第5話

そうそう。忘れていた。

五年前のデートの話。

あれがなければ話が進まない。

脱線してしまったせいでどこまで思い出したのか…。あぁ、理解した。


"ねぇ、少し休憩‼︎

そんなに急ぐことでもないでしょ?"


突然、後ろから大きな声が聴こえた。

いけない、自分の世界に入り込むのが僕の悪い癖だ。いつの間にか僕は彼女を置き去りにして5メートル程先を一人歩いていたようだった。

何も言わずに一人でスタスタと歩を進めていたものだから、彼女が不機嫌そうにその場に立ち尽くし僕を見ている。彼女の元へ歩み寄り、頭をぽりぽりとかきながら弁明する。


"ごめんごめん。ついね。"

"まったくもう…。"

"たはは…。"


苦笑いを浮かべ誤魔化そうとしてはみたものの、彼女はまだご立腹のようだ。


"あっ。悪いと思っているのなら、ほらあそこ。あそこで少し休憩しましょう?"


彼女は地蔵の置かれた場所の隣を指差すと、そこへ向けて歩き出した。


"あそこならお地蔵様が守ってくれるし、なにより小休憩にはもってこいの岩場があるわ。

ね、少しの間、座らせてもらいましょ。"


彼女が地蔵の方へ向かって歩を進める。

その背を追うように僕も後ろをついて行く。


"少しお世話になります。お地蔵様。"


地蔵は色とりどりの花やキノコ、様々な植物に囲まれるようにして片手を上げて立っていた。

ポツンと一人寂しげに佇んでいるわりには、その表情はとても穏やかで満足そうだ。

彼女は手を合わせ礼儀正しく地蔵に頭を下げたあと、隣の大きな岩に腰掛けた。

それにならって僕も彼女の隣に座った。背負っていた革袋と、太刀を腰から外し、脇に置いた。


"あー、礼をしないんだ‼︎ いけない子‼︎"

"大丈夫、お地蔵様は心が広いから。"


彼女は慌てて立ち上がり地蔵へと近づく。


"無作法者でごめんなさい、お地蔵様。

よろしくお願いしますね。"


僕の代わりに彼女が再び頭を下げている。

彼女にはこういう律儀というか、几帳面なところがある。それは彼女の身なりの整った服装やこういった仕草にも現れている。そりゃあそれがキッカケで面倒くさいことに発展する事もままあるけれど、それも含めて、僕は彼女という人間が好きだ。

彼女は満足気に微笑むと、再度岩の上に腰を落ち着かせた。


"ふぅ。それで、一体何を考え込んでたの?"


ギク。

早速、厄介な事態に突入してしまった。

潔癖や知りたがりというわけではないのだが、女性の勘というのは、なかなかどうして、恐ろしい。いきなり確信をつくような質問を投げかけてきた。


彼女にプロポーズのことは絶対に秘密だ。今日は5年目の記念日を祝うという理由で彼女を誘った。せっかくだから久しぶりにあの場所で、と。

ここまで来るのに手を変え品を変え、色々と誤魔化しながら歩いて来たのだが、慣れない嘘をついているせいで隠そうとすればするほど隠しきれないボロが出ているようだった。あんな調子で一人で先走って歩いていればそりゃ勘付かれるか。"貴方は顔に出やすいから、隠し事なんてしても無駄よ。すぐにわかっちゃうんだから。"以前に彼女から言われた言葉を思い出す。

はぁ…。やはり彼女にはお見通しだったようだ。

だが本当のことを話すわけにはいかない。彼女にはサプライズとして伝えたい。前もって準備をしてきた事もあるのだ。何がなんでもバレるわけにはいかない。

変に取りつくろうとかえってより一層、疑心の目を向けられてしまうため、プロポーズのことは内緒にして、告白したときのことを思い出していたことを正直に伝えた。


"あはは。そんなこと思い出してくれていたのね。まったく。怒るに怒れなくなっちゃったじゃない。もう。"


彼女は嬉しそうにケタケタと笑うと、視線を上げ星空を見つめた。

よかった。機嫌を損ねずに済みそうだ。

僕もつられて夜空を見上げた。


満天の星々。ゆっくりと流れる雲。綺麗な満月。

虫の音が木霊し、色とりどりの木々が揺らめき、吐く息は白く空へとのぼっていった。


"あの時もこんな空だったわね…。"


彼女をまた怒らせるといけない。

初めて二人でデートしたときのことを彼女に話すことにした。

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