続・ナナカの日記 惨①
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【六十六日目 ムラクモは機関部の整備の為停滞中 雨】
今日、タオ様はお爺様に連れ添われて里を出て行った。
昨日はあんまりにも辛すぎて、日記を二行しか書いていない。
だからせめて今日の分だけは沢山書いておこうと思う。
タオ様が少し留守にするからって、腐っていては嫁として失格。
私は大丈夫。タオ様が居なくても家を守れる嫁でありたい。
なんでもタオ様の行く先は、里の表層から見える三山の一つ、
トウジロウ様にお聞きしたところ、剱の峰は大きく分けて四つの修練場に分けられていて、一合目から二合目が里の子供達が泊まり込みで稽古をするための『刀始めの場』と呼ばれる部分。
三合目から七合目までが、刀衆の見習いから行けるようになる『刀磨きの場』で、タオ様の目的地だそうだ。
それ以上になると、八合目から十六合目の『
こちらは刀衆と乱破衆の正式な稽古場だそうで、それ以外の入山が認められていないそうな。
十七合目から五十五合目、頂上までは刀衆でも筆頭の七人である【番付き・七本刀】の方々とアスラオお義父様以外は立ち入り出できない最も過酷な修行場で、通称『鬼殺しの場』。
力の足りない剣士では秒として命が持たない危険な場所らしい。
良かった。タオ様はそんな危険な場所に行ってなくて、本当に良かった。
タオ様の目的は修行だ。
お爺様であるシュウラ様は、お義父様の先代にあらせられる元ムラクモの里の頭領。
剣の腕と稽古の過酷さは誰しもが認め
……お爺様、ですよね?
大丈夫ですよね?
タオ様、ちゃんと帰ってきますよね?
ヤチカと一緒にご飯を食べていたキララ様にそう聞くと、『キララはキララは、じじさますきー』とにっこり笑ってらっしゃったので、とりあえず大丈夫……だと思うことにしておこう。
シズカ義母様には『大丈夫。きっと大丈夫です。私とアスラオ様の息子ですから』とやけに神妙な面持ちで返され、トモエ義母様には『どんな姿になっても治してみせるわ。血が足りなくなると思うから、お肉を沢山仕入れておきましょう』と返された。
全然大丈夫じゃなかった。
ああどうしましょう。
私がこんなに暢気に日記なんて付けている間にも、タオ様は苦しんでらっしゃるかも知れない。
いっその事、私も峰に向かったらどうだろう。
いや、駄目だ。
剱の峰を含む
霊峰・ムラクモ山。
神山・アマテラス。
そして剱の峰。
この三つの雄壮なる山々はムラクモの里、そしてムラクモの民にとって特別な意味を持つ神域。
今回のタオ様の修行も、お義父様や年寄衆の許可を得て特別に許されているそうだし、私がその禁を破る訳にはいかない。
歯がゆい。もどかしい。
こういう時こそ、妻として、嫁として支えてあげなければならないのに。
なぜ私はこうも無力なのか。
タオ様には護られてばかりだ。
私だって助けてあげたい。支えてあげたいのに。
駄目だ。
どうしても後ろ向きな思考に陥ってしまう。
元々私はあんまり前向きな性格ではない。
ここ数ヶ月が満たされすぎて忘れていたけれど、アルバウス領に居た頃は毎日陰鬱としながら過ごしていた。
駄目だ。
もうあの頃の私じゃないんだ。
変わらなきゃ。せっかくタオ様に見初められ、救い上げられてここに居るんだ。
今までの私では、タオ様のお隣に立てない。
強くならなきゃ。
少しづつでも、一歩づつでも、旦那様のお隣に立てる、強い私にならなきゃ。
内助の功と言う、とても素晴らしいお言葉をシズカ義母様に教えて頂いた。
戦さ場で、お外で頑張っている旦那様を癒やし支えるのは、妻である私の役目!
見ていてくださいタオ様!
ナナカはきっと、貴方のお力になれる女になってみせます!
そうと決まれば、今日はもう眠って明日に備えよう。
明日からはお料理修業・お裁縫・舞の修行に津続いて、トモエ義母様に術の手ほどきを受ける事になっている。
私が人より少しだけ優れている
なので今日の日記はここまで!
頑張るのよナナカ!
一人寝という厳しい試練に打ち勝つのよ!
うん! 私ならやれる筈!
