刀狩り組手の行④

「無理です」


 即答した。


 当たり前だ。馬鹿を言うな。


 ムラクモ刀衆の人達はそれこそ本物の戦鬼だ。

 僕が刀を持つ前––––––いや、母様のお腹の中に居る前から刀を握り、魔獣や邪鬼相手に幾つもの死線を超えた猛者だ。


 三つの頃から刀を持ち、たかが九年程度の修練しか積んでいない僕なんかが太刀打ちできる筈がない。


「無理と言われても––––––やるしかお前が生き残る道が無い」


 父様は木刀を僕に向けたまま、さも当然の様に語る。


「生き残る?」


「ああ、お前が三年後に今より多少なりともマシになってくんねぇと、どの道いつか惨めに戦さ場で死ぬだろう。愛する息子が何も出来ず、何も為さずにあの世に旅立つなんざ幾ら何でも不憫でならねぇから、それなら俺がサクッと殺してやる方がなんぼかマシだ」


 ……本気かどうかは分からない。

 たった三年、そんな短い期間で出来ることなんてタカが知れている。


 死に物狂いで修練に励んだところで、本気の刀衆相手に善戦できるとは到底思えない。


「もう一度言うぜ小僧。三年後、お前が十五になってこの里を出るその時までに、刀衆百八名全てを打ち負かせ」


「……や、やり方は?」


 そうだ。


 父様は何も、剣と剣を持って正面から対峙しろとは言ってない。


 いくら父様が大馬鹿でも、僕の力量を見誤る訳ないんだ。


 だってこの人は亜王院一座の当代当主にして、『今』のムラクモの里を一から作り上げた剛の鬼。


 父様が爺様からその座を引き継いだ時、この里はほとんど滅びかけていた。


 僕が生まれる遥か前の事だし、当時の事を記した書物なんて一冊も無いから詳しい事は分からない。


 ただその時、今より少ないとは言え一鬼当千の精鋭ばかりのムラクモ刀衆や乱破衆が、その総力を持ってでしか滅鬼できなかった邪鬼が居て、そのせいで里の人口は百に満たない数しか残らなかったらしい。


 爺様が頭領を引退したのも、その邪鬼に受けた傷と呪いのせいだ。


 里に残るのは女・子供、それと鬼の生命力を持ってしても完全に癒えない傷を負った数名の大人。


 父様はそんな状況で、ムラクモの里を受け継いだ。


 自らの足で各地の戦場を巡り歩き、たった一人で数百・数千の魔獣を討伐する旅を続けたのだ。


 今の刀衆や乱破衆の人達は、その時出会い父様が口説き落とした人達だ。


 皆色んな事情を持って国を追いやられ––––––時に出奔し、この里に流れ着いた。


 父様の––––––僕にはさっぱり理解できないが––––––人柄や腕っ節に惹かれ、父様を旗頭として集まったその人達は、固い絆と強い信頼によって結びついている。


 そんな皆んなを父様が見くびる筈も無い。


「おお、大事な事言うのを忘れてたぜ。何も勝った負けたで競えとは言わねえよ。そんなの絶対無理だからな」


 いつもいつも、説明が足りないんだからこの大馬鹿親父は!


「びっくりさせないでくださいよ!」


「悪い悪い。見習いを除いた刀衆百八名には、各々この小刀を持たせておく」


 そう言って木刀を下ろした父様が、腰帯に挿した小刀を指でつまんで引っ張り出した。


 小さい小さい小刀で、白鞘を含めても僕の人差し指ほどの長さにも足りない。


「どんな勝負でもいい。時に運、時に足、時に力、時に策。なんでも良いから、刀衆に負けを認めさせるか、この刀を奪ったらお前の勝ちだ」


「––––––簡単に言いますけどねぇ……」


 そのどれをとっても、僕が刀衆の人達に優っている事が一つも無いんだけど。

 あ、運ならまぁ……いや、僕は運が悪い方だ。そう上手く事が運ぶなんて思えない。


「勝つまで何度挑んでも良いし、準備はいくらでも整えて良い。しかもいつ何時、何をしてようがお前の挑戦を断らねえよう言っておく」


 そ、それならまぁ……少しばかり勝つ可能性は見えてきたけれど。


「嫁と励んでいる時は見逃してやれよ? お前だってナナカと床に入ってる時に喧嘩売られたら嫌だろう?」


 嫌だよ。

 それはとても嫌だ!


