続・ナナカの日記 惨②

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【六十八日目 ムラクモは本日も停滞中 晴れ】


 昨日日記に記した様に、タオ様の寝間着を身につけて就寝してみた。

 夢見心地とはあの事を言うのだろう。

 本日の私の目覚めは、爽快の一言に尽きる。


 今となっては記憶も朧だけれど、タオ様に抱かれて愛して貰う夢を見た。


 匂い。

 やっぱり匂いだったのだ。


 側にタオ様が居ると私自身を錯覚させ、多幸感の中で目覚める朝の素晴らしさと言ったらもう無い。


 タオ様効果とも言うべきか、今日の私は昨日よりも凄い私だった。


 お部屋のお掃除もお料理の稽古も完璧だったし、トモエお義母様による法術の講義中も頭は冴え渡り、ヤチカに『おねえさま、きょうはキラキラしてます』と褒められる程。


 嫁として、そして妻としての私には当然ながらタオ様と言う唯一無二の旦那様の存在が不可欠であったのだ。


 惜しむらくはそれがタオ様ご本人では無く、その匂いが染みついた衣類である事。


 なので絶好調とまではいかない。


 もしタオ様が側に居るならば、今日の私の三倍から四倍の力を発揮できる筈。


 やはり私達は、お互いが強く結びついた運命の夫婦めおとなのだろう。


 あと二十九日。

 タオ様がお辛い修行からご帰宅されるまで、この手元に残る五枚の衣類を糧にして頑張らねば。


 さて、本日もあとは寝るだけ。


 旦那様が居ない一日の味気なさと言ったらない。

 明日はお義母様方からお休みを頂いているので、久しぶりにヤチカと遊ぼうと思う。


 どこに行こうかな。

 何をしようかな。


 そうだ。幼狼厩舎とかどうだろうか。


 ヤチカお気に入りのこなゆきやバツ丸の様子を見に行こう。


 タオ様不在でささくれた心を癒やすにはぴったりの場所だ。


 楽しみだ。


 そうと決まれば、早めに就寝してしまおう。

 独り寝はやっぱり寂しいけれど、このタオ様の寝間着さえあれば問題ない。


 おやすみなさい。愛しの貴方。

 貴方も今頃、眠りに就いている頃なのだろうか。

 遠く離れていても、この心は常に貴方の側に居ます。

 

 今日も、夢で逢えたらいいな。


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【六十九日目 ムラクモは昼から再起動。更に南下する予定 晴れ】


 昨日記した通り、今日はヤチカと二人で幼狼厩舎へと赴いた。


 小さなころころの霧オオカミの子供達はやっぱりとても可愛らしく、その不揃いでもさらさらと手触りの良い毛並みを触るだけで大変癒やされる。

 あと半年もすればこの子達も忍狼としての訓練を開始する予定だそうだから、今の内にたっぷりと愛でてやらなければ。


 ヤチカのお気に入りはこなゆきと言う、真っ白な雌の子狼。

 子供ながらに凜々しくも愛嬌のある顔立ちをしていて、十数匹いる子狼たちを仕切るぐらい気が強いそうな。


 他の子達に比べて大層ヤチカに懐いていて、その様子を見ていた厩務員の乱破衆の方が『良かったら頭領に聞いて、妹御様の護衛用に躾けようか?』と仰られた。


 それが叶うなら願ってもない事だけれど、良いのだろうか。


 確かに、ヤチカと私は未だ人の身。

 これから鬼へと成ってはいくものの、とても時間を必要とする。

 特に幼いヤチカは身を守る術を持っていないから、忍狼が護衛に就いてくれるなら安心できる。


 でも私達姉妹はこの里の新参だ。

 私は次期頭領であるタオ様の妻であるけれど、だからと言って特別扱いされて良い物では無い。


 私はタオ様やお義父様、そしてお義母様方に命を救われて、ヤチカはそんな私の妹だからと言う理由だけでこの里に無理矢理迎え入れて貰ったのだ。


 それだけでとても有り難く、そしてとても感謝している。

 

 これ以上は望むべくもない、とてもじゃないけれど身に余る。


 乱破衆の方はそんな私を見てなぜか優しそうに微笑み、『聞いてみるだけ聞いてみるさ。なぁに、この里の懐はとても深い。俺なんか戦災孤児で汚い浮浪者、おまけに盗み働きをして投獄された罪人で、もうすぐ斬首されるかってところを頭領に拾われて来たんだ。どんな迷惑だろうと、亜王院の方々は笑って抱え入れてくれるさ』と仰ってくれた。


 もう一人居たの女性の乱破衆の方も同じ様に微笑み、『私なんか元々農奴の身で、二束三文で娼館に売られそうな所を助けて貰ったんだ。鬼姫様達には沢山迷惑掛けたっけなぁ』と返答に困る事を言われた。

