を、身体を引きずりながらゆっくりと戻っていく。

姿こそ変えてしまったが、彼女と二人で。

冷たい木枯らしが吹き付けた。

木々がガサガサと不気味な音を立て、木の葉が宙を舞い地面に落ちていく。

命を燃やし尽くした葉が辺り一面を埋め尽くし、薄汚れたシミのように広がっている。

僕はそれらを踏みつけながら、一歩、また一歩と歩を進ませた。

右腕からはポタリポタリと血が滴り落ち、それは新たなシミを作り、道標となっていった。


地蔵の前までやってきた。

彼女とのやり取りを思い出す。

…。

地蔵を一瞥し、その場を離れた。


街に戻ってきた。東の門が見える。

てっぺんにそびえ立つ鬼瓦が僕を睨みつけ、見下ろしている。

やり場のない思いがこみ上げてくる。僕は鬼瓦を睨みつけ返した。

東門を左に見て、回り込むように歩き出す。そのまま暫く歩き続けると、途中に大きな木が見えてきた。その木の真下の塀には一枚の木の板が落ち葉に隠れるように置かれていた。足下の落ち葉を払い、板を退かすと、地中に穴が彫られ、村の中へと伸びる短い洞窟が現れた。

革袋を背負ったままでは通れなかったため、手に持ち直し、ひっそりと忍び込んだあと、再び木の板を当てがった。

ほふく前進をするようにして洞窟内を進んでいく。

洞窟の終わりを告げる坂道を登り、村内部側の木の板を押し退け、しゃがみ込んでいた体勢から立ち上がる。

身体に痛みが走りふらつく。その拍子に手に持っていた上着が地面に落ちて骨が散乱してしまった。慌てて再びしゃがみ込み、周囲を警戒しながら拾い集めた。

"痛かったろう…。ごめんね、サヤ…。"

集め終えると、今度は慎重に立ち上がり、上着を抱え込んだ。

足で木の板をどかして雑に洞窟の蓋を閉めると、僕はあらためて周囲へと目を向けた。

村の中は一部を除いてひっそりと静まり返っていた。

明かりが数軒灯されている程度で、外を出歩く者は誰もいなかった。この姿を見られれば何かと面倒なことになる。僕は初めて村の慣習に感謝した。


自宅へと帰ってきた。

二年前から彼女と共に暮らしていた小さな藁葺き屋根の一軒家。

玄関脇の壁にもたれかかるようにして身体を預け、引き戸を開け、中に入った。

部屋の中は綺麗に片付けられ広々としており、彼女の性格が現れているようだった。

上着と革袋を玄関から入ってすぐの床の上にそっと置いた。

そのまま座り込んでしまいたかったが、誰かに見られるよりはと引き戸へ近づき、力なく雑に閉めた。ピシャリ。思いのほか大きな音を立てたが驚きはしなかった。

腰から太刀を外して革袋の隣に座り、あらためて彼女を見つめた。

真っ赤に染め上げられた上着と革袋。

心にぽっかりと大きな穴が空いたように何も考える事が出来ず、ただ彼女を、骨を見つめていた。

ヤツの手は彼女の心臓だけでなく同時に僕の心をも貫き、もの言わぬ無機質なただの物質に変えてしまったようだった。

フッと後ろに倒れそうになった。気を失いかけたようだ。咄嗟に右手をついて身体を支えた。

"痛…‼︎"

右手に激痛が走る。

ふと見るとポタリポタリと血が滴り落ちて血溜まりを作っていた。

先程までの光景を思い出し、沸々と怒りが込み上げてきた。

奥歯を噛み締めて頬を強張らせ、左手に拳を作り強く握りしめる。

怒りの矛先を求めて周囲に何かないかと目を血走らせて物色した。


"シオンくんって怒っても物に当たらない、優しい人よね。"


振り上げた拳が行き場をなくし頭上で固まる。

"…。…‼︎ …クソォーッ‼︎"

何かの糸が切れたように感情が爆発した。

左手は不器用に床に叩き落され、ドンと大きな音を立てた。

呼吸が荒くなり、全身の痛みが身体を締め付ける。苛立ちと理性がせめぎ合う。ズキっとした痛みが右手に走る。…この手をどうにかしなければ。

あらためて右手を見つめ考えを巡らせるも、何の策も思いつかない。傷は深く、自分では手の施しようがなかった。

医者に、見せるしかないか…。

僕は家をあとにした。

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