「まぁ、それ以外の時は寝てようがクソしてようが飯食ってようが好きに襲え。闇討ち奇襲だまし討ち、どんな手を使っても構わねえ。お前がそんな自分を許すってんならな」


 ははん、と鼻を鳴らして父様は僕を分かりやすく見下した。


「甘っちょろくてガキンチョなお前じゃ、無理だろうがな」


「ぐっ」


 たしかに、僕はどうせ戦うなら正々堂々戦って、その上で僕の力を認めさせてやりたい。


「忘れんなよ」


 父様が一歩。


 一歩僕との距離を詰めて、その目を細めた。


「お前が強くならければ、ナナカもヤチカも––––––この里も護れねぇんだぜ?」


「僕が––––––強く」


 僕はつい先日、初陣を果たした。


 その結果は––––––口が裂けても良かったなんて言えない内容だ。


 今まで相手にしてきた野盗や魔物、魔獣とは違う僕ら亜王院の敵、邪鬼。


 その眷属である餓鬼程度しか、僕の剣は通じない。


 このままではいけないと、本当はずっと考えていたんだ。


 だから、焦れていた。


「スラザウルとは、シズカと出会うほんの少し前に出会ったんだ」


「ナナカさんの、お父さん」


 邪鬼に魅入られ、邪鬼となった哀れな伯爵。

 あの人は正直好きになれなかったけれど、その娘であるナナカさんやヤチカさんの実の父親である事に変わりはない。


「まあ、昔の奴は気の良い性格をしててな。多少堅っ苦しいところはあったが、良い酒が飲める男だった」


 僕が知っている伯爵は、コロコロと醜く太った陰険な男だ。


 だから父様の言う昔の伯爵が、全然想像できない。


「だから前回の件で、アイツを殺す事になった時。この俺を持ってしても少し考えた。若い頃の俺に、もっと力が有れば––––––とな」


 自嘲気味に笑って、父様は中庭へと顔を向ける。


「俺らが討伐依頼を受けて、アルバウス領で暴れていた邪鬼を見た時、すでにその右腕は何者かに斬られて失われていた。今の俺やトモエならば、鬼術を用いてその所在を探し当てるが出来る」


 木刀を肩に担ぎ直して、父様は薄く笑った。


「考えても詮無い事だが、あの時今ほどの力を持っていれば––––––スラザウルも、そしてムツミ殿や娘達も、今でも幸せに笑っていたんじゃないかと、どうしてもな」


 伯爵とムツミ様、そしてナナカさんやヤチカさんが仲良く笑って暮らしていた未来。


 それも、もしかしたらあったのかも知れない。


「だからタオジロウ。悔いを残すな。今お前にできる全てを、お前が納得行くまで追求し続けろ」


 昼の日光を浴びた父様の顔は、心なしか––––––どこか寂しげだった。


「まぁな! あの一件、たしかに色々思うところはあるが、今とはなってはスラザウルに一つだけ感謝しているんだわ」


「感謝?」


 あの伯爵に?


「甘々で頼りなくてナヨナヨしてたお前に、『怒り』を覚えさせた事をな」


 着物の裾に片腕を突っ込みながら、父様がニヤリと笑う。


「優しさとか気遣いとかがどうしても剣に乗るのがお前の悪い癖だ。それが絶対に悪いとは言わねえが、戦場にあって一番余計な感情だった。慈悲も憐れみもいらねぇんだ。ただ目の前の敵をぶった斬る。命の奪い合いの場において、それ以外は全て無駄なもんだ」


「––––––っ!!」


 あっぶなぁ!

 いきなり木刀を薙ぎやがってこの馬鹿親父!


「お前は斬る相手に色々没入しすぎなんだわ。今回の刀衆との稽古も、お前の甘さを痛感させる為にやんだぞ?」


「––––––うおっ!」


 だっ、だから!

 一々木刀振り回すなってば!


「聞いてんのか小僧」


「聞いてますから木刀から手を離してくださいっ!!」


「あーん!? なんだって!?」


「さてはアンタっ! まだ酔ってんのか!?」


 折角良い話してたから少しは見直してたのにこれだ!


「おらっ! 文句あんならかかってこい!」


「上等だ! やってやるよ!」





 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「ととさまととさま、おひるになったらタオにいさまかえしてくれるっていったじゃん!」


「だ、だいじょうぶですか? タオにいさま」


 ボロボロのボロ雑巾のように変わり果てた僕を見て、キララとヤチカちゃんが心配そうに顔を歪めている。


「がははっ! 悪い悪いっ!」


 そんな僕の背中を足蹴にして、父様は楽しそうに笑った。

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