……タオ様、お寒い思いをしていなければ良いのだけれど。
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【六十七日目 ムラクモは本日も停滞中 晴れ】
体調が優れない。
冬期の残り風が冷たい雨を降らせた昨日と打って変わって、今日は暖かな日光がぽかぽかと身体を照らした。
ムラクモの里は流れる里だ。
だから気候と気温の急激な変化に常に悩まされる。
居住区は表層より少し深く設置されているから、そこまで酷い事にはならないけれど、それでも体に多少の負荷はかかってしまう。
事前にタオ様から注意はされていたけれど、どうにも身体は順応してくれなかったらしい。
まぁ、あんまりにも独り寝が寂しすぎて殆ど眠れなかった私が一番悪いのだけれど。
そのせいで今日のお昼時は色んな事をやらかしてしまった。
お米は火加減を間違えて吹きこぼし、芯が堅いままになってしまったし、ほうれん草を切っている時にぼうっとしてしまって指を切ってしまった。
配膳中に足をもつれさせて、年寄衆の方に盛大にお吸い物をかけてしまったし、洗い物の最中に力を入れすぎてお茶碗を欠けさせてしまった。
本当に、何をやっているのだろう私は。
タオ様が家を出られて、まだ二日。
正確には一日とちょっと。
自分がこんなに寂しがり屋だとは、ついぞ知らなかった。
シズカお義母様は、食に関わる全てにとても厳しいお方だ。
だから今日の失態はとても怒られると思ったのだけれど、なぜか一度もお叱りを受けなかった。
それどころかトモエお義母様と二人して、何か微笑ましい物でも見るかのようにお優しい目を向けられた。
なんでなのかは分からないけれど、怒られなかったからって私の失態は無くなったりはしない。
反省しよう。
今日はちゃんと眠って、明日の朝はいつもより早起きをしよう。
タオ様が居ないからって、今日みたいに朝餉の準備に手を抜いたりしちゃ駄目だ。
居ないからこそ、いつもと同じ様に。
タオ様は刀衆。
今はまだ見習いだけれど、いずれ正式な一員となって戦場に出るお方。
その体調をしっかりと管理し、見事に勝って無事にこの家に戻って来れるようにするのが私の勤め。
うん。気を張らねば。
昨日の分のお洗濯をしている時に、気づいた事がある。
さしあたっては、今不足しているのはタオ様分だ。
足りない。
タオ様を身近に感じる要素を摂取しなければ、いつもの私を取り戻せない。
そう考察した。
そこで、私は閃いた。
ピンと来た。
私達の住まい。この小さなお屋敷は、新築だからかタオ様の匂いがする物品が少なすぎる。
ならば、衣服。
常にタオ様のお肌に触れていた、衣服ならどうだ。
タオ様は成長期だ。
だからつい最近、お召し物は成長に合わせてシズカお義母様が仕立て直したばかりだと聞いた。
数少ないそのお召し物は殆どを修行場にお持ちになられているから、この家に残されている物は出発前日に着ていた物しか残っていない。
しかし。
しかしである。
出発前日、その夜にお召しになられていたお着物はまだお洗濯をしていない。
そう、していないのだ!
本来であるならばなぜ放置したのかと自分を叱責する行為であるけれど、あの日はタオ様が家を出た事の寂しさが勝ちすぎて、お洗濯をする気になれなかった。雨だったし。
でかしたぞ。私。
結果的には大正解だ。
残されたタオ様の衣類は五着。
朝稽古の時のタオ様の汗が染みついた薄衣。
お昼後の鍛錬と畑仕事に着用していた上下一式。こちらは若干泥に塗れている。
そして夜、湯浴みを終えた後に着ていた爽やかな香りの寝間着の上下。
そして、下帯。
私が知るところの、下着である。
タオ様は褌という真っ白な木綿の布を好んで着用しているから、見た目的には一枚のただの帯だ。
うん、下帯は駄目だよね。
これは明日しっかりと、お洗濯しておこう。
うん。
……うん。
つまり今、私の手元にはタオ様の残り香が強く染みついた物が四枚ある。これこそが重要なのだ。
祝言前にお義母様方に教えを請いながら縫い上げた敷き布団と掛け布団は、しっかり天日に干してしまったせいでお日様の匂いしかしない。
私が昨晩寝付けなかったのは、きっとその所為だ。
だってこの里に嫁いでから一昨日まで、眠る時は常にタオ様の匂いに包まれていた。
それが突然無くなったから、慣れぬ里の匂いに身体が驚いてしまったとて不思議でも何でも無い。
だからあんなに眠ろうと頑張っても、全然眠れなかったのだ。
そうに違いない。
そうとしか考えられない。
そうに決まっている。
つまりタオ様の匂いがするこの衣服を着込んで眠りに就けば、私の身体は安堵に包まれて安眠へと誘われる訳だ。
そういう寸法な訳だ。
我ながら完璧な考察だ。
ちょっと自分を褒めてあげたい。
そうと決まったら、もう眠る事にしよう。
なんだかちょっと楽しみな私が居る。
タオ様、とても大変な修行を己に課した偉くて凄くてかっこよくて可愛い私のタオ様。
ナナカは今日、愛する貴方の夢を見ようと思います。
夢の中でも、ナナカを存分に可愛がってくださいまし。
ナナカの居場所は何時だって、貴方の腕の中だけ。
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