第23話 おいらはごうほうやくぶつちゅうどくかんじゃの話
やあ、おいらです。
ああ、毎度、ありがとうございます。
「やあ、マスター」
マスターなんて、ヨーダみたいに言わなくていいですよ。ぺこりで構いません。
「そうかい。じゃあ、ぺこりさん、いつもの頼むわ」
はい。あっという間に出来上がり。カルピスです。
「どうも」
しかし、お酒が飲めないなら、わざわざ、バーにきて、馬鹿高いカルピスなんて飲まなくてもいいのに。
「俺はね、酒は飲めないけれど、酒場の雰囲気っていうのかなあ。特にこの店が好きなんだよ」
そりゃあ、ありがたいですね。こちらとしても、ソフトドリンクは粗利が高いし、おいらでも作れますからね。カルピスぐらい。
「うん? カクテルとかは、ぺこりさんが作ってるんじゃないの?」
もちろん、作っていないですよ。おいらクマですから。手先の器用なことできません。裏で、銀座のバーから引き抜いた、ベテランのバーテンダーが作っています。
「じゃあ、なんで、そのバーテンダーがおもてに出ていなくて、ぺこりさんがカウンターにいるのさ?」
そりゃあ、この店の顔はおいらですから。まあ、要するに同業他店との差別化ですよ。クマのいるバーですね。
「ふーん」
ああ、酒が飲めないって言われたんで思い出したんですけどね。下戸の人って、体内にアルコールを分解できる酵素がないんですって。だから、アルコールに含まれるアルカノイドっていう一種の毒物ですよね。それの影響をもろに受けちゃって、気分が悪くなるそうです。ちなみに、その酵素を持っていない人が多いのは日本人を中心としたアジア人。モンゴロイドっていうんでしたっけ? その人種だけで、欧米人はほとんどの人が酵素を体内に持っているそうですよ。
「へえ」
ところでね、早めに表題の件にいっちゃいますけどね。おいら、ヤク中みたいなんですよ。
「なんだって! 大麻? 覚せい剤? 厚労省の麻薬取締官に連絡しなくては! 実は俺、公安の刑事だ。あんたをずっと行動確認していたんだ」
それくらい、知ってましたよ。でも、マトリに連絡は不要ですよ。なぜなら、おいら合法なヤク中ですから。
「はあ? どういうことだ。かつての合法ハーブは脱法ハーブなんだぞ」
わかっていますよ。それより、おいらがかつて、デパス中毒だったってことは公安の方なら当然、ご存知ですよね。
「ああ」
デパスって、数年前まで、気楽に処方されていたじゃないですか。おいらだって、一応、心療内科を標榜していたけど、いわゆる町のクリニックで、「パニック障害です」って申告したら簡単に処方されて、全然足りないって言ったら一日三錠分も処方されたの。で、それでも、症状が改善されないって言ったら、「ああ、ここでは面倒見きれない。君は鬱病だ」とか言ってさじを投げられて、精神科に紹介状を書かれてさあ。流石にショックでしたよ。「ああ、おいらもついに精神病かあ」ってね。それで、精神科に行ったら「君は鬱病じゃあない。社会不安障害だよ。それにしてもデパス三錠は異常だな」なんて、言われたの。はあって思ったら、そいつ、ヤブ医者でさあ、自分もデパス三錠、処方しやがんの。
「なんだそりゃ?」
で、もともと通院していたクリニックには、高血糖とかアトピーに喘息の吸入の薬ももらっていたから、結局今まで通りに行っていたんですけど、とんでもないことが起こるんです。
「なんだ、なんだ?」
クリニックの先生さあ、おいらが精神科でどんな薬を処方されたかも確認せずに、デパスを出しちゃったんです。これでおいら、デパス長者です。もうすでにデパスの魔力に魅入られていたから、おいらはほくそ笑みました。さらに、お薬手帳も義務化されていなかったから、おいら持ってなかった。だから、薬剤師も、重複処方に気がつかないわけですよ。もう完全においらデパスでラリっていたわけ。さらにですね、離婚して一人暮らしになったら、ブレーキが壊れて、いや、ブルーザー・ブロディーじゃないですよ。個人輸入って法律的にギリギリな手段で、東南アジアからデパスを仕入れて、飲みまくっていました。本屋で働いていたから、レジの時間の三十分前にデパスを飲んで、落ち着いて接客していました。いや、そう思い込んでいたのかな?
