第8話 五年前の初デート その5

あれ以来、なんとも珍妙な時間が流れた。

片方が話しては片方が押し黙る。間が空くことを嫌い、話を勧めては"先にどうぞ"と遠慮し合う。

声が被れば"何でもないよ、大したことじゃないから"と謙遜し合う。

このなんともチグハグなやり取りが続き、上手く会話が成立しない。

彼女もまた緊張しているようだった。

僕だけかとも思っていたが、そんなこともないようで少しホッとした。


思えば今日は朝からそうだった。

いつもなら出会いがしら矢継ぎ早にココに行こうアレをしようと言ってくる彼女が、珍しく僕に話を聞いてきた。

それも、普段とは違うおめかしをして。

彼女もまた僕と同じく兄妹から恋人になった関係性に戸惑いを感じていたのだ。

ふふ、そこに気づいたらなんだか少し気が楽になってきた。


だがそれとこれとは別問題と言わんばかりに、相変わらず言葉のやり取りがぎこちない。

気持ちとは裏腹に言葉が出てこない。せっかく出てきた言葉も続かない。心と身体がバラバラに動いているような、足を踏み出そうとして靴だけ置いてきぼりのような、そんなやり取りが依然として続いていた。


そんなことを繰り返しながら暫く歩を進めていると、分岐点へと辿り着いた。

山の中へ続く一本道。

これを登っていけば目指す川辺はすぐそこだ。

とはいえ、それが大変なのだが…。

"あのさ…"

"あのね…"

二人の声が被る。

何度となく繰り返されてきた光景。

突如として彼女が笑い出した。

つられるように僕も声を出して笑った。

"アハハ。おっかしぃ。やっぱり私たちって、すごく気が合うのね。"

"アハハ。そのようだね。"

お互いひとしきり笑ったあと、彼女が僕を気遣うように声をかけた。

"ねぇ、さっき何を言おうとしていたの?"

"君の方こそ…。"

"もう。何回こうしてきたと思っているの?

このやり取りはこれでおしまい。

私が話を聞いているんだから、あなたは答えなくちゃダメなの。それで、何を言おうとしたの?"

彼女が腰に両手をあてて、まるで小さな子供を叱るように話を促す。

やっぱり、僕ってば兄というより弟だよな…。

"えぇと…。ほら、ここまで結構歩いて来たでしょ? だから少し休憩でもどうかと思って…。"

"さんせーい‼︎"

言葉を言い終える前に彼女からの賛同を得た。

右手を高く上げて全面的に休憩がしたいとアピールしている。

"どこにしようか…。"と、辺りを見回し座れそうな場所を探している。

"ほら、あそこなんてどうかな?"

僕は地蔵が置かれた脇にある大きな岩を指差し、彼女へと提案した。

"うん、丁度いいわね。あそこにしましょう‼︎"

彼女が地蔵の方へと駆け出した。

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