第4話
何故あの時、そんな感情を彼女に抱いたのか、僕は今でも考えることがある。
いつもなら雨に濡れる彼女を気遣い、心配して傘をすぐに拾い上げ、彼女に手渡しただろう。冗談を言って誤魔化し、笑いあって、何事もなかったかのように二人並んで歩いたのだろう。
だがこの日は何故か違った。
雨が降っていたから。傘にイタズラされたから。心が塞ぎ込みがちだったから。手がぶつかってしまったから。彼女がこんな情けない僕に優しかったから…。
いろんな理由、偶然が重なったせいなのかもしれない。しかし、どうして普段から一緒にいる、ましてや兄妹のように育てられてきた彼女をそんな目で見てしまったのか。僕は答えが出せないままでいる。
だが結果として、この時のやりとりが僕に彼女の、女性としての魅力を気づかせた。
これがなければ、僕たちはずっと兄妹という関係のままだっただろう。
姉のように、ときに妹のように。そう思っていた筈だったのだが、あの一件をキッカケに彼女を見る目が、捉え方が、想う心が変わっていってしまった。
彼女の優しさ、愛くるしい笑顔、大きな瞳、ふてくされた横顔。
その一つひとつがなんだかとても新鮮だった。
普段から何度も見てきた筈なのに、全く違った印象に見えてくるから不思議だ。今にして思えば、これが恋というものだったのかもしれない。
僕の初恋…か…。なんだか照れくさいな。
それから暫くして、僕は彼女に勇気を出して告白した。あの時の恐ろしさは今になって思い出すと笑い話になるが、当時は本当に怖かった。
この関係性が壊れてしまうんじゃないか、もう二度と話してはもらえないんじゃないか、それどころか側に近寄ることすら出来ないんじゃないか、なんて思っていたものだ。
だが、彼女の笑顔は僕だけに向けられていてほしい、僕以外の誰かと手を繋いで歩く姿を見たくない、そんな想いが僕の背中を押した。
僕の文字通りの告白を聴いた彼女は、顔を赤らめながらゆっくりと頷いてくれた。
僕は心底嬉しかった。拳を握り、力一杯ガッツポーズをする。彼女はケタケタと笑っていた。
実は彼女も僕と同じ気持ちでいてくれたらしい。
それもずっと前から。そんなこと、聴かされるまで全くわからなかった。告白を受けたのはむしろ自分の方だったようだ。
あの時、彼女はどこまで知っていたんだろうか。
すでに僕のことを想ってくれていたのだろうか。
僕はとうとう聞くことが出来ないまま、5年という年月が流れた。聞くのが怖かった。イジメられていたなんていう辛く情けない過去を振り返ることも、彼女を卑しい目で見ていたという事実を突きつけられることも耐えられそうにない。
どうして僕なんかを好きになってくれたのかを彼女に尋ねたことがあった。
彼女はかつてと同じように頬を赤らめ、"そんなの…。…好きになっちゃったんだから、しょうがないでしょ‼︎"と目を合わすことなくそっぽを向いて小さな声で絞り出すように答えた。
今思い出してみても、なんとも可愛らしい。
そんなこともあり、僕たちは付き合う事になり、これからまさにプロポーズをしようとしている。
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