「かなり、重症だね」
そうなんです。その上に、精神科では鬱病ではないと言われていたにも関わらず、世間で最強の抗うつ薬と呼ばれる三環系(古いタイプの抗うつ剤。副作用が多い)のトリプタノール、評判がむちゃくちゃ悪い抗うつ薬、パキシルを処方されていたから、そのせいでキチガイになって躁うつ病になったんじゃないかと思っています。薬害ですよ。もう時効だろうけど、あのヤブ医者、訴えたら勝っていたような気がします。
「うーん。難しいところだな」
で、そのヤブ医者とは決別したんですけどね。その理由はヤブとたまたま病院についてきた元妻が大げんかしたのが原因なんです。患者であるおいらを放置して二人で口論しちゃてさ、ヤブは次の診察の予約を取るのすら忘れやがってね。もうここはダメだって思って、転院を宣言しました。
「人間的に未熟な医者だったんだな」
そう思います。それで、ネットで検索していまの古賀先生にたどり着いたのですが、彼が優秀かどうかは正直わからないんですけど、彼の最大の功績は、おいらからデパスを取り上げたってことですね。
「禁断症状とか、なかったの?」
ありませんでした。もう、仕事していなかったし。それに、レキソタンというデパスより力は劣るけれど、パニック発作には効く精神安定剤をもらいましたから。
「ああそう。じゃあ、ヤク中から離脱できたんだ」
いやあ、それがですね、昨日、Yahoo!ニュースをみていて知ってしまった新事実がありまして。
「どういうこと?」
最近、若者を中心に、市販の咳止め、鎮痛剤、総合感冒薬なんかを乱用して、心の平穏を保つという、合法だけど、やっぱりヤク中という人が増えているんですって。
「へえ」
で、中心は咳止め、商品名を言っちゃうと『ブロン』ってやつで、これは昔から乱用されていまして、亡くなった中島らもさんのエッセイにもよく登場していました。製薬会社も考えて、常用できないように内容を変更したらしいのですが、結局のところ、基本となる成分は変わらないので、いまだに乱用者が絶えないそうです。でも、おいらには関係ありません。おいらにとっての問題は鎮痛剤と総合感冒薬です。おいら、頭痛もちの上に最近は歯が痛くって鎮痛剤なしには暮らせません。それにちょっとでも風邪っぽいと総合感冒薬を飲みます。いずれも、別に、心の均衡を守るために飲んでるという感覚はないのですが、おいらの素地っていうんですか? こういうクマでしょう。無意識に依存している可能性が高い。つまりは合法的な薬物中毒ってわけです。
「うーん。ぺこりさんは心が弱いからね。こちらとしてもなんとも言えないけれどさ。古賀先生に聞いてみたら?」
いやあ、あの人はタレント医師だからね、余計なこというとさあ、面倒なんですよ。おいら、いろんな病院で、いろんな医師を見ているから、それぞれ、スムーズに事が運ぶ攻略法みたいのを心得ているの。古賀先生の場合、余計なことを言わず、調子がいいって言えば、喜んで、いつもの薬を出してくれるわけ。正直に言うと、おいらは睡眠薬とレキソタンが欲しいだけなんですよ。
「患者も楽ではないね」
人間とのコミュニケーションって難しいんですよ。おいらはクマだしね。
「ああ、もうこんな時間だ。お勘定を」
はい。十万円。領収書は神奈川県警公安本部様ですね。
「サンキュー」
では、ありがとうございました。
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