 気がつけばいつのまにか沢山の里の民が集まってきていて各々がどうやって里に来たかと話が盛り上がり、最後の方なんか何処からか話を聞いてきたお義父様がお酒を持ってきて大宴会となってしまった。


 最終的には許可していない宴会を咎めに来たシズカお義母様に皆投げ捨てられてお開きとなったが、とても多くの里の民とお話できたのは良い経験だったと思う。


 私の身の上は、自分でも不幸だなとは思っていたのだけれど、なにも特別では無かったのだ。


 人には人の歴史があって、みんな何かしらの辛い現実を乗り越えて生きている。


 この里は、そんな人達を暖かく迎えてくれる場所。


 傷つき、倒れそうな程痛めつけられた人達がようやく得た大切な場所。


 故に里の民は仲間を放ってはおけないのだと、最後にトモエお義母様は仰られた。


 私達姉妹は本当に運が良い。


 最愛のお母様を失い、肉親である筈のお父様に虐げられ、義理の母や姉妹に疎んじられ、全てを無くしたと思い生を諦めかけていたのに、こんなにも優しくしてくれる家族が沢山出来たのだから。

 タオ様、貴方に教えてあげたいです。


 今日のナナカがどれだけ楽しくて嬉しかったか。

 そしてヤチカがどれだけ笑ってくれたのかを。


 今日は久しぶりにヤチカと二人で眠る事にしました。

 タオ様と私のお布団を敷くけれど、お優しいタオ様は許してくれますよね?

 いえ、きっと気にもかけずに笑ってくれるはず。

 私の愛するタオジロウ様は、そういうお方ですから。


 今日は貴方の夢を見ることは出来ないと思いますが、ご勘弁下さいまし。

 きっと、ヤチカとお母様の夢を見る事になりましょう。


 でも私たち姉妹は、貴方への大きな愛を抱いて眠ります。


 おやすみなさい。

 私の旦那様。

 

 ヤチカが今この日記を覗き込んでいます。


 まだ文字を読めないこの子が何を書いているかと聞いてきたので、『タオ様へおやすみなさいって書いてるの』と答えました。


 そしたら、『おやすみなさいおにいさま』ですって。


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【七十日目 ムラクモは順調に南下中 曇り】


 心なしか、タオ様の寝間着の匂いが薄れてきている気がする。


 私の寝汗と混ざっちゃったのかも知れない。

 

 まだ半月以上もあるのに。


 でも大丈夫。

 薄衣がある。


 タオ様が欠かさず行っている朝の鍛錬。

 これはその時に着用するもので、複数枚ある内の一つだ。


 寝間着よりも強く、そして香ばしいタオ様の匂いが染みついた物だ。


 思った以上に消費が早いけれど、背に腹は変えられない。


 今日の夜からはこれを身につけて眠ろう。



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【七十五日目 ムラクモは一度進路を西へ 暴風雨】


 今日は少し忙しかった。

 南西に大きな嵐が突然発生したとかで里は大わらわ。

 私的には雲の無い更に上空へと逃げれば良いと簡単に考えていたのだけれど、ムラクモ機関部に貯まっている魔力は一年を通して計画的に配分されるらしく、上昇する程の魔力消費は出来ないらしい。


 次の魔力補充は数ヶ月後。

 お義父様の力を飛翔式魔導要塞の機関部に送り込むには、それなりの準備が必要らしい。


 なので今日は、里の全ての仕事とお稽古はお休みとなり、皆で嵐に備える事となった。

 居住区の天井の開閉部を頑丈に補強したり、畑に強めの結界を施したり、ムラクモ表層部に放牧していた家畜たちを掻き集めたり。


 私とサエ様は、トモエお義母様の指揮の元、結界作成の補助に。

 ヤチカとテンジロウ様とキララ様は他の里の子供と一緒に家畜の保護へ。


 他にも嵐を受けて不安定になる動力部分にはトウジロウ様が向かったし、シズカお義母様は備蓄管理の徹底をするために食糧倉庫の点検へ。


 とっても忙しかったし大変だったけれど、なぜだろう。どこか楽しく感じてしまった。


 皆で一つの目的の為に一丸となって頑張るなんて、生まれて初めての事だ。


 私もこの里の一員なんだなぁって実感が沸いて来て、思わず張り切り過ぎた。


 今日は居住区の照明に使う魔力も節約するらしいから、これから私は亜王院本邸に泊まりに行く予定。


 他の離れた居住区の人達も、できるだけ一カ所に集まって寝泊まりするらしい。


 なんだか楽しそう。

 

 惜しむらくは、流石にタオ様のお召し物を持っていけないって事か。


 多分、大丈夫。

 大丈夫だと、思う。


 そう思いたい。


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