第55話 びじんせつなの話

 やあ、おいらです。


 嗚呼、璃花子……。


 今日はですね、皮膚炎が悪化したんで皮膚科に行っていたんですよ。それも、寝坊してさ。目が覚めたのが出発時間の二分前。超特急で着替えて、最低限の身繕いをして出発。五分遅れ。いつもは己の信条からゆっくり歩いてるんですけど、遠忌出して歩きました。ちなみにおいらの信条とは、「外ではなるべくゆっくり歩くべし。他人にぶつかる心配もないし、第一、相手が自然と避ける。一石二鳥である。さらに、心臓の鼓動をあげずに済むから長生きできる。なぜなら、この世の生物にはその種類ごとに決められた心拍数があるので、それに到達しちゃうと死ぬのである(出典不明)です。

 結局五分遅れたから、先客が三人。まあ、すぐに診察を受けられたけれど、その診察時間が他の人に比べて短い。いいえ、僻めではありません。なんならストップウォッチで測ってくださいよ。自分では面倒だからやらないよ。皮膚科だけでなくてさ、内科も精神科も短いよ。精神科なんて、「どう?」 「変わらない? よかったね」 「奥さん元気?」いいえ、奥さんじゃなくて元妻です。「ああそう、じゃあいつもの薬、出しておくから」以上です。五分もかかりません。

 おいらが、あれなクマだからでしょうか? どうも医者とは相性が悪い。でも、医者なしでは生きられない。切ない人生です。


 嗚呼、璃花子……。


 薬局に行ったらさあ、『ミヤネ屋』を映していて、璃花子の映像がドーンとあるから、何かよくないことがおきたのはすぐにわかりました。ところが、悲しいかな、目が悪くなっちゃっているので、画面になんて書いてあるのかがわからない。音声は薬局だから聞こえない。悶々としましたよ。三歩くらい前に出れば文字が読めるんですけどね、恥ずかしがり屋のクマだから、それはできないのよ。そしたら、突然大きな見出しが「池江璃花子、白血病!」だって。嘘だろ……動揺したおいらは、ウチに元妻が炊いて、持ってきた白飯があるのに、ダイエーでとんかつ弁当を買ってしまいました。


 嗚呼、璃花子……


 全速力でウチに帰り、『ニュースエブリー』をつけたら、違うニュースをやっている。どういうことだ! 怒りに震えて、買ってきた、すあまを食す。すあまって、なんで美味しいんだろう。

 ……違うぞ、今は。そしたら、日本水連の記者会見が始まる。でも、記者会見したって、何もわからないですよね。会長さんたちも困っているように見える。事実は、璃花子が、おいらの璃花子が白血病になっちゃったってことだけ。精神的に強い娘だから、周りには気を使って気丈に振る舞っているんだろうな。でも、一人、病室のベッドに寝ている時には、どうしたって「なんで私が……」って思うよね。涙が出ちゃうよね。だって、女の子だもの。

 TVで東京医科大学(!)の教授が化学療法、薬物療法で二ヶ月から半年くらいで寛解する。とか言っていたけど、水増しじゃねえだろうな。おいらはねえ、そんなに軽くは考えていません。だってさ、カンニング竹山の相方さんだって(名前を失念しました。すいません。調べる気はないです)、半年で復帰するとか言われながら、半年経っても全然出てこなくて、最後は肺炎で亡くなりましたよね。医者のいうことなんか当てにできないよ。でも、その医者にしか病気は治せない。こんな時、おいらのパワーが使えればいいのに。彼女に近づくことすらできないでしょう。

 璃花子は、東京オリンピック出場と、今後、幸せに長生きできるかのどちらを選ぶかと聞かれたら、きっと前者をとるだろうな。でも、ごめん。おいらの見立てでは璃花子は東京オリンピックには出れないよ。いくら、おいらが応援しても無理だ。とにかく、病魔を打ち倒して元気になろう。そのあとは、美しいんだから女優でも、タレントでもいいじゃないか。じゃんじゃん稼いで、スイミングスクールを作ろう。おいらとさ。手に手をとって。ごめん、おいらはお金も権力も持ってない。マジで。それでもさあ、第二の璃花子を育てようよ。クマと人間のハーフがオリンピックに出場できるかは、トーマス・バッハに相談しとく。

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